【第79話】公共衛生改善案
衣類支援が終わった後、俺は直ぐに次の行動に入った。
それは疫病対策である。
この問題は何もスラム街に限った話ではない。
自分が知る限りで、ミストヴェイル及びオーロ・ヴァレンツは衛生状態が良くなかった。
俺が考えたのは3点ある。
どれも不可能な話ではない。
それを一度前伯爵に相談しようと思い夕飯に誘った。
「ススムよ。招待に感謝する。」
「いえいえ、突然の相談にも関わらず申し訳有りません。」
俺がリビングに通すと当然のようにサーシャ達やアリス達も食事の準備をしてくれている。
「全く。どうもサーシャの姿が見えないと思ってみれば・・・。」
「あはは・・・。大体朝と夕飯時には居ますよ。」
「朝?朝食まで世話になっているというのか・・・。」
「それもありますが実はその件も含めてのご相談です。」
「ふむ?まあ良い。サーシャ!」
前伯爵はサーシャを呼ぶとサーシャは走り寄り前伯爵とハグしていた。
「いらっしゃいませ。お祖父様。」
「いらっしゃいませって・・・。お前まだ正式にここの人間ではないだろう・・・?」
「“ほぼ”ここの人間の様なものです。」
サーシャは俺を見てニコっと笑う。
「あはは・・・。」
今日は鶏肉が手に入ったのでフライドチキンもどきにしてみた。
どうも調味料で欲しいものが手に入らないのでもどきになってしまうのは御愛嬌。
だがそれでも皆美味しそうに食べてくれる。
最近ではサーシャ達も好んで米を食べ始めている。
米好き同士が徐々に拡大していて嬉しい限りだ。
「ふーむ・・・。ススムが作る食事はどれもこれも一級品という言葉では収まらないな。」
「お気に召してくださったようで何より。」
「それで、ススムよ。今日私が呼ばれた理由を聞いても?」
「ああ、はい。この国の内情を知り尽くしていると思われるヴォルフガング様にお聞きしたかったのは『公共衛生』についてです。」
「『公共衛生』とは・・・?」
「例えば僕が訪れた街、ミストヴェイルやオーロ・ヴァレンツは衛生状況が良くなく、いつ疫病が発生してもおかしくはない状況だと認識しております。」
「疫病か・・・。確かに疫病はこの国に留まらず世界各国で頭を悩ませている。」
「それを完全にではないですが抑止できると言ったら国は協力してくださりますか?」
「!!」
前伯爵は勿論だがこの部屋にいる全員が驚愕している。
「も、勿論だとも!ススムはその様な方法を知っておるのか!?」
「少なくとも私が過去に住んでいた今は無き村では実行していたことがあり、そのお陰もあってか疫病は滅多に起きていませんでした。」
「是非教えて欲しい!!おい、サーシャ!」
前伯爵は慌てた様子でサーシャに声を掛けるがサーシャは既にメモを取る準備を整えていた。
「まず一つ目は汚物の処理の方法です。皆適当に処理をしていますがこれは貴族でもそうなのでしょうか?」
「う、うむ・・・。実はこれは貴族間でも頭を悩ませているところでな。」
「ではまず『肥溜め』を作りませんか?」
「『肥溜め』であるか・・・?」
「はい。街の各箇所に汚物を纏める場所を作ります。」
「いやしかし、そんな事をするとその場所がとんでもなく汚染されてしまうのではないか?」
「実はあるものを混ぜ込むとその汚物が『堆肥』になることはご存知ですか?」
「何・・・!?確か農村地帯ではそのまま汚物を畑に撒いているとは聞いたことはあるが・・・?」
「それでは良く有りません。むしろ悪影響になるばかりです。」
「では何を混ぜるというのだ?」
「それは『炭』です。細かく砕いた炭を汚物に混ぜ込み、暫く寝かせると『堆肥』になります。食後で恐縮なのですがこちらに来て頂けますか?」
俺はその場に居た全員を家の裏手に作っていた自家製の肥溜めを見せる。
「ここは僕個人が作った肥溜めになります。ここは一番時間が経っていますが炭も多く混じっているため既に堆肥になっています。」
「な、なんと・・・!」
「こっちが自家製の炭を細かく砕いたものになります。個人的にある程度まで糞尿が溜まったら炭を撒き、無毒化して堆肥にし、更に層を重ねていっている状態ですね。」
「炭か・・・。炭は種類は何でも良いのか?」
「ええ、基本的に炭であれば何でも可能です。なのでこれは可能であれば国家主導として行ってほしいのですが、肥溜めを作り、炭の生産量を上げ、そこから堆肥に出来ませんか?性能の良い堆肥は畑にとっては栄養の塊です。痩せた畑も元に戻り、通常の畑でも更に生産力が増すでしょう。そうなれば食糧事情も変わってくるの思うのです。」
