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ニュース独占インタビュー

「……あー、だる……」


 カウンターに突っ伏していた適見(かなみ)は、椅子にもたれ掛かり、視線だけを店内に巡らせた。薄暗いランプの光に照らされた店内は、相も変わらずホコリ――いや砂っぽい。

 度重なる爆発の影響で適見の店の周辺は雑草も生えぬほど不毛の大地と化し、風はその細かい土の粒子を店内へと運ぶのだ。建物は消滅の度に何度も復元され、新品同様であるハズなのに店内は加速度的に朽ちていく。これもどこかにあるアイテムのせいなのだろうか。そう思わずには居られなかった。


「……はぁ。少し気分でも変えようか……」


 いつも通りの怠惰な気分を振り払うように、適見は椅子から腰を上げた。

 手近な(ほうき)を手に取り、店内を軽く見渡すと、物も退()かさず一掃(ひとは)きしてみる。


〈シャッ……〉


 埃と共に砂が舞い、店内と商品をうっすら白く化粧する。


 キラキラと舞う埃と砂塵が陽光を浴び、店内をやたらと幻想的に演出してくる。それはまるで、雪の結晶に包まれているかのような空間。儚く――、そして現実を忘れさせてくれる日常のスパイス。結果、適見のやる気をたったの一掃きでごっそり奪っていった。


「疲れた……掃除は、明日でいいか……」


 箒をそのまま床に落とすと、ばさりと乾いた音が響く。

 結局、やる気の種は芽を出すこともなく秒で砕かれ、適見は膝から崩れるように店内の床へと転がった。黒いローブは白く埃まみれとなるが、適見は気にしていない。


「掃除なんかしなくても死なないし……。むしろ動いたら寿命が縮むわ……」


 背中に固い床板の感触を覚えつつ、天井をぼんやりと眺める。

 意識は緩やかに沈んでいき、まぶたが落ちそうになった、その時――。


――〈ギィ……〉


 木の扉が開く音がした。

 だが適見は起き上がることなく、その場で寝転んだままである。むしろ扉のすぐ前に寝ていたせいで、開いた扉に身体を押され、じりじりと後退していった。


 だが、木の扉は適見の肩で(つか)え、扉から見える店内は床に転がる適見の頭と薄暗い店内しか見せず、それ以上進むことは無かった。

 適見は抵抗も起き上がりもせず、まともに体を起こす気は無かった。


「――きゃあっ!? し、死体!?」


 元気すぎる声が店内に響いた。

 その声に反応し、半目を開けた適見の視界に飛び込んできたのは、マイクを握った女――報道リポーター、リーネであった。


「こちら現場のリーネです! なんと! 鑑定屋の店先に“倒れている人影”を発見しました! これは何だか事件の匂いがしますね!!」


「……いや……事件じゃなくて……ただの休息よ……」


 床に転がる適見は、顔を動かさずうめくように答えると、リーネはカメラマンに大きなジェスチャーを送った。

 カメラが近寄りレンズが適見の顔へと迫る。毛穴どころかまつ毛まで映し出される。


「おおっと!? どうやらこの死体……ではなく、鑑定屋の店主のようです! 皆さん見てください、この怠そうなお顔! 今にも絶命しそうな表情ですが、辛うじて生きている様子が確認できます!!」


