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真白という少女と勇者の兜

〈バアァァン!!〉

 取っ手と蝶番ちょうつがいだけを残し、轟音と共に扉本体が外へと吹き飛んでいった。


「たのもう!!!」


「うわあぁぁあ!! この店唯一の扉が吹き飛んでいったよ!! 突然何してくれてんのよアンタ!」


 店主・適見かなみは、カウンター越しに開け放たれた入り口を唖然と見つめ、呆然と立ち尽くしていた。木片が舞い、埃が差し込む太陽の光を反射し、キラキラと散っていく幻想的な雰囲気――を求めていけない。


 立っていたのは、肩まで伸びた黒髪を横で結んだ少女。赤と白を基調にした軽装の鎧と、立派な大剣を背負い、左手には残されたドアの取っ手を持っていた。腰に手を当て、真剣な眼差しで適見の方に視線を向ける――。


「私は、桃雪ももゆき……」

 :

 :

 (暫く間を開ける)

 :

 :

真白ましろよッ!」


 ビシィ! と人差し指でカウンター上の適見を指刺す。

 眉間にシワを寄せ、呆れた様子で見ていた適見は、既視感を感じた。


「クソ長い自己紹介の前に謝りなさいよ! こっちは、いきなり扉破壊されたんだけど!」


「黙れ悪女! この貧相な扉が私に耐えられるように出来てないのよ!!」


「普通は耐えられるのよ、普通は!」


「まるで私が普通じゃないみたいじゃないのよ!!」


「普通じゃないんだよ! 始まって最初にぶっ壊すアホが何処にいるのよ!! 扉だってタダじゃ無いのよ、タダじゃ!!」


〈ゴトリ……〉

 真白は持っていた取っ手を、そっとカウンターに置いた。


「はい、これ……」


「……なにこれ」


「取っ手……、ドアの取っ手……返す……」


「……」「……」


「返してもらったって、扉が帰ってくる訳じゃないのよ!! 弁償しなさい弁償!! まったく……」


「じゃあ、何を返せって言うのよ! 扉は返したわよ!!」


「扉じゃねぇよ、扉の一部だろうが!! 木製の! “板の部分”だよ、板!!」


「……」

〈……ベリベリ、メキメキ……〉

 真白は無言で入り口横の壁板に手を突っ込み剥がしていく。


「まてまてまて、まてぇい!!!」


「……はい」

〈ドガァン……〉

 そして、剥がした板材をカウンターに置いた。


「はい、じゃねえよ壁も屋根もめくれて、元の形を呈してねぇよ……」

 肩で息をしている適見は、かつて無いやりとりに疲弊していた。


「じゃあ、どうしろって言うのよ!」


「……いや、ちょっともう何もしなくていいわ。これ以上関わると、店ごと失いそうだから……」


「失礼ね! まるで私が解体屋みたいじゃないの!」


「解体屋だろがい! つーか、あんたは何の用でここに来たのよ……、まさかこの期に及んで“鑑定しに来た”とか言わないわよね」


「むむっ。よくぞ聞いてくれました! 実はこの街で“勇者さまを惑わすとされる魔性の女”を成敗しに来たのです!!」


「うんうん……うん? はぁ? どこに居るのよそんな女……」


「目の前にいるじゃない!」


 適見は首を傾げ少し考えたのち、真白の方をそっと指差した。


「私じゃ無いわよ、あなたよ!」


「えっ、あたし? ……てか、成敗って、何を成敗しようって言うのよ。まるで悪役みたいな言い草じゃない、あたしはただの鑑定屋よ」


とぼけても無駄よ! 勇者さまは最高にまっすぐで、誰よりも偉大なお方! その勇者さまが毎度こんな小汚い場所に通ってるのよ! ……これは確実に、アンタが怪しい品で惑わせているに違いない! この前の肉塊もあなたのせいでしょ!」


