第9話 だれか婿を紹介してください
国王エドワードの執務室は、重厚な調度と静かな気配に包まれていた。窓から差し込む午後の光が、深紅の絨毯に柔らかく落ちている。中央のソファには、エドワード、左右のソファにバルト、そして第2王子の側近ユリウスが座っていた。
「おかげさまで、ぴったりな婿が見つかりました。これも、ユリウス殿のおかげです。本当にありがとう」
ユリウスは書類を整えながら、淡々と答える。
「人も仕事も、適材適所です。無駄を省けば、結果は自然と出ます。まあ、半年足らずで結果が出るとは思っていませんでしたが…」
エドワードは目を細め、くつろいだ様子で笑った。
「いやぁ、ユリウスは本当に便利だなぁ。うちの王国、君がいれば三割くらい余計な会議が減るんじゃないか?」
「それは、陛下が会議中に寝なければの話です」
「はっはっは、それも効率のうちだよ」
「ところで、ユリウス、レオの側近にならんか?国を動かせるんだぞ。楽しいぞ!」
「私は、セラン殿下に忠誠を誓っておりますゆえ、こ容赦を」
「またまたレオ、かわいそうに」
そのやり取りに、バルトは肩を震わせて笑った。
―――さかのぼること半年前
ミレイユが三人目の婚約者候補を断ったとき、バルトは馬を飛ばしてこの執務室へ向かったのだ。
バルトがソファに腰を下ろすと、エドワードはため息をつきながら向かいに座った。エドワードとバルトは旧知の仲であり、気の置けない友人である。 バルトは、いつも先ぶれもなく現れ、唐突に話し始める。
「陛下、だれか婿を紹介してください」
エドワードは眉をひそめる。
「先ぶれを出せ。貴族だろう……、礼儀は守れ」
バルトは肩をすくめてしれっと答える。
「ちゃんと出したよ。ただ、わしが追い抜いただけだ」
エドワードはため息をつきながら、ソファにもたれた。
「今日はまた、何の用だ」
「だから言っただろう。娘の婿が決まらんのだよ」
その声には、威厳よりも切実さが滲んでいた。
エドワードは眉をひそめる。
「ミレイユ嬢か。春の花のように可憐だと聞いているぞ。もてるんじゃないのか? 王都の若者たちが放っておくとは思えんが」
バルトは、苦笑いを浮かべて首を振った。
「それが、……娘は見た目こそ可憐なんだが、中身は烈火のごとく勝ち気でな。一言いえば百帰ってくる、だれも勝てんのだよ」
エドワードは目を細め、面白そうに頷いた。
「なるほど。見た目に惑わされると痛い目を見るというわけか」
「しかも、娘には譲れぬ四箇条があるようで。
一、嘘をつかぬこと。
一、民を思うこと。
一、常に冷静であること。
一、自分より強いこと。
これを満たさぬ者には、話す気もないと…」
「だれかいい人はいないだろうか。この際、爵位なんぞ文句は言わん。来てくれるだけでありがたい。娘と向き合ってくれるなら、それで十分だ。
……まあ、最後まで立っていられることが条件だがな」
エドワードは椅子にもたれ、しばし沈黙した。
(あてがないことはないが。だが……王都から手放したくないな)
心の中でそう呟きながら、ため息をひとつ。
その時、扉がノックされ、書類を届けにユリウスが現れた。
「お預かりしていた資料をお持ちいたしました。
……失礼いたしました、ご来客中でいらっしゃいましたか。改めて参ります」
ユリウスはドアを閉めようとした。だが、エドワードはふと彼を見て、目を細めた。
「ユリウス、お前――ちょっと話がある」
「え、私ですか?」
エドワードは書類を受け取りながら、バルトを紹介した。
「彼は南辺境伯のバルトだ。娘の婿探しで困っているそうだ。娘の言う条件が厳しくて、誰も近づけんらしい」
エドワードは肩をすくめて、少しおどけたように4箇条を繰り返した。
ユリウスは眉をひそめた。
「……それ、婿に求める条件ですか?」
エドワードは苦笑した。
「そうらしい。見た目は可憐だが、性格は烈風のごとし。バルトも、もはや神頼みの心境らしい」
ユリウスは内心でため息をついた。
(また面倒な話かよ……俺、第二王子の側近なんだけど)
バルトがふと口を開いた。
「そういえば、昨年の建国祭で北辺境伯殿に会いましてな。義理とはいえ、息子自慢をされました。まだ結婚していないはず。長男はすでに家を継ぎ、跡継ぎも生まれているとか。その方が家を出ても問題ないだろう」
エドワードはユリウスを無言で見つめる。
(……ユリウス、お前、北辺境伯の義理の息子だったな)
ユリウスは無言で睨み返す。
(おいおい、急に俺を名指しすんなよ……)
バルトは満面の笑みで言った。
「紹介していただけませんか? 条件に合うなら、ぜひ」
ユリウスは、エドワードとバルトの視線を受けながら、静かに考え始めた。
(嘘をつかず、民想いで、常に冷静、武にも秀でた男ねぇ……)
頭の中で条件を反芻しながら、候補者を思い浮かべては消していく。
そして、ふと一人の男の顔が浮かんだ。
(……あいつしかいない)
口元がわずかに吊り上がる。
(嘘つきで、自分上等、冷血漢な筋肉バカ)
(条件は真反対、いや、腕っぷしは当てはまるか)
エドワードはその表情を見逃さなかった。
「……誰か、思い当たったようだな?」
ユリウスは肩をすくめた。
「ええ、まあ。一人だけ。ですが、条件があります」
エドワードは眉をひそめる。
「条件?」
ユリウスは口元に皮肉めいた笑みを浮かべた。
「婿候補とは、知らせないこと。娘さんにも、もちろん本人にも」
少し間を置いて、続ける。
「南に出向させ、現地で偶然出会わせる。そうでもしないと、あいつは絶対に首を縦に振りません」
(婿候補なんて言ったら、逃げるに決まっている。――それに、ちょっと面白くないか?)
