11:王太子は栄光を確信している
王太子視点。三人称。
少し長めです。
召喚の日から一ヶ月後。
バランドルの王都にて、召喚された聖女による『浄化の儀』が行われた。
王太子アーナンドは神殿広場で祈る聖女ヒメナと、彼女が生み出す光に恍惚とする。
(美しい)
蛍灯の如き無数の光は空中に舞い上がり、王都に漂う黒い靄――瘴気に触れては中和し、消失させていく。
魔力や瘴気は一般的に可視化できない。故に広場へ物見に集った王侯貴族や平民の多くは、その美麗な光景を視る事は叶わないだろう。
視る事ができるのは、ある程度の魔力を持ち、魔法を使い熟す者だけだ。
しかしその光により『効果』を実感した者たちからは、安堵とも喜悦とも取れる歓声が次々挙がった。
瘴気はマナが変質した淀みである。
マナは世界に満ち、万物に宿る。宿ったマナは魔力となり魔法や一部のスキルを行使する源となるのだ。
が、そのマナは如何なる理由でか一定の濃度を超えると変質し、悪しきエネルギーである瘴気に変わる。
マナが豊富に満ちる場所では魔石等の鉱石やポーションの原料となる薬草が採取できるが、いざ瘴気に変質した時一転、危険地帯となる。
マナ溜まりは瘴気溜まりとなり、瘴気溜まりからは異形、つまり魔物が絶えず生まれるからだ。
また、瘴気溜まりの瘴気は徐々に周囲を汚染し、通常の動物を魔獣に変容させる上、人体にも有害である。
濃度の高い瘴気に触れると火傷のような炎症の跡が出来、軽症であっても体調不良を引き起こすのだ。
それを『瘴気症』と呼ぶ。
瘴気症はポーションや治癒魔法では治らず、聖女が神より賜りしギフト『聖浄化』しか効果が無い。
歓声を挙げているのは、瘴気症による被害を受けていた者達であろう。
そんな者共に、アーナンドは鼻白みながらチラと視線をくべた。
マナと瘴気を可視化できる者なら、瘴気への抵抗も可能だ。抵抗するまでの力がなくとも、可視できるなら瘴気に触れないよう用心する事もできる。
瘴気症に陥る者は魔力という才能が無い、或いは魔法の研鑽を怠った者であり、アーナンドにとっては聖女の恩恵を受けるに値しない者共なのだが――。
隣の帝国が有していた先代聖女が没して五十年。その間に世界のマナは瘴気に変質し続け、各国の首都まで広がりつつある。
バランドル王国も例外ではなかった。王都まで瘴気が漂い始め、瘴気症を発症する民や貴族が続出した。
己の研鑽を怠る者が不利益を被るのは当然だが、それにより経済が滞るのは為政者としては遺憾である。
また、アーナンドは王太子なのだ。次期国王として、愚かな臣や民であれ壮健な暮らしを護らねばならなかった。
(――此度『聖女召喚の儀』の権利がバランドル王国に巡って来たのは天意であろうな)
世界に瘴気が溢れた時、各国のいずれかに聖女召喚の魔法陣が出現する。
その魔法陣こそ、世界を創世した女神の慈悲であり意志とも伝わっている。
ヒメナはこれから、浄化の為に各国を訪問する事となる。その際にマナも消失するので、十何年かは世界中の資源が乏しくなるのは痛手だが――かといって瘴気を放置し滅びを選ぶ国などあるまい。
聖女の派遣を望む各国は否応なく交渉の席につく。その全てで優位に立つのが、我が国となるだろう。
「ヒメナ、大義であった」
ひとしきり聖浄化を終え、馬車に乗り込むヒメナをエスコートし、労った。
「えへへ、お役に立てて良かったです! ちょっと疲れちゃいましたけど」
「それはいけない。王宮に戻ったらゆるりと休むがいい。何か必要な物はあるか」
「え、そんな。プレゼントならこれまでも沢山貰いましたし……」
「必要な物は聖女の予算として組まれているから遠慮せずともよい。まぁ、プレゼントは別に用意してあるがな」
「ええ!?」
「何を驚く? そなたは私の婚約者となるのだ。贈り物をするのは当然だろう」
