31:ノワとアシュは……
途方に暮れて二頭の側にしゃがみ込むしかなかった。
いつの間にか周りには妖精たちが集まっていて、気遣うような視線を向けている。
「皆なら知ってる? ノワとアシュを……」
助ける方法、と言おうとして言葉を飲み込む。
お年寄りだった二頭だ。最近は眠る時間が増えてきて、心のどこかで覚悟していた。
自然の摂理。
でも、それはもっと先の事と思ってたのだ。起きてる間は本当に元気に駆け回っていたし、レア薬草が主食なので健康維持になってるんじゃないかと思っていた。
そう思いたかっただけなのかな、と気持ちが塞ぐ。
――ややして、背後から影がかかった。
ノロノロ顔を上げれば、ジオが帰って来ていた。
「ジオ……どうしよう、ノワとアシュが動かないの。起こしても目を覚まさないの……!」
言ってもしょうがないと思うのに、口を突いて出た。
すると、ジオはギョッと慌て始める。
あたしとノワとアシュへ順に視線を走らせ、最後にはぁ〜と大きく溜め息を吐いた。
「……嬢ちゃんワリィ、伝え忘れてた」
「…………何を……?」
「この二頭は、もうすぐ深く眠るかもしれねぇと」
その言葉にあたしは一層泣きたくなる。
「……そ、れは…………だって、お年寄りだし……」
「違う違う!」
ジオは更に焦ったように、大きな手を左右に振りながら遮る。
「コイツらは寿命でこうなってんじゃねぇ。いや本来ならそろそろ寿命が来ておかしくなかったが、今眠りについてんのは――あー、なんて説明すりゃいいんだ」
は?
……ジオの説明が抽象的でよく分からない。いつもは理解しやすいように噛み砕いて話してくれるのに、珍しい。
「……つまり?」
「つまり……そうだな。結論から言うとだな」
霊獣になろうとしてるんだ、と。
ジオは言った。
✵✵✵
頭が飽和してるのと、ノワとアシュの傍から離れたくないあたしの為に、石テーブルと椅子が運ばれた。
広場の真ん中で眠る二頭の近くで夕食を摂りながら話を聞く。
ジオが説明するには――
霊獣とは、精霊が具現化した存在。
姿が獣型なだけで、基本的には土の妖精や草の妖精と同質のものである。
しかし稀に、通常の動物の格が上がり、霊獣化する事もあるという。
複雑で奇跡的な要素と条件が絡み合い起こりうる、非常に稀な事態らしいが。
その条件の一つ目が、濃厚なマナの満ちる土地で常に暮らすこと。
二つ目は、マナを体内に取り入れる器官――魔臓器が造られること。
これら二つは以前に聞いた『魔道士の隠遁』やヒト族の魔力が作られる理由と変わらず、そう難しくはないように思える。
が、濃厚なマナは瘴気に変異しやすく、常に暮らすとなればその動物は魔獣となる確率の方が遥かに高い。
それと、通常動物は本来、自力で魔臓器を作れない。だからマナを取り込んでも排出されて魔力にはならないとか。
「? 魔獣も元々普通の動物だよね? マナは取り込めなくて瘴気が体内に入る、って何?」
「瘴気はマナより浸透しやすい。あと、瘴気によって体内に造られるのは『核』だ。魔臓器とは似て非なるものだな」
ややこしいが、魔臓器と核は別枠なのだとか。
故にノワとアシュも、本来なら通常動物としての生涯を送るはずだったが。
奇跡的な要素がこの湖集落には存在した。
豊富なマナ。
そしてヒーリル草である。
コロが現れてから毎日ワサっと生い茂り、二頭が主食としてモグモグ食べていたそれ。
「お前さんのこっゆーい魔力と妖精の精魂込もったレア薬草だからな。あぁ、あと他の奴らの作った野菜やら、トレントの林檎やらも食わせてたろ。それも関係大アリだろうなぁ」
ノワとアシュはここ二ヶ月近く、経口摂取でマナをたっぷり含んだ餌を食べ、混じりけのないマナをたっぷり浴びながら生活していた。
なのでジオは初めて見た時驚いたという。
普通の馬にしか見えない二頭に、ごく僅かながら魔力が宿っているのだ。そりゃ驚く。
つまりその時既に、ノワとアシュの体内には魔臓器が造られていたという証左である。
そして、最後の『奇跡的な要素』にあたしは衝撃を受けた。
「そいつらが望むかどうか、だ」
「……は?」
「最後の条件は『そうなりたいと望むかどうか』なんだよ。――お前さんの役に立ちたかったんだろ、ノワとアシュは。だがそいつらは賢い。自分たちの時間が残り少ないのも何となしに察してたはずだ」
そもそも野生の動物にあるのは生存本能だけだ。
餌を探し、伴侶を持ち、子を産み育てるのも種の保存の為。純粋にひたすら、生きる事にのみ思考は注がれる。
そして死を迎える際にも考えるのは生きる事だけ。
他に思考する余地はない。
『今ある力で無い』ものを得たいなどとも考えない。
普通ならば。――それこそ、他の要因がなければ。
「懐いてたもんな、そいつら。主従契約のある妖精達と同等かそれ以上に。他に原因はねぇだろうよ。ノワとアシュは紛れもなく、お前さんと離れたくなくて『死』を否定したんだろうさ」
雑念や私欲の多い知的生物と異なる、ひたむきに純粋に望む意思。
それこそ、霊獣になる為の最後の資格だとか。
だからこそ稀なんだ、とジオは称賛するように笑った。
…………。
な…………。
泣いてしまうだろうがぁああああーーー!!!