「だから……死んでないって言ってんのよ……」


 半分閉じた瞳のまま、適見は呟いた。

 しかしその声はマイクに拾われ、全国に放送されてしまう。


『リーネさん! 店主さんご本人なんですか!?』


 中継にスタジオの声が割り込むと、リーネは得意げにうなずいた。


「はい! どうやら最近続いている“連続爆発常習犯”とも言われている店主さんのようです! 本人から直接お話を聞けるなんて、これはスクープですよ!」


「そんなに爆発してないと思うんだけど……」


 乱れた髪を手櫛でかき上げ、うんざりした顔でリーネを睨んだ。


「……で、何しに来たのよ。ここ、店だからさ。買うもの無いなら帰って」


「もちろん取材です! 今日はなんと! “鑑定屋の真相を暴く独占インタビュー”を敢行しにやって参りました! カメラさーん、引きでお願いします!」


「いや帰れよ……」


 適見の小さな呟きは、元気すぎるリーネの声にかき消された。

 店先はカメラとスタッフで埋め尽くされ、逃げ場は無い――と言うか逃げる気力すら沸かない。


 扉のすぐそばに置かれた照明は、店内の暗黒空間に一筋の光となって明るく照らし続けていた。

 適見は肩をすくめ、ため息をつく。


「……はぁ……。せめて照明、もう少し弱くしてよ。眩しくて死にそうなんだが……」


「はいはーい、ライトさん少し絞って! ……あっ、違う違う、もっと強く! 暗い店内に眠る真実を暴くにはもっと光量が必要なんです!!」


 リーネの声はひと際大きく適見の耳に、突き刺さってくる。早く寝たいし、静かにして欲しい。しかし適見に落ち着く暇を与えてはくれなかった。


 こうして、鑑定屋を舞台にしたリーネの“突撃取材劇”が始まってしまったのであった。


「ではさっそく質問です! 店主さん、今のお気持ちを一言お願いします!」


「……は?」


「はい、“は?”いただきました! 皆さんご覧ください、この気の抜けた反応! やはり常日頃から爆発に慣れているからこその余裕でしょうか!」


「ちょっと待てぇい! 勝手に話を進めて勝手にまとめるな、まだ何も言ってないだろうがい!」


 稼働中を示すカメラの赤いランプは容赦なく点灯し続けている。

 適見は額を押さえ、どうにか中継を切ってくれと心の中で祈ったが、スタジオの声が容赦なく流れ込んできた。


『リーネさん、その爆発が頻発する原因、ぜひ店主さんに聞いてみてください!』


「承知しました! 店主さん、店主さん! ずばり“爆発の原因”はなんだと思いますか!」


「……いや、あたしに聞かれても……」


「やはり“鑑定士の怠慢”ということでしょうか!」


「ちげぇよ!! あたしは真面目にやってんの!!」


「皆さん、今の必死の弁明……逆に怪しいと思いませんか?!」


「だから勝手にまとめんなって言ってんだろ!」


 適見の声は虚しく空気に溶け、リーネは勝手に結論づけていく。

 カメラマンも心得たように角度を変え、適見の顔をアップにした。


「うわっ、近い近い近い! つーか何処を映してんのよ!! 顔を下から映すな!」


 顔を覆って抵抗する適見だが、リーネはすぐ横にしゃがみ込むと、マイクを差し出した。

 距離ゼロ。まさに至近距離リポートである。


「それではもう一つ質問! 店主さん! 爆発直後に必ず“無事”なのはなぜですか!」


「……え?」


「視聴者の皆さんの中では“なぜあの惨事を毎回生き残るのか”と疑問の声が多数寄せられています! これは何らかの陰謀でしょうか、それとも健康のために自らエネルギー波を放出しているのでしょうか? ズバリお答えください!」


