勇者と幼なじみと爆散する鑑定屋
――ごろり。
カウンター裏の床に寝転がるのが、適見の本日の業務開始だった。
外は昼間。だが、店内はどこか涼しく、流れる魔道TVからは再放送の「世界の滝百選」が流れている。轟々と流れる滝の映像に合わせて、冷たい水の飛沫の音が店内に響く――。
「……はぁ。やっぱ床が一番冷たい……。もう明日にでも夏が終わってくれないかなぁ……」
半目で呟き、片腕を伸ばしてリモコンを探す。だが指先は埃をかすめるのみで、諦めて再び床に沈んだ。
背中に伝わる石床のひんやり感は、怠惰な彼女をさらなる深みに誘った。
「今日は寝ていたいなぁ……」
――ちりん。
だが、その願いはまたしても秒で崩れ去った。
「うわぁ……。来ちゃったよ……」
扉がきしみ、差し込む光と共に眩しい声が飛び込んでくる。
「たのもぉぉぉおおおっ!!」
鎧をピカピカに磨き上げ、胸を張って立っていたのは、いつもの男。
勇者、七光 勇であった。
「我こそは勇者ッ、七光 勇! 是非とも鑑定をお願いしたいッ!!」
「うっさいわ、帰れ!」
「何故だ! 我は名乗っただけに過ぎない!! このッ、この剣の鑑定を!!」
「あぁもう……、動く騒音かよコイツは……ったく。で、この剣は何処からパクってきたの?」
「大富豪山下さんちの地下の神殿に……って、何を言わせる貴様! 私は盗みなどしない!!」
「もうアレだ。通報しよう今すぐ」
「まてまてまて。冗談だ、冗談。山下さんちの地下に神殿など、存在するわけがないじゃないか」
「今度、山下さん来たら聞いてみるわ……」
「あっ、ごめんなさい。こっちの剣でした……」
勇者は苦笑いしながらも腰の剣を抜き、カウンターに置いた。
刃はくすんでいたが、鍔の部分は妙に赤みを帯びており、何やら熱を持っているようにさえ見える。
「この剣を、頼む!」
「はいはい……。どうせ“ブロンズソード”でしょ……」
適見が半目のまま手を伸ばしかけた、そのとき。
――コツ、コツ。
二人目の足音が近づいてきた。
扉を勢いよく開き姿を現したのは、背筋の伸びた黒髪の女性。肩までの艶やかに整った髪を風になびかせ、切れ長の瞳が真っ直ぐこちらを見据えていた。
白い手袋を嵌め、片手には簡易鑑定器を持っている。
「――星河 紫織。S級鑑定士よ!」
透き通った凛々しい声とともに、決め台詞のように名乗った。
「……うああ……、また変なの来た……」
「『変なの』って失礼な。私のこと忘れたの? 幼なじみでしょ! ――ったく……」
寝そべる適見を掴みむと、そのままずるずると床から引きずり出す。その行為に抗う気力もなく、カウンター前まで転がされた。
「いたた……。何するのよ……」
「何するもなにも、鑑定屋の床と結婚してる場合じゃないでしょ。勇者さん困ってるのよ!」
「……あんたが……幼なじみ……」
「そう。あなたが怠惰に潰れてる間に、私はS級鑑定士になったのよ!」
腰に手を当て適見を指差し、言い放った。
「人の事指ささないでよ……、ていうかわたしも同じ鑑定士なんだけど……」
「怠惰なあなたとは一味も二味も違うのよ! ――さぁ、仕事を始めるわ」
紫織は勇者の剣を両手で持ち上げ、鑑定器をかざした。
緻密な魔素の波紋が広がり、刃全体を包む。
「魔素15%、火が見えるわね……。――“フレ……、フレイ……ム……”」
「おお……!?」勇者は期待に目を輝かせる。
その直後。
床に再び沈み込んだ適見が、片手をひょいと上げてぼやいた。
「面倒くさいなぁ。そんなの“アイスソード”でいいじゃん! ほい、確定――」
青いコンソールが浮かび上がり、無慈悲に確定される。
鍔の部分の赤みは次第に色を失い、それは次第に青みを帯びてくる。そして交互に青と赤に明滅を繰り返し――。
「えっ!? ちょっと待って。何これ!?」紫織が鑑定内容とその事象に混乱し慌てふためいたその瞬間――。
剣が閃光を放ち、3人の視界を白く染めていく。
――――
――
その日は快晴、雲も風もなく視界良好。そして、ギルドの偵察用ドローン「レイス」の記念すべき初飛行の日である。近年発生する連続爆破や姿の見えない敵、および飛散した呪物や遭難者の捜索がスムーズに行えるようにと、中央ギルドと魔法ギルドサザンクロスが協力し、多額の税金を投入して作りあげたものである。
スタッフ一同は、街から少し離れたところにテントを設営しており、今回のテストフライトの準備をしている。今回は水晶球で操作しつつ、空撮されたその様子を2つの水晶球で映像を同時に確認するというものであった。
一つは魔法ギルド、一つは中央ギルドが使う。同時投影は操縦者および術者の魔力を激しく消耗するため、定位置に固定してから投影をするというのが、今回の流れである。
「準備できましたハーゲン様、映像回せます!」
魔法ギルドの術者が、ハーゲンの方に声をかける。
「よし、いいぞ映せ!!」
「投影します!」
