18:瘴気とトレントと……誰?
じんめ◯じゅ、ならぬ恐らくトレント。
その大きさは見上げる程。
10メートル以上ある体高から巨大なヘラジカの角の如き枝を振り回せば、周囲の木々を根こそぎ薙ぎ倒し、射程内に鎮座していた大岩も粉々になる。
凄い迫力。トレントっていざ襲われるとこんな強いんだね。
対抗手段を持ってなければ、マトモに戦うのは辛いかなぁ。火の魔法か、斧? 普通の長剣じゃ刃こぼれしそうだ。
ただ、森の中で火は厳禁だよね。下手したらあっという間に燃え広がって、自分も逃げられなくなりそう。
等々、目の前の魔物を現実的に考察する余裕があるのも、対抗手段を持っているからだ。
大岩や大木をも破壊する枝の攻撃でも、【パーソナルエリア】はびくともしない。
なので珍しい魔物をついつい観察してしまったが、もういいだろう。
コロポックルに被害を加えてくれたヤツだ。せいぜい盛大に吹っ飛ばしてやりますか。
最近、体当たりしなくても遠隔操作で発動できるようになったんだよ。局所やボール型に変形する練習を毎日欠かさなかったから、その成果だね。
腕を前に突き出す、が。
何故かその腕に、コロポックルたちがこぞって貼り付いた。
「? どしたの?」
観察してる間もびくびくしてたと怖がってたのに、ここで止めるなんて。
コロ及びコロポックルたち、そしてノームたちも、あたしに懇願するような目を向けている。
…………えーと、これは。
「吹っ飛ばさないで欲しいの?」
コクコク頷きが返ってくる。
えぇ、なんで? キミたち、コイツのせいで怪我したんだよね?
いやしかし、そういえば。
ゲームだと凶暴なエネミーだけど、ファンタジー小説では、トレントは賢く穏やかな性質とされてるんだったな。
本性は魔物じゃなく、精霊だとか森の守護者とも言われてる。
あたしはトレントを再び、先程より注意深く観察した。
何本もの巨大な枝は今もあたし達を襲っていて一見、闇雲に暴れているようである。
でも時折、攻撃ではない幹を捩る動きがあって。
それは何やら、苦しげに悶えているようにも……見えなくはない、かも?
「ん? ……あぁ、アレかな?」
トレントの幹、その中心辺りに瘴気が一層集中している点があった。
靄状の瘴気とは異なり、アメーバみたいに蠢いていて気持ち悪い。
湖の瘴気を飛ばした後、怪魚しか釣れなかった状態から、普通の魚が泳ぐようになった時の事を思い出す。
あのアメーバみたいな瘴気の塊をどうにかすれば、トレントも元に戻るかも。
とはいえ、瘴気を消すには直に触らないといけないんだよね。
近付いても怪我はしないとは思うけど、コロポックルやノームたちはどうしよう。
この場に置いてバリアを作ってあげれば良いかな。
と、戦闘中に危機など陥った事がないからか、呑気に考えていた。
咄嗟の判断は遅いし周囲の気配にも疎い為に。
「お前ら生きてるか!? 動けるならそこから退け!」
なので、『他に誰かがいる』などとは、その時まで気付きもしなかった。
は? と上を仰ぐ。
だって『上から』声が降ってきたんだもの。
いやいやまさか、と思ったよ?
しかし、バシンドカン攻撃してくる枝が引いた瞬間、見えたのは確かに人間だった。
え、人間……??
木々の遥か頭上。
翼を広げ、空に浮かんでいる。
真上の太陽が逆光になって影にしか見えないけども。声は低いから男性、なのかな?
って、呆けてる場合じゃない!
その有翼の人(?)は、物凄い量の魔力を練り始めてる。
魔法を使うのか。
攻撃魔法?
対象は……トレント!?
あの高魔力の攻撃魔法じゃ、確実に死んじゃう!
いやいや待って! あたしは助けようとしてんのよ!
枝に生ってる胡桃の実といい、コロポックルやノームが訴えてる事といい、多分あのトレントは知り合いなんだよ。
助けられなかったらこの子たちが悲しむじゃん!
頭上の人? がもう一度怒鳴った。
「聞いてんのか!? 逃げろ!」
「断る!!」
「そ、…………は?」
低い声は間抜けな戸惑いを発し、そこで集中が削げたのか、「やべっ」と焦ったような呟きを漏らした。
――発動された魔法は轟音と共に、稲光となって地上へ降り注ぐ。
どぅおうぇええ!!?
「っ――防、いでッ……!!」
内心悲鳴を挙げつつも、パーソナルエリアを拡大する。
トレントごと包んで、無数の稲妻を『吹っ飛ばし』た。
あ、トレントも驚いて硬直してるっぽい。
今のうち、とばかりにあたしは駆けた。
戻れ、元に戻れと願いながら太い幹に抱きつくと、鼓膜が破れそうな甲高い絶叫が響いた――。
……………………。
……………。
……。
ややして。
背にカサリと回された枝に、ほぅっと息を吐く。
攻撃ではなく、労るような。顔を上げれば、トレントの中心からはあの黒いアメーバが消えていた。
優しい命の息吹を感じる。
あぁ、これが本当の貴方なんだね。
「…………そんな馬鹿な……」
深く低い声が耳に届く。
振り返ると、上空から翼をはためかせ、声の主が降りてくるところだった。
三十代前後の背の高い男性。日に焼けた肌と精悍な顔立ちをしている。
筋肉隆々ではないけれど、豪奢な衣服の上からも偉丈夫であることが知れた。
少しクセのある髪は後ろに緩く流していて、夕日のような朱金色だ。
瞳孔の細い金の双眸。
竜の飛膜みたいな一対の翼。
尖った両耳の上に、それぞれ黒曜石の如き角が生えていた。
「俺の雷を無効化した? トレントの凶暴化を正常に戻しただと? お前さん何者だ……?」
「…………」
うん、魔法まで吹っ飛ばせるかは一か八かだったけど……。
ていうか、貴方こそどなた様ですか??
矢継ぎ早に質問されても困る。コミュ障はそれなりに克服したけど、初対面の人はまだまだ得意じゃないんだよ……。




