32:仮死状態
あたしはノワとアシュに抱き縋り、うぉんうぉん泣いた。
冷たい……寝顔かわいい……。
気が済むまで二頭を撫でくり回し、泣き止んだところで漸く席に戻ると。
石テーブルの大皿には、肉の串焼きが山盛りに乗っかっていた。
「『暴れ大鴨』の焼き鳥だ。美味そうだろ」
ジオはあたしが落ち着くまで夕食を作りながら待っていてくれた模様。このままだと明日の朝まで食いっぱぐれると思ったのかもしれない。
「美味しそうだけどね……」
しかし串に刺さった肉の一つ一つが大きい。風来坊が作るのにしっくり来過ぎる所謂『漢飯』である。
絶妙な焼き加減に香ばしい匂いは普段なら飛び付いただろうが、食欲もない今はあんまり食べられそうにない。
「ノワとアシュは、ちゃんと目覚めるんだよね?」
「その辺の説明もするからまずは食え。飯も魔力回復手段の一つだぜ」
枯渇の手前なのもジオには誤魔化せない。
それと、家族や友人たちにもご飯だけは抜くな、と口を酸っぱくして言われてたのを思い出した。
あたしは大人しく席に座り、串の一本を取る。
「いただきます」
「おうよ。召し上がれ」
大ぶりのお肉にかぶりつくと、塩気と一緒にじゅわりと肉汁が口内に広がる。
……美味しい。
「塩はモッヒーたちが用意した岩塩?」
「そ。お前さんに食わせるって言ったらタダで分けてくれた。俺はもう少しピリッと辛味があった方が好みなんだがな」
「贅沢言うなし」
最近塩が減ってきたのでどうしようかなと悩んでいたら、ある日ノームたちが何処からか持って来てくれた。森の中に岩塩が眠っていた層があったらしく、それを掘り起こしたようだ。
この一帯は昔海だったのかもしれない、という雑学は横に置くとして。
木串も彼らが一本一本丁寧に仕上げているので、ささくれもなく滑らかだ。
焼き鳥は三本でお腹が一杯になった。因みにジオは四十本以上完食している。普通に過ごしていればこれほど食べないので、外で竜人形態になったんだろうか。
ともあれ食後のお茶を淹れたところで、ジオがさっきの問いに答えた。
「現状、ノワとアシュは仮死状態みてぇなもんだ」
「えっ……」
「生態系が別格の高位存在になるなんぞ、自然の摂理から外れた事象だ。負荷は当然ハンパねぇ。深い眠りはその負荷を軽減する自己防衛だな」
『仮』とはいえ死に近い眠りなんて、と思わず二頭を見やる。
「だ、大丈夫なんだよね? ちゃんと起きるよね?」
「通常動物が霊獣化する際は、属性を得る。属性を会得して魔力が安定すれば目覚めるようだ」
「属性……」
「亜人や妖精、精霊、霊獣、魔物と魔獣。これらは全て属性持ちだ。……そういやこの辺りの事はまだ教えてなかったな」
属性には、火、水、土、風、雷、草、光、闇の八属性がある。
そして通常動物とヒト族の大半には、属性がない。つまり無属性という事。
ヒト族で属性持ちは生まれながらの資質であるとか、血統、或いは聖女のように特殊な存在である。特徴は周囲より魔力が多いとか、その属性ならではの強力な魔法が行使できるとからしい。
属性持ちも無属性も合わせ、生涯に於いて他の属性を新たに会得したり変化するのは殆ど無い。あるとしたら特別な事例だけ。
ノワとアシュのような。
「属性を得れば目を覚ますんだね」
「……そうだな」
「何その『間』……」
「んー、いや。――会得する属性はノワとアシュの相性による。相性の良い属性を得て定着すると、その属性のマナを取り込み魔臓器が安定する。魔臓器が正しく働けば今度は魔力を精製するようになる。そうすれば、あとは数日くらい待てば目覚める、はずだ」
「はずだ、って。確実じゃないの?」
「通常動物が霊獣化するのは途轍もなく珍しいと言ったろ。俺も文献で読んだぐらいで、直に出くわした事はねぇんだよ。断言してやれなくて悪いな」
あたしは頭を横に振った。
そもそもジオに教えて貰わなければ、どんな事態が起きてるのかも理解できず途方に暮れるばかりだっただろう。
ノワとアシュは目覚める。それが分かってるだけで気持ちは随分と落ち着く。
「属性はどれくらいで会得して定着するの?」
「確か、仮死状態になってから丸一日。ノワとアシュが眠ったのは今日の昼のちょい前だ。なら明日の同じ時間帯には定着すると思うぜ」
てな訳だから嬢ちゃんはベッドで寝ろ、と強制的に会話を打ち切られてしまった。
うん、魔力は戻りきってないし諸々あって疲れもある。起きていてもあたしにできる事は今のところナシ。
分かってるんだけどね。
「あと、結界内の常夏状態をなんとかしてくれ。暑くて仕方ねぇ」
うん、それも分かってるんだけど。
汗だくだもんね、ジオ。寧ろよく今まで文句がなかったな、と感心するぐらい。
可哀想なので数度だけ下げてあげた。初夏ぐらいの気温になった。
「まだあちぃよ。ノワとアシュは仮死状態だって言ったろ? 気温は関係ねぇんだって」
分かってても、ノワとアシュの体が冷たいからこれ以上寒くしたくないの。
あと、何もできなくても傍から離れたくない。
頭で理解しても感情は別ってこういう事なんだな、と身に沁みた気がするよ。




