23:かつて妖精郷と呼ばれた地
その日も夕食後、色々話を聞いた。
ジオはどうやら外見年齢よりかなり長生きで、『魔の山』が『妖精郷』と呼ばれている頃から知っているそうだ。
おじいちゃん、と茶化すのは後にするとして。
妖精の住む郷の名で呼ばれる程マナに満ち、資源の豊かな山野であったが。
時を経て瘴気に呑まれ、徐々に魔物が跋扈する危険地帯へと変貌を遂げていったのだとか。
「なのに、驚いたぜ。上から見たら、この湖を中心に瘴気がすっかり無くなってんだから。しかも、マナが残ったまま。どういう事だと見回ったら、トレントと相対してるサク嬢ちゃんたちに会ったワケ」
頭上からは一方的にトレントにやられてるように見え、助けに入ろうとしたら早とちりだった、とジオは笑う。
瘴気に満ちた場所には魔物が湧くし、通常の獣も魔獣になるのでトレントが凶暴化したなら倒すしか方法が浮かばなかった、という話は理解できるのだが。
あたしは首を捻った。
瘴気が消えてるのにマナが残ったまま、の意味が分からない。
もしかしたら瘴気を消すと、普通はマナも消えるのか、と思ったらその通りだった。
「瘴気ってのは聖女しか浄化できねえ。聖女の持つ光の魔力と聖なる浄化のギフトで瘴気を中和するが、変質しきったマナも一緒に浄化されて消えちまうんだ――本来はな」
瘴気により生まれた、或いは凶暴化した魔物は聖女の浄化か、倒すしか対処しようがない。そして、どちらにしてもその魔物は消滅するしか無い。
瘴気=マナを完全に消すという事は、生物の命脈を断つのに等しいからだ。
妖精や精霊であれ同様。
マナが豊富で自然豊かな土地には多くの妖精が生まれ、住み着く。
妖精は精霊が顕現した姿であり、生まれ育った土地を守護する役目を負っているという。
ある程度の瘴気を元のマナに戻す力も備わっているが、瘴気の臨界――つまりその土地から溢れ出すようになると手遅れで、妖精もまた変質して魔物となるか、または力を使い果たしその土地と共に滅ぶのだそうだ。
あたしはギョッとする。
「え、じゃあ、この子たちが干からびてたのって……」
「そ。恐らく滅びるとこだったんだろう、この森は。お前さんが現れた事で、まさに九死に一生を得たってヤツだ。そりゃあ従属するほど慕われる訳よ」
カカ、と笑いながら近くのコロポックルをつつくジオ。
あたし? 笑えません。
『魔の山』とこの森に瘴気が現れたのはおよそ百年ほど前。
意外に最近だなと思ったが、その前の時代は時の聖女が代々浄化していたそうだ。
だが先代から浄化が途切れ、瘴気まみれ、魔物だらけのこの地には誰も寄り付く事がなくなった。
そして百年後、今ココだ。
現在バランドル王国にいる聖女がもしもこの森の浄化をしたとして。
数十年前なら瘴気ごとマナが消えても凶暴化していなければ耐えられたが、力が弱りきった今の妖精たちではやはり消滅しただろうとのこと。
守護者たる妖精が消えれば、その土地もやはり消えゆく定めなのだそうだ。この森はそれほどに限界ギリギリだった。
ひとまず思うのは、あの日に自分の行き先をここに決めて良かったな、と。
コロポックルたちは今、あたしやジオの体を登り降りして遊んでいる。
ノームたちも、ジオが秘蔵しているお酒を分けて貰って大喜び。石テーブルの近くで輪になり、酒盛りしていた。
草の妖精、土の妖精と正式名称で呼ばないといけないかな、と思ったが、ジオ曰く彼ら自身が受け入れてるならどんな名称でも構わないとのこと。
なのでこれまで通りコロポックル、ノームと呼んでいる。
ノワとアシュは洞窟でお休み中。寝る時間はますます増えたけど、起きてる間は相変わらず元気なので心配しつつも過程を見守っている。
そして、話題にあった当人も、今や湖集落の住人だ。
最近お仲間を連れて来て、胡桃の実や桃、林檎などを毎日落としてくれる。あたしや妖精たちのオヤツ、ジオのお酒のアテにもなって大活躍。
平和な光景だ。
この地が滅びゆこうとしていたなんて信じられないほど。
あたしのギフトはまだ検証中で分からない事も多いが、有用なのは間違いないらしい。
なら。
「『瘴気溜まり』、だっけ? それを何とかしたら、この土地も昔みたいに戻るのかな……」
妖精郷と呼ばれてた頃みたいに?
そうポツリと呟くと、ジオは顔を上げた。
「……かもしれないが……」
「ホント? でも湖に来るまでそんな瘴気の濃い場所は見てないんだよね……。ジオはどう?」
空を飛べて、上空からパッと見ただけで瘴気のある無しが分かった彼なら、と思い訊いてみる。
「…………んー、どうだったかね」
「見たこと無い? ここから大分離れた場所にあるのかな」
「おいおい、まさか探しに行くとか言わないよな? 瘴気溜まりの近くには強力な大物が縄張りにしてる事もあんぜ? 所謂エリアボスってヤツだ」
駄目なの?
うーん、あたしのギフトなら大丈夫な気がするんだけど。
いやでも竜人が『強力』と言う程の魔物には遭遇した事はないかも。舐めプは禁物か……。
「……気になるってんなら、出かける時にでも俺が探しとくけど。どうよ?」
「本当? じゃお願い」
「…………へいへい」
ジオは苦笑しながら頷く。
その前に一瞬した、難しい表情や答えるまでの『間』が少し気になったものの……。
どういう意図かは分からなかったので結局は、よろしく、とお任せしたのだった。
「エリュシオン」は本来、理想郷、死語の楽園の意味ですが、
当作では妖精郷として用いました。




