番外編 第2話 港町での再会
第4話のリュド港にて、レイニードがカシウスと会った時の話です。
本編では、会話を載せていなかったので。
穏やかな潮風が通り抜ける港町リュドの午後。
石畳の道を歩いていたレイニードは、風に混じる聞き慣れた声に足を止めた。
「東南東、1000!」
反射的に顔を上げる。
陽に焼けた軽装の男が、手を振っていた。カシウスだった。
レイニードは眉をひそめる。
「……灯台ならば1500はある」
「おっと、見間違えたか。さすがレイ、目がいいな」
カシウスが笑いながら近づいてくる。
「お前、王都勤務になったんじゃなかったのか」
「着いて2日で地方に飛ばされたんだよ。使い走りさ」
「……誰に?」
「第二王子の側近、ユリウス様。知らない?」
レイニードは首を横に振る。
「北辺境伯の次男だっけか……名前くらいしか知らないな」
「まあ、表には出ない人だからね。噂はいろいろある。一節には“影の黒幕”とも言われてる。俺らを北に飛ばしたのも、この人じゃないかって話もある」
レイニードは眉をひそめた。
「……王命じゃなかったのか?」
「だからさ、王陛下に囁いたやつなんだよ」
カシウスは肩をすくめて笑う。
「俺、鼻が利くんだよ。王弟殿下とこの人にだけは逆らっちゃいけないって、ピンときた。空気が違うんだよ、この二人は」
「……そんなにか」
「この人、俺らの五個下なんだぜ? 信じられる? それで王陛下に囁けちゃうんだから、俺らごときが逆らっちゃいけないでしょ。まあ、俺は黒幕様に使われてるのが性に合ってるからいいんだけどね」
「……お前は、そういうの得意だったよな」
「ああ、要領がいいからね。氷狼討伐も楽しかったけど、対話できない点でマイナスだねぇー。で、そうそう、レイに伝えたいことがあったんだ」
カシウスは声を落とし、周囲をちらりと見まわした。
「山賊が最近、活発になってるらしい。リュドに来る途中で、耳にしたんだ」
「……北でも出た、あれか」
レイニードは少しだけ目を細める。
「ああ、南にも移動しているらしい。風向きが悪いと山の方もざわつくみたいでさ」
「……わかった。港町は騎士団が常に巡回しているが、山奥や街はずれは危険だな。情報、助かる。閣下に進言しておく」
「よろしく。俺も、また新しい情報が入ったら伝えるから」
停泊している商船の汽笛が鳴る。
カシウスはちらりと海の方へ目を向けたが、会話を続けた。
「で、護衛任務はどう? 南辺境伯令嬢って美人って噂だけど」
「……仕事だ」
「はいはい、真面目真面目。じゃあ、飯は? この街、旨い?」
「……魚が新鮮だ。赤海老の炙りも悪くない」
「お、珍しく褒めた。食べてみよっと」
「じゃあ、恋人は?」
「……いない」
カシウスは目を細めて、ちらりと後ろを見やった。
「後ろにいる、いい女は?」
レイニードは答えず、ほんのわずかに視線を横に流した。
カシウスは口元を緩める。
「隅に置けないねぇ、レイも。なかなかの美人じゃないか。俺のタイプだな~」
レイニードは短く息を吐いた。
「……あれは俺の護衛対象だ」
「へっ?…マジか」
カシウスはしばらく無言で、潮風に髪を揺らされながら空を見上げた。
「……まあ、レイ、お仕事頑張ってね」
「俺、そろそろ行くわ。東北東、300な」
「お前の船は、南東、400だろ。間違えるなよな」
「さすが、レイ。じゃあ、またな」
カシウスが軽く手を振って去っていく。
その背を見送りながら、レイニードは潮の匂いを含んだ風に目を細めた。
港町の午後は、ゆるやかに流れていた。
「さて、どうすっかな」
独り言のように呟いた声は、風に溶けていった。
背後で、令嬢の足音が石畳を踏む。
気づかれていないと思っているらしいが、レイニードには、その歩幅まで見えていた。
しばらく、レイニードとカシウスの話が続きます。




