【第19話】収納鞄の想定外な使い方
俺は早々に訓練場から退却し、解体作業場へと移動する。
解体作業場とは冒険者が解体しずらかったり、なるべく損傷を少なく素材の剥ぎ取りを行いたいと考えた際に冒険者ギルドに隣接しているこの解体作業場にいる解体のプロに依頼金を渡し解体してもらう、言わば解体代行業者の作業場である。
俺は今回の旅で必ず途中で食料品の現地調達も必要になるだろうと考えたが、獣の解体経験はまるでなかったので今回この作業場のプロに指導してもらおうと思ったわけだ。
「こんにちはー。どなたかいらっしゃいますか?」
「あん?見ない顔だな。解体依頼か?」
「いえ、僕は解体の指導をしてもらおうと思ったものです。聞いてませんか?」
「ああ、そういやさっき受付の嬢ちゃんがそんな事伝えに来たな。よく来た。俺はこの解体作業場の頭領でザンゲルと言う。よろしくな。」
「銅級になりたてのススムです。お世話になります。今からでも大丈夫ですか?」
「ああ、むしろ今の方が良い。夕方近くになるとどんどん依頼が来るからな。」
「なるほどです。ではお願いします。」
「ああ。しかし偉いな。独学ではなくきちんと学んだ上で行動したいとはいい心がけだ。で獲物は何を想定してる?」
「その方が無駄な作業や、素材を傷めないで済みますからね。獲物は小型の小動物か鹿程度の大きさのものですかね?」
「なるほど。丁度その2種類は在庫がある。こっちだ。」
そう言って様々な工具等や剥ぎ取ったであろう素材類、そして独特の匂いがその場を包みこんでいた。
「すげえ匂いだろ?」
「まあ、血と脂の匂いはしょうがないですよね。」
「お、わかってるじゃねえか。じゃあ、早速だがこれだ。」
作業台にドン!と置かれたのは兎型の獣だった。
額には角らしきモノが生えている。
「こいつはホーンラビットだ。見ての通りこの角が厄介でな。通称【初心者キラー】なんてあだ名があるくらいだ。見つけてもただの兎だと思ってると一瞬で腹に大穴開けて死ぬことになるから気をつけろよ。」
うひー!想像しただけでお腹が痛くなる気がした。
「き、気をつけます・・・。」
「解体用の工具類は持ってるのか?」
「あ、そう言えば持ってないですね。鍛冶ギルドで買えますか?」
「ああ、だが普通の商店でも揃えられるがなんで鍛冶ギルドなんだ?」
「知り合いがいまして。」
「なるほど。じゃあそいつに見繕ってもらったほうが確かだな。まずは血抜きだ。といってもコイツは既に血抜きは終わってる。血抜きをしないとえらいことになるから絶対するようにな。」
「肉や内蔵などに血が浸透してしまってだめになってしまうんでしたっけ?」
「ほう、多少の知識はあるようだな。」
実は獣は捌くことは初めてだが、地球にいた頃は趣味で一人で釣りをすることが多く、魚をよく捌いていた。
「あはは。多少ですが。」
「よし、血の抜き方はまず首元か股の付け根にある大動脈を刃物で傷つけその後木に吊るして地面に落とすか、川があるなら川に晒して水で血を抜くのが効率的だ。」
「なるほど。」
「次に捌き方だ。」
そう言ってザンゲルは手早く内臓を抜き、皮を剥ぎ取り、そして各部位にバラしていった。
「す、すごい。」
「バラす時のコツは関節を狙うことだ。いかに鉄製の刃物とは言え、下手に骨にぶつけると刃があっという間に欠けるからな?」
「わかりました。やってみます。」
そう言い俺はザンゲルの作業を見様見真似で多少時間は掛かったが同じ様にバラすことが出来た。
「お、初めてにしてはなかなか筋が良いじゃねえか。上等だよ。」
「ありがとうございます。」
「次は鹿行くか。」
「は、はい。」
そういい、兎よりも遥かにでかい鹿を作業台にドン!と乗せる。
これも血抜きはされているようだ。
「で、でかいですね。」
「そうか?これで平均的な大きさだ。まあ、鹿と一口に言っても様々な種類がいるしな。練習台にはコイツが丁度いいよ。」
「なるほどです・・・。頑張ります!」
「よしその意気だ。」
そう言って今度はザンゲルの指示の元、どこにナイフを入れ皮をはぎ、内臓を取り、バラしていくかを手取り足取り教わることになる。
「ふー。とりあえずこれで鹿の捌き方はおしまいだ。どうだ?出来そうか?」
「ありがとうございました。かなり参考になりました。というかこれはやっぱし独学でやらなくて正解だったと思います。良い先生に教えてもらえてよかったです。」
「よせやい!」
そう言いながらザンゲルは俺の背中を一発バチンと叩いた。
だから、この世界の人達力強くて痛いんだって!