俺達は部屋に戻りながらこれらの説明をする。
流石に情報が情報なだけに飲み込めないのか、前伯爵も唸っている。
「いや、しかし・・・。」
「もし、国家事業として不安があるというのでしたら実験してみませんか?それこそ今は良い実験場があるではないですか。」
「実験場・・・?まさかスラム街か!」
「はい。」
俺はニッコリと笑顔で頷いた。
「まずはスラム街で肥溜めを各所に作り、更に炭を作らせましょう。そして街のルールとして自警団に徹底させ、糞尿は肥溜めに捨てさせ、炭を撒かせる。あ、どうせなら簡単な畑でも作りましょうか?それで自作の堆肥を使って野菜でも作らせてみましょう。」
俺がそんな事を淡々と言っていると前伯爵は空いた口が塞がらなくなっていた。
「・・・流石になにかまずかったですか?」
「いやいや・・・!話の規模が大きすぎて驚いただけだ。実験という聞こえはあまり良くないが確かに『検証』をするのは良いかもしれん。」
あ、確かに、実験よりも検証のほうが外聞は良いかもね。
失敗、失敗。
「ついでと言ってはなんですが、後二つほど対策があるのですが。」
「まだあるのか!?」
前伯爵は驚きすぎて口をパクパクさせている。
「お祖父様。ススムさんは大体いつもこんな感じですよ?これで驚いていたら死んでしまいますよ?」
「あはは・・・。後二つについてはサーシャさん達もほぼ毎朝ここに来ている理由です。」
「え?もしかしてお風呂ですか?」
「風呂だって!?」
サーシャの何気ない言葉に前伯爵は目玉が飛び出そうになるくらい驚いていた。
いやまあ、未婚で正式に付き合っても居ない男の家で風呂入っていると聞けばそれは驚くわな。
「サーシャさん、言い方。」
「あ、すみません・・・。」
俺は前伯爵に事情を説明する。
「全く、最近の若い連中は・・・。」
「すみません。ただ風呂に入る、つまりは『入浴』をして『身体を清潔に保つ』ことは疫病対策になるんですよ。その点からも僕の独断では有りましたがお風呂を貸しておりました。申し訳有りませんでした。」
「いや、そういった理由があるなら良い。だが今ので一つ思い当たる所があった。」
「と言うと?」
「平民と貴族での疫病の発生率の違いだ。確かに平民の方が圧倒的に疫病が発生する確率が高いのはそういった理由があったのか。」
「はい。その通りです。」
「なんということだ・・・。」
「ヴォルフガング様、良ければこれを使って手を洗ってみて下さい。」
「うん?それは石鹸か?」
「ええ、ですがこれは僕やサーシャさん達が日常的にこの家で使用している石鹸です。」
「ああ、あの良く泡立つ石鹸ですね!」
「ふむ・・・?おおこれは・・・!泡も良く立つが汚れもよく落ちる!素晴らしい。」
どうやら自家製石鹸は前伯爵の目からしても良い物のようだ。
「如何でしょうか?それで僕としては平民でも使用できる国営の『公衆浴場』とこの石鹸を普及させていただきたいと考えたのですが。」
「待て待て待て・・・。いくらなんでも事案が多い。ただでさえ学校も始まってすら居ないのに。」
「ですが疫病は待ってはくれません。もし国として動きづらいというのでしたらこれもスラム街で始動させます。」
「何故スラム街でなのだ?」
「今は民衆のコントロールがしやすいという点と、単純に仕事がない者ばかりで時間を持て余しているからです。でしたら生活の改善に加え、検証員として働いてもらえばいいではないですか。何も無償で与えるわけでは有りません。こちらは知恵と仕事を、彼らは労働力を出してもらいます。どの道学校が始まるまでまだ時間がありますからね。」
「ふーむ・・・。いや確かにその通りだな。スラム街での検証が上手く行けば国としてもそれを参考として動きやすくなるだろう。」
「ありがとうございます!」
「だが、人材はどうする?」
「商業ギルドに行き相談します。どの道この自家製石鹸は今までの石鹸と違うようなので登録が必要ですし。肥溜めについても一応登録しておきます。ただこれらは有益性が確認され次第、無償で全ての情報を開示しようと思っています。」
「何故だ!?」
「疫病対策は回り回って自身や家族を守ることに繋がりますからね。」
そんな事を何も考えずに言うとアリスとサーシャが照れていた。
「お主の人誑したる所以が良くわかった気がする・・・。」
あ、また地雷を踏み抜いたらしい。
兎にも角にも俺は前伯爵の理解は得られたので翌日早々に商業ギルドに向かうこととなった。




