28:夢境の追憶
回想話です。
『咲、片付けるから出て頂戴』
天井を背景にお母さんの顔がニュッと生えて、あたしは驚く。
なんでここにいるの?
『お母さんが家にいちゃいけないの? ほら、段ボールから出て来なさい。片付かないでしょ』
あたしはそれまで微睡んでいたそこが、大きな段ボールの中だったと気付いた。
ソファに座って新聞を読んでいるお父さんが笑う。
『お前は狭い所が好きだな』
『ねえちゃんはぜんせ、ネコなんだよ。おこるとシャーってなるとこもそっくり』
二歳年下の弟も便乗してきた。最後に会った時は成人してたはずなのに、今は5歳ほどの幼い姿をしている。よくよく見ればお父さんとお母さんもかなり若い。
あ、夢だなと分かった。
明晰夢ってやつだね。
するとあたしは7歳頃か。懐かしい。
そういえばこの頃、やたら狭い所が好きだったな。
田舎のじいちゃん家の押し入れは秘密基地。
幼稚園の土管は潜伏場所。
大型家電を購入した時はチャンスだ。でっかい梱包段ボールはたちまち特設の別荘となる。
自分だけの場所。そこに一人籠もれば危なくないし安全。
お喋りでヒステリーな親戚の伯母さんに周りの子と比べられずに済むし。
おしゃれで可愛い従姉妹の自慢話を延々聞かされる事もなければ、幼稚園のいじめっ子たちに意味も分からず追い回される事もない。
車道で車に轢かれた動物の亡骸を目にしなくていいし。
――目がイッちゃってる見知らぬお兄さんに、道端で急に腕を引かれない。
あたしだけの居場所では怖い事も嫌な事もなくて、何でもできるような万能感に満ちていた。
……まぁ、それが許されたのは小さい子供だからだけど。
『ほら、行ってらっしゃい』
母親があたしをミニトレインに乗せる。
なんでミニトレイン? なんで玄関から専用レールが伸びてんの。小学校は普通に徒歩通学だったよ?
……いや夢ならもう何でもアリか……。
ミニトレインは住宅街や小学校、中高校と場面を切り替えながら進み、記憶をダイジェスト的に見せつけてくる。
すっかりコミュ障に育ったあたしだが、小学生の低学年のうちは周りの子と上手くやれた。
なんたって皆純心だからね、こちらが少々内気でも一緒に遊ぶし誘っても応じてくれる。
高学年から中高生の、第二次性徴期から以降は――引き籠もり気味。考え方の違いやら派閥やら、色々浮き彫りになるお年頃。
馴染み切れなかった。そしてそんな異物に、多感な同級生の殆どは容赦がない。具体的に何があったかは……そうだね、グループの課題で存在がスルーされるくらいはしょっちゅうだったとだけ言っておく。
学校はちょくちょく休んだ。それでも絶望的に折れなくて済んだのは、少ないながら良い友人ができて、家族も理解を示してくれたからに他ならない。
その事実は光のような心の支えであり、そのくせ焦燥を齎した。
彼女たちの友人として恥じないようになりたいな。
お母さんとお父さんにもかなり心配かけたな。
生意気な弟も、弟なりに不登校気味の姉を気遣ってたのかもな。
ヤバイ。まともな人間にならなきゃ。
留年が危ぶまれてたけど、登校日数は今後休まなければギリギリ足りる。行かなきゃ。
両親は大学への進学を望んでるみたい。勉強を頑張って合格目指さなきゃ。
大学を卒業したら、社会に出て働かなきゃ。
だってそれが当たり前なんだから。
光はあたしを追い詰めている訳じゃない。
あたし自身が、それを選んだんだから――。
…………。
……。
ミニトレインはいつの間にか森の入り口に止まっていた。
座りっぱなしだったシートから地面に降りる。
振り向けば、ミニトレインとレールは跡形もなく消えていた。
疑問もなく森の奥へと踏み出す。
乱立する木々と実りの多い緑の風景は段々と雪景色に変わっていく。寒くはない。温度を感じない事を奇妙とも思わなかった。
そして、やがて辿り着いたその場所は。
真っ白だった。
雪が降り積もって白いのではない。
キャンバスの風景画で、そこだけ何も描かなかったみたいにぽっかり白いのだ。
ヒュッと喉が鳴る。
そんな。何故。
ぽっかり空いた空間の先には思い出したように景色があり、遠くに続く道が見えたが、どうでも良い気がした。
ここにあるはずの景色がない。
呆然と立ち尽くす程に、衝撃的な光景だった――。
✵✵✵
飛び起きたあたしは、額の汗を拭った。……ひどい寝汗。
「……寝たのに疲れるって何……」
睡眠とは休息のはずじゃないんですか。
内容は殆どが昔懐かしい事実だったけども、よもや今更こんな夢をみるとは……。
ミニトレインの意味はよく分からないが。
息を整え周囲を見回すと、木の天井と柱が見える。出口側に岩壁が続き、その端からは薄っすら光が差し込んでいた。
急いで着替えて外に出れば、ノワとアシュが広場の真ん中で昼寝し、トレントたちが梢をそよがせ、妖精たちが野菜を収穫し道具を造る『いつもの』光景。
「おーす嬢ちゃん。なんだ、今日は寝坊か?」
それから、あっという間にこの光景に馴染んだ朱金髪の男。
元の世界ではないという現実に落胆しながら、どこか安堵する。
その矛盾に、あたしは嘆息したのだった。




