29:竜人さんの胸中
ジオグラッド視点。三人称。
いつもは早朝に起きて草刈りに精を出すサクが、日が高くなってから姿を見せたのは珍しい。
それにも増して、思い悩んでいる様子はもっと珍しい。
「どしたよ嬢ちゃん。なんか悩みでもあるなら言ってみな? 力になれるかは分からんが、気持ちが軽くなるかもだぜ」
草刈りの間に吐いた何度目かの溜め息を聞きつけ、ジオグラッドは近寄って声をかけた。
サクはといえば鎌を持つ手を止め、のそりと上向く。
「……なんでジオは無頓着そうな顔して気遣い抜群なの」
「貶してんのか褒めてんのか」
無頓着そうな顔って何、と思うジオグラッド。お前さんが分かりやすいだけだ、とも。
サクは表情豊かなので、考えている事が表に出る。本人は気付かれないように装っているらしいが。
しかしこれだけ沈んでいるのは、ジオグラッドが湖集落に居候して半月にもなる中では初めて見る。
普段は妖精たちとキャッキャ戯れ、馬や大蜜蜂と追いかけっこし、ギフトや生活魔法を使って何かしら元気いっぱい行動しているのだ。そりゃ気になって当たり前だろう。
ジッと目線を合わせ先を促すと、サクは観念したように口を開いた。
「また心配かけてるんだろうなー、と……」
「ん?」
「……なのに、思い出さないようにしてるのは薄情なのかなー、と……」
サクは言い、はーと長い溜め息を吐いた。
だがややして頭を振り、自分の頬をペチペチと叩く。
「ごめん愚痴った。忘れて」
「愚痴を言えと言ってるんだが?」
「こーゆーのは口走ると際限なくなるからねー」
言いながらエイヤと鎌をふるい、左手で握ったままの草を一束刈り取る。
己の葛藤を払うかのような挙動だ。が、今度は先ほどよりか幾分マシな横顔だった。
愚痴の内容は端的ではあったが、ある程度は察せる。
突然元の世界から連れ去られ、庇護されるべき立場でたった一人、理不尽に追放されたのだ。郷愁に駆られない方がおかしい。
年上お兄さんとして助言でもと思ったが、自分で昇華したか割り切ったか。まぁこれ以上は余計な詮索だろう。
「そうだ、ジオ。遠くに行った何かとか失くした物とか、見つける魔導具ってある?」
立ち直ったら立ち直ったで、突拍子もない質問をしてくるのがサクという娘だが。
「あ? 魔導具じゃねぇと駄目なのか? 生活魔法でできるが……」
「生活魔法!? そうか、探し物も『生活』に関わる! どうやるの?」
「まず対象に魔力でマーキングしとくんだよ。するとどっかで失くしても自分の魔力を辿って――」
教えてやれば、猛然と草刈りの続きを始めた。練習したいがまず日課を終わらせてから、となる姿に真面目な奴だなと感心する。
教えてやればサクはすぐ覚えるだろう。少し前も『衣装変換』を教えたら、次の日には使い熟していた。
使い手の多い生活魔法だが、完璧に発動させるには魔力の操作、そして何よりイメージが重要となる。そのイメージがファナガイアの者には難しいのだが、サク曰く。
『元の世界に魔法はないけど、魔法エフェクトやら変身イメージは子供の頃から培われるんだよ』
との事。
『異世界人にファナガイアの常識を嵌めるな』との格言があるし、先々代の聖女と面識もあるジオグラッドは、つくづく異世界人が別の文明で生きてきたのだなと感心させられる。
草刈りを終えた所で伸びをした。
「んじゃ嬢ちゃん、俺はいつもの狩りに行くわ」
「はーい。あ、ジオ。前に言った『瘴気溜まり』だけど、近くにはないみたい。遠出するなら確認してきてくれない?」
一瞬、ギクリと体が強張りそうになったジオグラッドだが、努めて平静を装い「へいへい、了解」と返事をした。
✵✵✵
集落から離れた所で久々に竜人形態に戻り、森の上空を飛翔する。
(元気になったのは良いこった。が……どうしたもんかねぇ)
瘴気溜まりをどうにかしたいらしいサクに少し前、ジオグラッドは見つけたら報告する、と約束してしまった。
が。
改めて探すまでもないのだ。
この一帯に広がる瘴気の元など、『竜眼』には最初から全て視えているのだから。
最も大きな瘴気溜まりが魔の山の中腹に存在するのも把握している。
そこに『居る』魔獣がかなりの大物という事も。
瘴気は、どこにどころか歩けば当たるぐらいの数だ。
サクは見た事がないと言うが、凄まじく運が良かったか、彼女の場合ごく小さなモノなら無意識に消去していたのではないかと考える。
――とんでもない事だ。マナを残しながら瘴気のみを消し去るなど、歴代の聖女すら持ち得なかった力である。
故に、世界が彼女に気付く前にジオグラッドの祖国を訪問して貰わねばならないし、それまで一滴たりとも不審を抱かせたくはない。
今は慎重な言動が求められる。言って良いものか迷った。
全ての瘴気溜まりを消去するのは賛成しない、などと。
小さな嘆息を落とした時、感知範囲に入る複数の生物の気配があった。
気配の一つは、通常の十倍はある魔獣。鳥型なので魔鳥と呼ぶべきか。
もう一方は眼下。
十数キロメートル先、広大な森の入り口付近でこそこそ動く者達がいる。
感覚からして恐らく、ヒト族。森に残る希少な鉱物や薬草を採取しに来た無謀な連中か、或いは――。
舌打ちしつつ、まずは凄まじい速度で襲いかかってきた魔鳥を処理する。
「やだねぇ。狂化すると相手との実力差もマトモに分かんなくなっちまうんだからよ」
よりにもよって竜人を『餌』認定した魔鳥は、襲いかかる最適な射程に入るより先に距離を詰められた。
少しばかりの握力でジオグラッドが首を締めると、魔鳥の全身は呆気なくだらりと垂れる。
ジオグラッドは己の体長より大きな魔鳥を、ストレージへと無造作に収納した。
(アチラはどうすっかな)
何の為に訪れたかは調べておいた方が良いだろうか。そう考え、ジオグラッドはヒト族のいる森の入り口へと向かう。
それらは結局、予想の前者。採取物を探しに来たどこかの村の一行だったらしい。
なので放り置き、離れた場所で魔鳥の解体をしてそのまま帰還したのだった。
「おーい嬢ちゃん。今日は鳥肉獲れたぞー。『カラアゲ』ってやつ、また作ってくれよ」
湖集落に着くなり意気揚々と声をかける。
が、いつもなら「お帰りー」と出迎える声がない。
その上、結界の内側がやたら暑い。
首を捻る。サクの気配は集落の中にあるのだが……と思ったら広場の真ん中でしゃがみ込む背中を見つけた。
傍にはぴくりとも動かず横たわる二頭の馬。何故か布団や布が何枚も掛けられている。
近付くと、今漸く気付いたようにサクは振り仰いだ。
「ジオ……どうしよう、ノワとアシュが動かないの。起こしても目を覚まさないの……!」
サクの面は蒼白で、黒い目に涙が溜まっている。
(ヤベ……!)
その様子にジオグラッドこそ焦った。後で説明すると言って、すっかり忘れていたからだ。
ノワとアシュは近いうち、深い眠りにつく――かもしれない、と。