程なくして、例の鑑定屋が視界に入るそして、次の瞬間、水晶球の像が乱れ始め、一瞬にして視界が黒くなった。
「……レイス沈黙しました、原因は解りません!」
「な、なんだと。一度魔力回路を切断し、再度倍の魔力を送って確認しろ!」
「……ダメです……。魔力波が断絶されたようで……、いや! ちょっとまって下さい! 魔力波が一気に増加していきます!!」
「像が……、像が一瞬戻り――!」
一瞬戻った映像には鑑定屋から発する強烈に光が一瞬ふくらみ、各窓およびドアから閃光となって漏れ出る。そして高速で近づいてくる円盤状の何かが「レイス」をかすめるようにして通過すると、次の瞬間、水晶球が真っ白に光り一斉に破裂した。
「ぎゃあぁあああぁぁぁ!!」
――
〈ドオォォオォォォォォォン!!!〉
閃光と爆音。
白煙と煤が店内に広がり、商品棚が吹き飛ぶ。
「……ごほっ、ごほっ……」
「ぎゃあああぁぁぁあ!!」
「おおおおお……!?」
そして、店内は一瞬にして灰色に染まった。ドアは吹き飛び、勇者は窓に頭から突っ込むと、適見は床にうつぶせのまま倒れ、紫織は吹き飛ばされ壁にめり込んでいた。
もうもうと白煙と硝煙が立ち上る中、その惨状を切り裂くようにヤツが来たのだ。
「はいっ! 鑑定屋爆散現場から中継です!」
蹴破る扉は既に無かったが、飛び込んできたのは、マイクを構えたリポーター・リーネ。
カメラマンと音声スタッフを引き連れ、煤だらけの三人に容赦なく突撃するのだった。
「はいっ! 鑑定屋爆散現場から中継です! 今回は辛うじて建物の形を維持しております」
リーネの声が煤まみれの店内に響く。
背後ではカメラマンが必死にレンズを拭き、音声さんはマイクに積もった灰を払っている。
「ご覧ください! 床にうつ伏せの鑑定屋店主! 壁にめり込むは見慣れぬ女性! そして窓ガラスに突っ込んでいるのは……勇者さまです!!」
「……ごほっ……何これ……」紫織は目をこすりながら呟いた。
真っ白な灰で髪がぱさつき、せっかくの整った顔は黒く煤まみれである。
「あれ……わたし、さっきまでちゃんと鑑定してたのに……」
「……あー。また爆発した……」
床にうつ伏せたままの適見が、煤で黒くなった指先をぱたぱたさせる。
勇者は窓から半身を突き出し、ぴくぴくと痙攣していた。
それでも声だけはやたら元気だ。
「わ、我こそは……ゆ、勇者……七光……勇……」
「あの状態でも自己紹介やるんだ……」
「……これで、しばらくは静かになるかも……」
そんな三人を無視して、リーネはどんどん実況を続ける。
カメラを覗き込み、煤にまみれた勇者の顔をドアップで映す。
「はいっ! 今まさに窓ガラスと融合しかけている勇者さまのお姿です! ……これは新しい訓練方法でしょうか!? ご覧の通り、鑑定士二名は軽傷のようですね。勇者さまは頭部から突っ込み――あ、でも命に別状はなさそうですね!」
「軽傷で片づけるなぁ!!」紫織の怒号が飛ぶ。
勇者はそのまま糸が切れるように意識を失い、救護班の担架で搬送されていった。
リーネはマイクを適見に向けた。
「店主さん、いまのお気持ちは?」
「だる……。早く寝たい……」
「なるほど! “寝たい”とのことです!」
「適当に要約しないでよ……」
うつ伏せのまま呻く適見であった。
スタッフが慌ただしくカメラを回し、照明を直し、現場の熱気を番組に乗せていく。
その様子を見て、紫織は思わず額に手を当てた。
「……もう何なのこの店……。鑑定士人生が一瞬で灰まみれよ……」
「ようこそ、鑑定屋へ……」適見はうつ伏せのまま片手をひらひら。
「わたし、こんな所で働きたくないんだけど!」
「まあまあ、勇者さまも生きてるし。大体いつもこんな感じだし」
「“いつも”!? 毎回爆発してるの!?」
リーネはそんな騒ぎを背景に、元気いっぱいに締めへと移る。
スタッフがカンペを掲げリーネの視界に入るように、合図を送った。
「はいっ! そろそろ時間ですので……それでは――」
リーネがマイクを掲げ、声を張り上げる。
「現場からは、以上です!」
『ありがとうございました、リーネさん!』
その瞬間、バキバキと嫌な音と煤で焦げた梁が歪み、粉塵が舞い散り、建物は一気に倒壊した。
〈ドォォォン!!!〉
灰と砂煙が天へ舞い上がり、カメラの映像はホワイトアウトする。騒然とした音声だけが一瞬拾われると、そのまま映像が途切れた。
――
――――
軽やかな音楽が流れ、画面には青空と花畑の映像。
続いて、スポンサー読みのナレーションが響く。
『本日の中継は――いつもニコニコ限界ローンと、建物のことなら安心安全“ド根性ビルダーズ”の提供でお送りしました』
――――
――
瓦礫の中で、適見は崩れた梁を枕代わりに横になり、半目を閉じていた。
「……スポンサーが建築会社って、これ完全に狙ってるでしょ……」
そして紫織との新しい生活スタイルが始まろうとしている。