言い、アーナンドが華奢な手を掬い上げると、ヒメナは「アーナンドさまったら……」と頬を染め、大きな瞳を潤ませた。
実に可憐。全く以て『現在の婚約者』とは雲泥の差だ。
幼い頃に家格と世情を鑑み選ばれた婚約者だが、少しばかり小賢しく魔力が高いだけの侯爵令嬢である。
アーナンドは王太子であり、自他共に認める眉目秀麗であり、完璧主義だ。
そんな自分に相応しい、身分と容姿、教養を備える相手は他にいなかったからこそ妥協していたが、真なる聖女たる愛らしいヒメナが現れた以上は不要だろう。
国王の父、王妃の母、そして貴族議会の承認は得た。今の婚約は破棄し、ヒメナを新たな婚約者として迎える準備は万端である。
「そういえば、アーナンドさま。出て行った『あの人』って今、どうしてるんですか?」
「あの人? ……ああ、そなたと共に召喚された、妙なギフト持ちの女か」
「そう、その人です」
アーナンドもヒメナも、最早かの女性の名すら覚えていなかった。
「……その者なら『魔の山』に入ったと報告があった」
「ええ? 危ない所なんですよね? この国と、周りの国が大変なのもその『魔の山』の瘴気溜まり? が溢れてるからですよね? 魔物とかも沢山いるって聞きました。怖いでしょうね……可哀想……」
「その通りだが……ふ、優しいな。聖女であるそなたに危害を加えかねない者であろう?」
かの女性……というには何とも珍妙な風体をした者だったが。
聖女は何よりも優先され、庇護されねばならぬ存在である。その弊害となるモノは、例え人道に悖るとしても排除しなければならない。
しかしここで足枷となるのが国際法だ。召喚した者(国)『乙』はされた者『甲』を聖女である無しに関わらず丁重に保護するべし、とある。
如何に聖女の安全の為と説いたところで、追放した等と各国に知られれば責任を問われる事は間違いない。
故に、側近に命じて暗殺者を雇った。王家の影を動かせば確実だったが、まだ玉座にないアーナンドが命令できる数は限られ、その殆どを自分とヒメナの護衛に動員しているからだ。
暗殺者は場末の酒場にいたならず者だという。馬も扱えるので丁度良く、偽の馬車を用意し御者としてかの者を『魔の山』の麓まで運び、始末しろと命じたとか。前払いで金貨を渡し、成功報酬は倍だと告げれば喜んで引き受けたそうだ。
優しいヒメナには森に入ったと告げたが、かの者は既に殺されているはず。
物乞いの如く金を要求してきた時には厚顔無恥さに呆れたものだが、叶えてやったのは先を見据えたからだ。
暗殺者には、成功したならその金も奪って良いと伝えてある。金貨十枚……数枚に減っていたとしても平民には大金だ。万が一にも手心は加えまい。
念の為調べさせた所、遺体や馬も馬車もなかったそうだが、森の魔物に食われたか、盗賊にでも盗まれたのだろう。
古びたボロ馬車と老いた馬程度、失っても微々たる経費でしかない。
当の暗殺者は当日のうちに帰還しており、発見した際に側近が始末したようだ。
口封じという言葉を知らぬ、目先の欲しか見ない者。実に愚かである。
何故か外門付近で寝ていたそうで、奪ったはずの金貨も所持していなかったというのは疑問だが……まぁ、酒に酔いどこぞで落としたのだろう。
今となっては思考を割く価値もない、些末事だ。
「それよりもヒメナよ。婚約披露のドレスは出来上がったか」
「あ、はい! とっても素敵なドレスで、着るのが楽しみです! わたしに似合うといいんですけど……」
「きっと似合うとも」
ヒメナが現代に於ける救世の聖女となり、彼女を王妃としてアーナンドは世界で最も繁栄する国の王となる。
そんな未来に思いを馳せ、アーナンドは笑ったのだった。
金貨十枚使いきるとは流石に思わない王太子。