「あ、あはは。ああそうだ、ちょっと試したいことがあるのですがこの鹿の足貸してもらっていいですか?」
「ん?どうするんだ?」
「いえ、鹿の足程度ならこの極小の収納鞄に入るんじゃないかと思って。」
「なるほど。構わねえよ?試してみろ。」
「ありがとうございます。どれどれ・・・。」
俺はそう言いつつ収納鞄を一本の立派な鹿の後ろ足に近づける。
するといつもの如くスポッと中に入っていった。
いつ見てもこの現象は面白い。
容量はどうなんだ?
そう思い手を突っ込む。
「流石に容量的にはこれで一杯位なんだなあ。どうせなら肉と骨で分割して収納できれば容量は浮きそうだけどなあ。」
「はは、違いねえ。」
そんなことを思っていた矢先である。
収納鞄に手を突っ込んでいる状態であるため脳裏には最初『鹿の後ろ足』と言う認識で浮かんでいたものが『鹿の後ろ足の骨』、『鹿の後ろ足の肉』と分割して脳裏に浮かび上がるようになる。
「んんんんーーー???」
「ん?どうした?」
俺は周りをキョロキョロしながら他に誰もいないことを確認する。
「どうした?周りなんて気にしだして。」
「い、いえ。なんか嫌な予感がしたので・・・。行きますよ・・・。」
俺はそう言い『鹿の後ろ足の肉』を掴んで作業台にドンと乗せてみる。
するとなんということでしょう!綺麗に骨が抜かれた鹿の後ろ足の肉だけが現れたでは有りませんか!
「は???」
それを見たザンゲルはポカーンと口を開けている。
「あれ?お前肉だけ入れたっけ?」
「いえ、僕は『後ろ足』を入れました。」
「だよな?『骨』は?」
そう言われ俺は再び収納鞄に手に入れ『鹿の後ろ足の骨』となっている物を掴み作業台に出す。
からんからんと乾いた音を出し作業台に乗せられる『鹿の後ろ足の骨』達。
「へ???」
「その表情を見るにこういった事は今まで・・・?」
「あるわけねえんだよなあ・・・。ちょっと待ってろ。セリーヌ嬢かギルマス呼んでくるわ。」
あかーん!!それだけは勘弁してーー!!!
心の中で叫ぶも時すでに遅し、ザンゲルは凄まじい勢いで二人を呼びに行く。
「もうここから逃げてしまおうか・・・。」
そんなことを一人で呟いていると後ろから頭をガシっと掴まれる。
「逃がすわけねえだろう・・・・!」
「イタタタタ・・・!」
「セリーヌ!ここじゃ人目につく。訓練場に行くぞ。」
「・・・はい。」
「ザンゲル、何か適当な大きさの獲物持って来い。」
「了解ギルマス。」
そうして俺は三人の連携により再び訓練場へと連れ込まれる。
「~立入禁止~」
出入り口には再び立入禁止札もしっかり立てられた。
「お前なあ!いくらなんでも日にちくらいは開けてくれよな!!」
「僕だってこうなるとは思っていなかったんですよ!!被害者です!!」
「被害者はこちらです!!」
俺とカイエン、セリーヌが言い合っている様子を見てザンゲルが「こいついつもこうなんですか?」と聞くと「「そうだ!」」と二人が口を揃えて答えていた。
「で?今回はコイツが収納鞄を使ってとんでもねえ事したって?」
「ええ。見てもらったほうが早いと思います。」
ザンゲルが皮付きの鹿の後ろ足を持ってきていた。
「や、やるんですか?」
「当然だろう!やる義務がお前にはあるし、見たくなくても見届けなきゃいけねえんだよ!!」
カイエンは今にも血の涙を流しそうな勢いだった。
ここはうだうだ言っても仕方ない。
ササッとやるか。
そうして俺は先程と同じ様に収納鞄に皮付きの鹿の後ろ足を入れそして『鹿の皮だけ』をイメージしてそれを掴み、ドンと急遽設けられた作業台に置いた。
そこには綺麗に剥ぎ取られた『鹿の後ろ足の皮』だけが作業台にあった。
「どういうことなんだ!?」