「健康のためにそんなもの出すやつ居ないわよ! つーか……シールドリング……の効果、免許試験で貰ったやつ……」


「出ました“免許試験”! 視聴者の皆さん、このワードはメモ必須です!」


「いやいやいや、そんな大事な単語じゃないから! ただの装備だって!」


「なるほど、これはきっと国家資格に関わる重要な証言ですね!」


「ほかの鑑定士も持ってるっつーの……」


 げっそりと肩を落とす適見に次の質問が入る。


「それでは次の質問です! お店の中をぜひ見せてください!」


 リーネは扉を力ずくで店内側に押し込もうとしている、だが適見は相変わらず扉の前に転がっており、その肩はドアストッパーの役割を果たしている。


「いたたた、痛い、痛いって! 人転がってるんだから無理やり押すなって!!」

 適見は扉ともにズルズルと奥へと押し込まれ、リーネたちの侵入を許してしまった。


「“現場百聞は一見に如かず”とはよく言いますよね! 爆発の秘密は店にあるはずです! さぁ、行きましょう!」


「いやいや、勝手に決めんなし! ここ私有地だから!」

 寝そべりながらも両手でリーネの足首を掴み、それ以上の侵入を防ごうと必死である。


「皆さん聞きましたか、“私有地”と強調されました! これは明らかにやましい物がある証拠です!!」


「やましくねぇわ!! ちょっと埃とゴミと呪物があるだけだ!!」


「呪物!? いただきました! 決定的証言です!」


「うあああぁぁ……言い直させろおぉぉ!」


 カメラは適見とリーネの攻防を余さず映している。

 スタジオからは興奮気味の声が飛んだ。


『リーネさん、ぜひ店内に入ってください! 今、視聴率が跳ね上がっています!』


「おまえらぁぁああ!!」


 適見の叫びもむなしく、結局リーネは人波に紛れて店内に押し入った。

 適見を跨ぎ棚の間をぴょんぴょんと飛び跳ねながら進む姿は、完全に泥棒か子どもである。


「ご覧ください! これが問題の鑑定屋の内部です! あちこちに奇妙なアイテムが散乱しており……臭いし埃っぽいですね!」


「余計な実況すんなぁぁ!」


「これは呪いの兜でしょうか! こちらは、ぬいぐるみのようですね! 怪しいですね! そしてこの棚には――」


〈ガタリ……〉


 一つの小箱が棚から落ちた。

 埃をかぶったまま、床に転がっていく。


「……あー……」


 適見の顔が引きつった。

 リーネも気付き、カメラが箱をアップで映す。


「これは……! なんですか店主さん!?」


「……鑑定し忘れてたヤツだ……。どこに行ったのかと思ってたけどこんなところにあったとは……」


 ぽつりと呟く適見。

 この怠惰な鑑定屋にとって“鑑定忘れ”は、“睡眠が阻害される時限爆弾”に過ぎない。


「で、出ましたぁ! 店主さんの不穏な一言! これは呪物の匂いがしますね! カメラさーん、寄って寄って!」


「寄んなぁぁぁ!! てか触るな、マジで触るなよ!!」


 叫んだ直後、リーネはお約束のようにマイクで小箱をつついくと、箱の蓋が開き中から黒光りする小さな指輪が転がり落ちた。


「おおっと!? これは指輪のようです! 店主さん、解説をお願いします!」


「解説も何も……鑑定してねえから知らねえんだよ……!」


「では公開鑑定といきましょう! はい、お願いします!」


「うう……まったくコイツらときたら……」


 観念したように、適見は床に寝そべったまま片腕を伸ばした。

 指先で指輪をつまみ、例の青いコンソールを呼び出す。だが、寝転んだ姿勢のせいか、画面が半分見切れている。


「……えーっと……“Ring of……Exp……los……なんだっけ……」


 カメラが近づこうとしたその時、スタッフの足が適見の腕に当たり、その単語のまま確定させた。


 指輪はびりびりと震え、眩い光を放ち明滅し始める。高い音が指輪から鳴り響くと|商品〈それ〉は爆発した。


〈キュウゥゥゥゥン……〉

〈[Ring of Explosion]確定しました〉


「ぎゃあああああああ!!!」


〈ドゴォォォォォォォォォォォン!!!!〉


 轟音と閃光が店内を貫き、陳列棚が弾け飛び、窓ガラスが一斉に吹き飛ぶ。爆発物の中心に居た適見は、地面と平行を維持したまま、その姿勢のまま吹き飛んでいった。

 取材スタッフは必死にマイクとカメラを抱えて床に伏せたが、爆風で照明が吹き飛び、カメラは吹き飛ばされ、映像はぐるぐると天地を反転させながら空と地面を映していた。


――


 静寂の数秒後。

 埃まみれの中で最初に立ち上がったのは、やはりこの女である。だが、着衣はあるもののスーツはボロボロで、その呈を成していなかった。


「リーネです! ただいま鑑定屋から大規模な爆発が発生しました! ご覧ください、店舗は吹き飛び、100mほど離れたところには店主さんが死んでいる様子が確認されました!」


「……死んでねぇ……寝てるだけだって……」


 全身真っ黒に煤けながら、適見は顔を下にしてうつ伏せのまま力なく返した。

 だがその声も、実況用マイクにしっかり拾われてしまう。


『リーネさん、店主さんはご無事なんでしょうか!?』


「はい! 奇跡的に生存している模様です! ですが見てください、このやる気のない反応! おそらく爆発にも慣れきっているのでしょう!」


「慣れきってねぇよ!! むしろ毎回寿命が削れてんだよ!!」


 適見の叫びは白煙によりかき消され、リーネはカメラへ向け満面の笑みで手を振る。


――


 画面が一瞬切り替わり、明るい音楽が流れ出した。

 スポンサー提供の時間である。


『本日のシンギュラリTィは――

 “呪いも汚れも一撃で吹き飛ばす! マキシマム・クリーナーズ”の提供でお送りしています!

 頑固な(すす)も、呪物の残滓も、スッキリ解消! ただいま爆発現場割引キャンペーン実施中!』


――


 スポンサーの明るい声にかぶさるように、煙の中で適見はその姿勢のまま、顔を横に向ける。


「……ったく、なんでいつもこうなるんだよ……」


 ため息交じりに視線を向けた先には、“父の格言”が地面に突き刺さっていた。

――「適当に付けるな、適当に付けろ」


「……それがどういう意味か教えろってんだよ、クソ親父……」


 だるそうに吐き出した声は、舞い上がる砂塵とともにかき消されていった。


 そしてその横では、リーネが元気いっぱいに叫んでいる。

「以上! 鑑定屋からの現場リポートでした! 次回もお楽しみに!!」


「次回とか……もう来るんじゃねぇ……」


 適見のぼやきとともに、ギルド長の怒号と、封印班の声が近づいてくるのであった。

 そして、ハーゲンの胃は再び悲鳴を上げることになる。

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