ユリウスは肩をすくめながら、心の中でニヤリと笑った。
エドワードは目を細めた。
「……誰だ、それは?」
ユリウスは淡々と告げた。
「グレイフォード伯爵家長男のレイニードです」
バルトが目を見開いた。
「グレイフォードの長男? まさか……あの、偽聖女騒動の?」
ユリウスは肩をすくめ、苦笑した。
「ええ、あの、やらかしレイニードです」
2年前――偽聖女が現れた。
彼女は違法の魅了薬を使い、複数の近衛騎士を操った。レイニードもその一人で、舞踏会の場で婚約者に婚約破棄を言い渡した。彼女は王太子にまで近づこうとしていたが、ユリウスが動き、協会ごと潰した。魅了されていたとはいえ、レイニードは騎士としての責任を問われ、婚約破棄を宣言したもう一人、カシウスと共に王弟殿下率いる北辺境伯領の氷狼討伐任務へと出向させたのだった。
バルトは記憶を探るように目を細めた。 「確か、氷狼討伐に左遷されたと聞いたが……」
ユリウスは静かに頷き、言葉を継いだ。
「その通りです。左遷のような形で送り込まれましたが、彼は着々と武勲を上げています。民家の雪かきや汚れ仕事も文句ひとつ言わずこなし、兵士内で馬鹿にされても平然としていて、やがて自然に輪に溶け込んでいったようです」
少し間を置いて、ユリウスは声を落とした。
「……実は、先ほど陛下にお渡した報告書ですが、王弟殿下からの報告で、白牙の討伐に成功したとのこと。討ち取ったのは殿下ご自身ですが、レイニードとカシウスも側面から支援し、戦局を大きく動かしました。特にレイニードは正面より接敵して敵の動きを封じ、殿下の一撃を導いたと記されています」
ユリウスは肩をすくめて言った。
「だいたい条件に合っていませんか?」
エドワードは目を細めた。
「……レイニードか……」
バルトは鼻を鳴らした。
「あの過酷な環境で武勲を上げるとは、なるほど、見込みはあるかもしれんな。……だが、そいつは娘を傷つけないか?」
ユリウスが挑発的にいう。
「わかりません。――でも、そんなやわなんですか? お嬢さんは」
「そんなことはないが。……君は彼をどう思う?」
バルトはまだ迷っているようだった。
ユリウスは淡々と答えた。
「嫌いじゃないですよ」
バルトはしばらく考えていたが、静かに頷いた。
「よし、話を進めてくれ。君の策に乗ろう」
「承知いたしました」
ユリウスは頭を下げ、退出した。
エドワードとバルトはまだ祝宴気分だ。
ユリウスは執務室から辞去し、廊下を歩いていた。
(何はともあれ、めでたしめでたしか…)
そう思いながら、肩の力を抜いたその瞬間――
柱の陰から、あの声が飛んできた。
「ユリウス、お疲れさま。 また何か楽しいことしてたのかい?」
第一王子のレオが満面の笑みで問いかける。
「ねえ、俺の側近になってくれない? 筆頭参謀長官でもいいよ!絶対向いてると思うんだよね。ねえ、ねえってば!」
ユリウスは顔をしかめ、そっと一歩下がった。
(……こいつ、まじうぜぇ)
ユリウスは心の中でため息をついた。
(しばらくどこか行ってくれないかな……)
その願いが、レオの運命を決定づける一歩になるとは、まだ誰も知らなかった。
――物語は、静かに続いていく。
fin
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。 レイニードが登場した時点で、皆様には展開の予想がついていたかもしれません。 当方、王道展開をこよなく愛する者にございまして、ご了承いただければと思います。
まだまだ妄想は続いておりますので、今後も続きを書いていきたいと考えております。
もしよろしければ、また読んでいただけると嬉しいです。
※番外編が少しありますので、よろしければこちらのお話にもお付き合いください。