「さあ?イメージしたらこうなりました?」
「なんで貴方まで疑問形なんですか!」
そのことなんだが実は引っかかることがあった。
こんな能力は俺が知るハックアンドスラッシュ系のゲームでは存在していなかった機能だからだ。
スキル【ハックアンドスラッシュ】は俺の持っているハックアンドスラッシュのイメージを理解できなかった女神が急造してそのまま実装したもの。
つまり俺が知るハックアンドスラッシュの機能にこの様な機能がなければスキル【ハックアンドスラッシュ】とは無関係なということになる。
「カイエンさん、イメージってわかりますよね?」
「お前は俺を馬鹿にしてんのか!わかるに決まってるだろう!」
「今まで素材を収納鞄に入れて、それを引き出す時になにかイメージして取り出したりしてました?」
「は?それは頭の中に浮かぶ素材をそのまま引っ掴んで出すに決まってるだろう。」
「ちょっと実験に付き合ってもらっていいですか?」
「実験だ?」
「ええ、簡単な実験です。俺の収納鞄には今皮だけが剥かれた骨付きの鹿肉が入ってることになりますよね?」
「状況から見てそうだろうな。」
俺はそれを確認した後収納鞄の口を開きそれをカイエンに差し出す。
「ま、またか・・・。」
「まあ、実験ですから。」
そう言うとカイエンは手を突っ込む。
「何がありますか?」
「ああ?骨付きの鹿肉が1個だよ。」
「じゃあそれを一応確認のために取り出して下さい。」
「・・・ああ。」
そしてカイエンはその骨付きの肉を作業台にドンと出す。
「綺麗に皮が剥がれてますね。」
「で?」
いかん、カイエンに苛つきモードが見え始める。
「もう一度このバックに仕舞って下さい。」
「一体お前は何がしたいんだ!?」
「だから実験ですって。あ、仕舞えましたね。」
「次にこう、イメージしてくれませんか?収納鞄の中で解体をするイメージで『骨』と『肉』に分けてみて下さい。」
「はあ?全く。なんだって・・・?」
「どうかしたんですか?」
セリーヌがカイエンの様子に気が付き声を掛ける。
「カイエンさん、そのイメージできた方の『肉だけ』出してみて下さい。」
「・・・ああ。」
ドス
作業台に出された物はやはり肉だけになった鹿肉だった。
「えっ!?」
「なんだって!?」
「やっぱり・・・。ちなみに残りも出してもらっても?」
「ああ・・・。」
カランカラン
作業台には残りの鹿の骨だけが出される。
その光景をした俺以外の3人の顔に驚きが見て取れた。
「ザンゲル悪いがもう一本鹿の足を皮付きで用意してくれないか?今度は俺の収納鞄を使ってセリーヌとザンゲルにもやってもらう。それとこれは箝口令を敷く。」
カイエンが真剣な表情で指示を出してからザンゲルは作業場からすぐに皮付き鹿の足を持ってきて、カイエンの所有する収納鞄に仕舞う。
「セリーヌ。ここに手を入れろ。何が入っている?」
「鹿の足が1本ですね。」
「じゃあ、そこから皮だけを引き剥がすイメージをしてそれをここに出せ。」
「・・・はい。」
ドン
そして作業台に出された物は鹿の足の皮だけだった。
「今度はザンゲルだ。ここに手を入れ確認しろ。今は何が入っている?」
「皮のない鹿の骨付き肉ですね。」
「肉と骨をバラすイメージをしてここに肉だけ出せ。」
「はい。」
ドン
肉だけが作業台に置かれる。
「ど、どういうことだ・・・?これはススムが原因ではないのか?」
「なんでもかんでも僕のせいにされるのは心外ですね。」
「思い当たることは?」
「あります。イメージです。」
「イメージ・・・。」
「はい。今まで皆さんは収納鞄を使用する際に特に何も考えずそのまま使っていましたよね?」
「ああ、そうだな。」
