33:墜ちた風
夜はノワとアシュの傍で眠った。外ではあるが森のサバイバルで野宿には慣れてるし、コロポックルたちが編んだ蔓草の敷物もあるし、気温も初夏並みなので問題ない。
問題なのは、翌日に聞いたジオの台詞だった。
「不味いって……何?」
寝床からダラダラと起きてきたジオは、横たわる二頭を見るなり眉を寄せ、険しい顔付きに変え「不味いな」と呟いたのだ。
「……ノワは水属性を会得している。数日後には支障なく霊獣になるだろう」
「ノワは……。待って、アシュはじゃあ支障があるって言うの?」
「アシュは、風属性だ」
さも深刻そうに告げられても、風属性の何が『支障』なのか分からない。
するとジオは無造作に頭を掻き、嘆息した。
「魔の山一帯の風気は現状、瘴気で淀んでいる。大元が墜ちてるからだ」
「大元……?」
「辺り一帯を統括する妖精と精霊の王みてぇな存在だ。大妖精とも呼ばれるな。そんで――この土地を統括してたのは風の大妖精だ」
風は『運ぶ』『伝える』性質がある。本来善きモノのそれは土地の瘴気を他所へ『運』んで、留まらぬようにするという。
しかし魔の山を統括していた風の大妖精が墜ちた――つまり魔獣化した事により、清浄な風のマナが全て瘴気と相成った。『運』ばれ何処かに追いやられるはずが、寧ろ全体へと拡がる事となったのだ。
この一帯がたった百年で滅びかけていたのも、それが原因の一つではないかとジオは言う。
「この土地の風が瘴気だらけだから、風属性を得たアシュにもその影響があるって事?」
あたしが訊くと、ジオは首を横に振った。
「逆だ。瘴気に満ちた風の気だからこそ、影響が皆無なんだ」
「???」
「ここにはお前さんの結界があるだろ。瘴気も害意も直接の攻撃も跳ね除けちまう防壁が」
「あっ……!!」
そこで漸く理解できた。
あたしの結界が、瘴気に淀んだ風の気を全て阻んでいる、と。
得た属性のマナを取り込まなきゃいけないのに、できない。するとアシュはどうなるか……ジオによると、仮死状態が解けずそのまま命を落とすそうだ。
どうする、と混乱しそうな頭を無理矢理落ち着かせ、思考をフル回転させた。
ややして閃く。あたしは現在の結界を『瘴気だけを阻み、風のマナは濾過して入って来れる』イメージで改変する。
頬を柔らかく微風が撫でた。湖集落に住んでギフトの精度が増した頃から、風を感じなかったと今更気付く。
「これで大丈夫そう?」
訊くと、ジオは結界が存在するであろう中空を見上げながら首を横に振った。
「……やっぱ足りねぇか。仕方ねぇな」
言いつつ、くるりと背を向けるジオ。
「? どこか行くの?」
「風の気は入って来るようになったが、霊獣化の為に定着するには僅かすぎる。こうなると大元を断つしかねぇワケよ。行って来るわ」
大元を断つ。
魔獣化した大妖精を倒すって事? でも……。
「大妖精が魔獣になってたの、気付いてたんだよね? でも今まで話に出なかったのは、何か倒せない理由とかがあったんじゃないの?」
ジオはギョッとしたように振り返った。
「あ。当たり?」
「…………嬢ちゃんは変なとこ鋭いよなぁ……」
ジオは大きく嘆息し、白状した。
「……墜ちたとはいえ妖精を手にかけるとどんな影響があるか分からん。これが、放置してた理由の半分」
「半分?」
「あと半分は……情けねぇから言いたくねぇんだけど」
本当に言いたくなさそうで、ジオは一旦口を噤む。
あたしはジッと見つめて先を促した。アシュの命運がかかってるし、ここで遠慮する選択はありません。
「……ぶっちゃけ、俺より強いんだよね」
「……」
竜人や獣人は自分より強者に敬意を払うが、同時に割と矜持もあるので戦っても勝てないと認めるのは恥ずかしい模様。
しょーもない、と言いかけて止めた。他人には納得できなくても、本人には重要な事ってあるし、ジオはその『自分より強い相手』に挑もうとしてくれてるのだから。
ただ、ジオが勝てないと判断した、その内容は厄介だった。
「大妖精ってのはそもそも竜人と同等の魔力を持つワケ。で、今は魔獣になってる。巨大化、魔力増加してるの確実。更に言えば、完全に墜ちてる気配があるから狂化魔獣化――つまり、もっと強くなってると思われる。その上」
「まだあるの!?」
「雷属性は、風属性の影響をひっじょーに受ける」
この世界でも当然、他属性同士の相性や強弱があり、ジオの属性である雷は風に弱いんだそうな。
そういえば初めて会った時、制御に失敗して誤って魔法を放ったんだっけ。考えてみれば確かにおかしい。
魔力操作を教えて貰った事があったが、魔力で小鳥を象ったり、それを本物さながらに飛ばしてみせる程ジオは魔力操作が上手だったのだ。
もしかして、最初の時も瘴気だらけの風属性の影響を受けてた?
すると――
「……死闘、ってか絶望的?」
「…………竜人は頑丈だからな。大抵の怪我ならすぐに治るし、まぁ奥の手もねぇ事は無え」
いやいやいや、それは凄いけども!
遠い目をしながら言われても安心できませんが!?
「それに嬢ちゃんには俺の国に来て貰わないとだからな。信頼を勝ち取るのに絶好の機会だ。精々気張ってみせるさ」
フ、とニヒルな笑みを浮かべてみせるジオ。
あたしはとうとう叫んだ。
「ハイそれ死亡フラグーー!!」
「……しぼうふらぐ??」
「なんで一人で行く事になってるの!? あたしも連れて行きなよ、ってか行くに決まってるでしょ!」
ジオはあたしの主張に目を丸くした。
「連れて行ける訳ねぇだろ? 嬢ちゃんの力でも狂化魔獣化した大妖精に敵うか分からねぇんだぜ。俺も守りきれるか――」
「ウチの子が不味い状況だってのに、ここで待ってろって!? ジオは警察ですかぁーー!?」
元の世界では家族に不穏な事態が起きても警察にお任せして、不安に思いつつも安全が確保されるのを待つしかないのが普通だ。
でもここ地球じゃないんで。
そしてジオは他国からあたしの協力を求めて来ただけの竜人なんで。
そこまで体張られても困る。一人で送り出して帰って来なかったとか、考えたくもない。
「絶望的なら尚更あたしの力要りませんか!? 隠れてよし、守ってよし。ジオも結界の中なら魔力制御が乱れないよね? 更には上手くすれば大妖精を元に戻せるかもしれませんよ! こんなお役立ちをいつ連れて行くんですか、今でしょ!!」
猛アピールしてやった。
ここまで言われて断るとか漢が廃りますよ旦那!




