27:雪が溶けたら……?
そこは木々が密集しているからか殆ど雪が積もっておらず、土の茶色や雑草がまばらに生える地面が見えていた。
やっぱり行動範囲を広げると発見があるものだねえ。
湖集落や小川の他にも水場が存在するとは思ってなかったよ。
池のヘドロ色も凄いけど瘴気も濃い。
ここが当たりならエリアボスもいるのかな、と周囲を見回していると、ツンツン頬を突かれた。
「コロ? どうしたの?」
顔を向けると、コロは短い手でとある一点を示す。
池の畔に何か落ちていた。
近付いてみれば、それは小魚の――干物だった。
以前ならこんな場所に魚の干物が落ちてても、池から飛び出て干上がっちゃったのかな、で終わっただろうけど。
なんだろう、すんごい既視感。
それに、コロや妖精たち、ノワもアシュも向けて来る視線は……そういうことなんですね?
手で拾い上げてみると、僅かに動いた。はい、確定です。
少し躊躇したものの、魔力を譲渡する。
魔力をやると従属しちゃうんだけど……。でも放って置くわけにもいかないし、嫌なら拒めるっていうし。
それにしても、小魚の干物にしか見えないけどこの子も妖精だよね、多分。
元に戻したとして、後はどうしよう?
やや考え、屈んで池の水に手を触れてみた。
ヘドロだもんでちょっと勇気が要ったけども。このヘドロも瘴気だらけだったので。
結果、瘴気は失くなったがヘドロの水はそのまま。
えぇ……こんな泥みたいな水に、拾った小魚を放流とかできない……。
うーん。小魚干物ちゃんはあたしの魔力を受け取った。なら従属を受け入れた、でいいんだよね。
――よし、連れて行こう。
「ねぇ皆。他にこの子の仲間はいそう?」
妖精たちは小さな頭を横に振る。
「……皆の仲間は? 他に生き残ってる子はいるの?」
これには皆して首を傾げた。
分からないみたい。
それとももっと離れた場所を探せば、生き残りがいるのだろうか。
今後はもっと行動範囲を拡げてみよう。
魔力が満タンになった小魚をパーソナルエリアで包み、その中を生活魔法の水で満たす。
「……帰ろっか」
皆にそれだけ言って、湖集落へと引き返した。
✵✵✵
「水妖精! 生き残りがいたのか!」
湖集落で出迎えたジオは、ひどく驚いていた。
というのも、水妖精は瘴気の汚染に最も弱くて、真っ先に衰弱して消滅するか魔獣化するかのどっちかなんだって。
この湖集落の湖が綺麗に澄んでるにも関わらず、妖精が棲んでいないのもそれが理由だ。
大きな湖だから比例して瘴気も多く濃かった為に、とっくの昔に滅びたのだろうとジオは言った。
こんなに綺麗な湖なのに、あのヘドロ池より妖精にとって危険な場所だったとは……。
「この子一匹でこれから増えていけるのかな……」
「心配要らんさ。水の精霊は徐々に戻って来てる」
「え!?」
あたしは湖に目をやったが当然分からない。が、竜人のジオは集落のそこら中に精霊の魔力が視えているという。
「ここら辺の瘴気は皆無だからな。――澄んだ自然からは精霊が生まれる。精霊は時を得て妖精に顕現する事もある。そいつの仲間も今後、増えるだろうさ」
ジオは私の手の中を見ながら言った。
魔力と水で満たされた透明な膜の中、小魚の干物が浮いている。
……不安になる絵面だけど生きてるよ。大丈夫。
でも、そっか。増えるのか。
それなら良かった、のかな。
✵✵✵
数日後。
洞窟のすぐ傍に置いた石鉢、その中からぴしゃんと跳ねたのは、美しい群青の鱗を持つ小魚。
鱗は陽の光を弾いて虹色にも煌めく。グッピーみたいに綺麗で可愛い魚だ。
石鉢は勿論ノームたちに頼んで造って貰った特注。直径1メートルの小判型で、側面に水流を模ったデザインが彫刻されている。
彼らが造る物で特注じゃない物なんてないけどね。
ジオには妖精だから湖に放せば普通に育つと呆れられたが。
だってこんなに小さいんだもの。他の魚に食べられそうで怖いのよ。
もうすっかり懐いてる。そしたらあたしも情が移るの、心配になっちゃうもんなの。
名前も『グッピ』と付けて、立派な湖集落の一員だ。
さて、そのグッピが元気に泳ぐのを横目に、あたしはせっせとシャボン玉状のパーソナルエリアを飛ばす。
魔力量を増やす訓練だね。生活魔法も使ったりするけど、ギフトを改変して使うのが一番効率が良い。
なんで増やしたいかって。
ほら、あたし暖かくなったらここを離れるつもりだったじゃない?
忘れてないよ、隣国に行く目標は。
でも、妖精たちや諸々の件で予定は伸びるかもしれない。
あたしがいなくなった後、この子たちと森はどうなるのだろう?
ジオ曰く、『魔の山』を含む瘴気地帯である森は、バランドル王国のものでも隣の帝国のものでも無いらしい。
マナが豊富だった頃はどちらも自国領土と主張してたが、瘴気が溢れると二国とも権利を放棄したんだって。
理由は、自国の領土としていた場合、魔獣や魔物が外に出て人里を襲えば騎士団を派遣するのは当然だが。
死者や怪我人がいたら賠償なんかも発生するからだそうだ。つまり責任を取りたくない訳ね。
……ケッ。
それはそれとして、どの国の領土ではない為に有事の保証は殆ど無いが、逆に言えば誰もが出入り自由という事でもある。
ヒト族の中にも魔獣を討伐できる能力持ちや、秘境に生息する珍しい採取物を求める探索者がいるらしい。
そういった人々が、森を通り抜けてこの湖を見つけたら?
瘴気が元から消えてて、レア薬草なんかが大量に採取できる場所。
妖精たちが作った場所。
あたしがこの土地を離れても周辺のバリアを維持できる。それくらいの魔力が欲しいの。
ふと、そこまでしてあたしは隣国に行きたいのか自問自答した。
瘴気云々と賠償云々で所有を放棄した隣国ってどうよと思うし(勿論バランドル王国もな!)、なんだかんだでここの生活を気に入りつつあるんだよね……。
食料、衣服、家具はほぼ自給自足できる環境で、なんならジオがたまに人里に出向いてここではどうしても手に入らない物資を買い出ししてくれる。お陰でパンや油、他の諸々もストレージに入りきらない程パンパンだ。
そしてあたしは、人間大好き会えなきゃ死ぬってタイプでもない。
…………あれ?
本当に隣国、行きたい??