「僕はさっきこの収納鞄の容量を調べるために鹿の足を入れ、容量を確認した後容量の問題的に足が肉と骨に別れれば容量が浮くんだけどなあとイメージした所、皆さんが感じたように頭に浮かぶ収納鞄の様子が変化しました。今までそういう風にイメージをしながらこの収納鞄を使った人がいなかっただけなんじゃないでしょうか?」
そう、単純なことだ。
元々収納鞄は魔道具であり、その本質は【空間や次元の拡張】にあると思っていた。
なのでこの本質をきちんと理解した上で、一度きちんと自分の手で作業を行い『イメージ』が出来る状態ならば誰もがこの収納鞄を使用した解体が出来るのではないかと考えた。
3人は元々冒険者と解体業者だ。
イメージについては問題なく出来るのだろう。
逆を返せば解体を経験したことがない、『イメージ』が出来ないものについては収納鞄を利用した解体は出来ないだろうと考えた。
僕はこのことをわかりやすく3人に説明した。
「こいつは世界の常識が引っくりかねないな・・・。」
「そうですね。ススムさんだけの問題ならまだしも誰もが一度は経験し、『イメージ』が出来るとしたら・・・。」
「解体業者は全員お払い箱ですかね?」
ザンゲルが一番絶望した顔になっていた。
だが僕はそうは思わなかった。
「それはないんじゃないんですか?」
「何故だ?」
「だって、全員が全員何でもかんでも経験をしているわけではないですし、経験をしていても『イメージ』が苦手な人はたくさんいます。今回はここにいる3人が経験豊富だったので『イメージ』しやすかっただけのことだと思います。」
「ふむ、一理ある。」
「それに特殊な解体、例えば毒があるような獲物の解体や、繊細な解体作業は理解してても『イメージ』するのは相当難しいんじゃないですか?個体差に寄っても差があるでしょうし。」
「確かにそうだ。俺達解体工員にも冒険者と同じ様に階級が存在する。それは知識や技術によるものだ。」
「ですよね?それに先程解体作業場にお邪魔させていただいた時、逆に初心者でも解体しやすく『イメージ』しやすい物でも、結構な数が余っていましたよね?それは逆に作業人員よりも依頼数の方が多いということになりませんか?」
そう、俺は山積みになっていた後回しにされている比較的簡易だろう物もまだ手つかずになっているのを確認していた。
「それなら例えばですが、今後は簡易に解体できるものは冒険者自身が収納鞄を使って解体するか、もしくはこれは冒険者には伏せておき、解体業者が収納鞄で一気に解体してしまえば良いんではないでしょうか?」
「ふむ・・・。」
「そして難しいものについては今までと変わらず熟練の腕を持つ解体工員さんたちが直接解体すれば良いのでは?それに収納鞄を合わせれば更に確実に効率よく解体業を回せるのではないでしょうか。」
俺の言葉にザンゲルが希望を見出したのか顔が輝き出す。
「そうか、確かにそのとおりだ!」
「わかった。この件は一度こちらで預かり世界冒険者ギルド機関で『特別案件』として即時に打診する。結果が出るまでは先程言ったように箝口令を敷き、秘匿情報にする。ザンゲルお前も勝手な行動はするなよ?」
「分かってますよギルマス。この情報は下手すれば何人もの首が物理的に飛びかねない情報だ。理解してるよ。」
物理的に飛ぶの!?
リアル黒ひげ危機一髪かよ!!
「ススム、先程はすまなかった。有益な情報に感謝する。だが・・・。」
「箝口令ですよね。分かっています。ザンゲルさん、僕でも倒せそうな獣の解体をまた見せてもらっていいですか?いつか使えそうな時に『イメージ』として残しておきたいので。」
「ああ、勿論だ。今度また来い。教えてやる。」
「ありがとうございます。」
そうして俺はまた一つ、この世の中の常識を意図せず破壊することになった。




