番外編 第3話 やらかしコンビの本音
出向から二カ月。
氷狼討伐隊の野営地で、レイニードとカシウスは、焚き火の番を任されていた。冷え込む夜、薪をくべながら交わされた、二人の会話である。
カシウスが薪をくべながら、ぽつりと口を開いた。
「なあ、レイ。お前、あの舞踏会のとき、魅了薬、飲んでなかったんだろ?」
レイニードは火を見つめたまま、短く答えた。
「……ああ」
「じゃあ、なんで婚約破棄したんだよ。俺がやらかしたの見て、便乗したろ?」
レイニードは少しだけ口角を上げた。
「お前が“聖女さまをお守りしないと”って言った瞬間、これは使えると思った」
「くっそ……あれ、俺の人生最大の黒歴史なんだぞ。彼女《婚約者》、俺の顔見て、氷狼より冷たい目してたからな」
レイニードは火を見つめたまま、しばらく黙っていた。
母に捨てられて、祖母と叔父には疎まれて。
父や義母、弟には愛されたけど……それでも、心の奥には、どうしてもわだかまりが残った。
だから、放蕩息子を演じて、縁を切ってもらおうと思ってた。
家の名に泥を塗れば、いずれ追い出されるだろうって。
……でも、それもうまくいかなかった。
父はそれでも俺を信じて、家格の釣り合う婚約者を決めた。
一度は頑張ろうと思ったが、婚約者に好きな人がいると知ったとき、やはり無理だと思った。
どうすればうまく婚約解消になるか、そればかり考えてた。
だから、あの舞踏会は渡りに船だった。
魅了されてる振りをして、婚約破棄。
これなら誰も傷つかない――そう思った。
……いや、違う。誰もじゃない。
俺が、傷つきたくなかっただけなんだ。
やがて、静かに言った。
「結局、俺が弱かっただけだ」
カシウスは眉をひそめた。
「なんだそれ、ずるくね?」
「そういうお前も、婚約破棄を取り消してもらわなかったな。王陛下から取り消すことは可能だと言われたはずだ。……どうしてだ?」
レイニードの反撃。
カシウスは、薪をくべる手を止めた。
カシウスの婚約者は、完璧な令嬢だった。
勉強も、所作も、行動も、全部がきっちりしていて、隙がなかった。
最初は“釣り合わなきゃ”って思ってたんだ。
だから俺なりに頑張った。礼儀も覚えたし、真面目に勉強して、剣の鍛錬も人の倍以上やった。
……でも、彼女はそれを当然としか見てなかった。
本当は、ちょっとでいいから、認めてほしかったんだよな。
『よくやってるわね』とか、『素敵ね』とか、そんな一言でよかった。
でも俺、そんなに器用な人間じゃないからさ。
装ってる自分に、だんだん疲れてきちゃって――
たぶん、心のどこかで“もうどうでもいいや”って思ってたんだと思う。
しばらく火を見つめていたが、やがて肩をすくめて笑った。
「……結局、俺が弱かっただけだよ」
レイニードは眉をひそめた。
「ま、そういうことだな」
カシウスがむくれたように睨む。
「おい、もうちょい否定するとか、慰めるとか、あるだろ」
「事実を言っただけだ」
「くっそ、やっぱお前、性格悪いわ」
レイニードは肩をすくめた。
「お前が言うな」
二人はしばらく火を見つめていたが、
やがて、どちらからともなく、ふっと笑いが漏れた。
焚き火がぱちりと音を立て、夜の静けさに溶けていった。
レイニードもカシウスもそれぞれ思い悩むことがあったんです。
二人はなかなかいいコンビ。




