03:未知の都はしばれるねぇ
※しばれる(方言)=寒い、凍えるの意。
夕焼けが街並みに濃い影を作り出し、やけに幻想的だった。
幻想的も何も、か。異世界だもんね。
くそう、オレンジの光が目に染みるし体も冷えやがる……。
ウォーと叫んで地団駄踏みながら王太子及び聖女ちゃんに考えられる限りの罵詈雑言を並べ立てたいところだが、もうすぐ夜になるので後回しだ。
まずは宿。宿を見つけなければ。
道端で寝るのは勘弁。ほーら拾えとばかりに投げ寄越された麻袋の中には、金貨が十枚ほど入っていた。
相場はよく分からないけど、金貨は安くないでしょ。
治安がどうかも定かじゃないものの、世界的に安全と言われる日本とて路上で寝てたらスリに遭ったりする。ましてやあたしも女なんで、何が起こるか警戒するに越した事はない。
胸はささやかで髪の長さも微妙だから色気とか無いけど。
一発で女とはバレないやもしれないけど!
どこだ、宿!
ちょっぴり及び腰になりながらも、道行く人に訊いた。
いや、召喚ものだと黒髪黒目がどうだの、あるじゃん。幸いこの世界は黒髪や黒目もゴロゴロいるようで、それについては何も言及されずホッとした。
まぁ、スウェット上下はファンタジーな周囲から途轍もなく浮いてたから、訝しげな顔はされたけど。
教えて貰った宿に向かう途中、運良く古着屋を見つけてシャツとボトム、ベルト、コートっぽい外套、あと古びたクッションを購入。
店に備えられていたフィッティングルーム? で着替えると、やはり縫製技術はあんまり進んでいないのかゴワゴワ。
古着だからなのか庶民用だからなのか――どっちもかな?
因みにあたしは一応、シューズを履いてるけど、旅をするなら丈夫なブーツの方がいいかもしれない。で、その店にはブーツもあった。
誰かのお古ブーツというのは中々勇気が要るが、買ったとも。
王都を出て、暫し彷徨う羽目になるからね。多分。予備が無いと底に穴が空いたり、つま先が割れたりしたらキツイ。
でも……このブーツ、クリーニングして、る?
聞けば新品の靴やブーツはお高いっていうし、他にサイズもないから妥協するしか……。
後で洗おう。
そこはかとなく鼻をくすぐる酸っぱい感じのニオイには気付かぬ振りをして、店を出た。
とりあえず、宿は取れました。
狭くても個室、鍵付きで一晩銀貨四枚。食事は別途支払い。
途中で買った服一式が2セットで銀貨一枚、ついでに寄った露店の串焼きが一本で小銅貨銅貨一枚とすると、かなりボッタくられてる気がする。
まぁ、どこにも泊まれないよりはマシか。
『明日の日没までに、「魔の山」行きの馬車に乗れ。そして二度とこの王都へ戻る事を禁ずる』
王太子の命令を思い出しつつエコバッグに入れていたクッションを取り出し、ベッドに押し付けてボスボス殴る。
『魔の山』とな!
名称からして明らかに危・険・地・帯・だよね!!
ボスボスボスボス!!
クッションの「やめてぇ〜シクシク」という哀れな声が聞こえるようだが、ごめん。
この怒りをぶつける場所が欲しいの。その為だけに買ったクッションなの。大人しく殴られてくれ!
息が切れるまで殴っていくばくかスッキリしたところで、露店で買った串焼きとコンビニおにぎりを取り出して食べた。
エコバッグの中にはおにぎりがあと二つ、菓子パン、ペットボトルのカフェオレとアーモンドチョコ、飴、脱いだスウェットに財布とスマホ、ハンカチとポケットティッシュ。
あと、何故か爪切りと眉鋏が入っている。どおりで探しても無いと思ったら……。
スマホのバッテリーは充分残っていたけど、残念ながら圏外だった。……当たり前か。
この街――王都の一角をざっと歩いただけでも、異国なのがはっきりしている。近代化した外国ではない。
コンクリートのない街路。
中世風の家並。
建物の間を縫って行き交うのは、金銀黒茶ばかりか赤青緑となんでもアリのカラフリャーな頭髪を持つ現地人。
住人っぽい人々もいれば、旅人っぽいマント装束の人もいる。
勿論、車や自転車など見かけない。大通りらしき通りを闊歩していたのはお馬さん。馬車引いてた。
間違いなく異世界っすわー。
「ははは……」
おにぎりの最後の一口をゴクリと飲み込み、乾いた笑いが漏れた。こんな所で一人、どうすりゃいいのよ。
『魔の山』に行けだってさ。街中でちょっと周りの会話に耳をすませば、その実態が知れた。やっぱり魔物とか異形とかが棲み着く山なんだってさ。死ねって言われてるの、あたし?
何か悪い事した?
したのか。
【パーソナルエリア】なるギフト。
実は、どうしてそんな能力を獲得? したのか心当たりがある。
あたしはコミュ障だ。
正確には『コミュ障だった』か。家族や親しい人以外に、距離を詰められるのが苦手だ。
得意って人もあんまり聞かないけど……あたしの場合は気持ちを言葉にするのもあまり上手くなかった。
そんな性格だからか、中学高校の頃、クラスメイトと馴染めず登校拒否した事も幾度となくある。一時期は留年の危機もあった。
でもさ。
お母さんは、人としてダメな事には厳しかったけど、あたしのコミュ障についてはあんまり口出ししないでくれてさ。
弟も、小生意気だったけど。話すのはゲームとか漫画の事で、登校拒否の事は触れないでくれて。
お父さんだって、あたしの好きな道に進めばいいって、何も責めないでくれた。
友達だって、少ないけど、いた。学校休んだ日は、いつも連絡してくれて、他愛ない事で笑って……。
嗚呼あたし、このまんまじゃいけないなって。
受験で気合い入れ直して、志望大学にギリギリ受かって。人付き合いも人並みにできるように四苦八苦しながら四年。なんとか就職先も内定して。
社会人になったら、今まで迷惑かけた分、給料とか家に入れたり。……ちょっとでも、恩返しになったらいいなと、思ってたんだけど……。
あと半年で卒業ってトコで未知の世界に召喚されるとか、これがあたしへの罰な訳?
そんなん誰が何の為に、の話だろうけど、この状況じゃ気分も暗くなるってもんよ……。