「小汚いのは認めるけど、そんなの知らないわよ」

※とはいえ事の発端は彼女である。


「つーかウチとしては、(かれ)が自ら勝手に来て、勝手に買っていくだけよ。むしろ来るたび大声で名乗るし、騒音被害を受けているのは、あたしなんだけど」


「か……、かかか彼って、あなたまさか……。つ……付き合ってるの!?」

 真白の顔が一瞬青ざめる。


「付き合ってねぇよ! さっきも言ってるけど、こちとら被害者だよ!」


「……!」

 真白の青ざめた顔に血色が蘇えっていく共に、魚の死んだような目が色を取り戻す。


「えっ、ま……まさか……、あの勇者くんのこと好きなの……?」


「す……すすす……好きじゃないもん!!!」


〈ズガァン!!〉

 真白は耳まで真っ赤にし、恥ずかしさを隠すそうとするあまり、その手を振り上げると、カウンターを思いっきり叩いた。硬い木がひび割れカウンターの中央が沈む。


「ちょ、まてまてまて! 悪かった、悪かったから……」

 真白の反応は非常にわかりやすかった。


「ほら、やっぱり悪いんじゃないの!」


「こういうのは、言葉のあやってヤツだよもう。……それに勇者くん(たぶら)かしてる訳じゃないし。あたし自身は一切興味ないの!」


「そうならそうと最初に言ってよ……」


「いや、アンタが勝手に扉破壊して高圧的な態度で臨んできたんでしょうが……」


「それは悪かったわ。でもそれはそれとして、何か良い兜を頂戴!」


「んもう、面倒くさいなぁ……。そこの棚に鑑定済みの兜が適当に転がってるから、好きなの持って行っていいわよ」


「ええっ!? 良いんですか!!!」


「これ以上ここに居られてもまた破壊されそうだから、とっとと選んで、とっとと帰ってね」


「あ……、ありがとうございます!」

 そう言うと真白は一つ一つ棚の兜を手に取り、角度を変え、埃を払っていく。熟考する真白の目は、真剣そのものであった。


「この青いのなら……、いや……でもなぁ……。こっちのは、格好いいけど臭いがなぁ……」


――――

――


 ――窓から差し込む陽光が兜と錆を反射し、店内の埃をさらに赤茶色に染めていく。


 魔道TVはお昼の特番を過ぎ、出前を頼みラーメンを啜る。再びTVに視線を向けると毎回成敗される定番のドラマ、料理研究家の手軽に出来る夕食コーナーへと移ってゆく。ポチポチと番組を変えては、椅子に背を押しつけ、ゆっくりと伸びをする適見。そしてため息を一つ漏らすと、言い放った。


「あんた一体何時間ここに居座る気なのよ!! どれも殆ど変わらないでしょうが!」

 なお、鑑定結果は適当であるがゆえ、実際の効果はバラバラである。


「ひゃあう!!」


――真白の熟考は早朝から始まり、既に8時間が経過しようとしていた。


「じ……じゃあ、この“Brave Head”って兜貰うわ! “勇気の頭”……って言うからには、まさに勇者様のために作られた兜だと思うの!」


「はいはい、それじゃあそれ持ってとっとと渡してきな」


「あ、ありがとうございます! おばさん!!!」


「誰がおばさんだ!! ……ったく……失礼な……」


「やったあぁぁ!! これで勇者様に褒めてもらうんだぁぁぁ!!」

 真白はぺこりと頭を下げると店を後にし走り去っていった。そして、その声は日の沈む陽光とともに、次第に薄れていく。


「はぁ……、やっと五月蠅いのが行ったよ……まったく……。やれやれ、この時間だと碌な番組ないんだよなぁ……」


 再びチャンネルを変えて行くと、適見はいつもの報道番組へとたどり着く。


――

――――


 報道番組シンギュラリTィ!!


 スポンサーは、いつもニコニコ限界ローンと、防具のことならブレイン・シェイカーの提供でお送りします。


――――

――


 今は常夏、街では人々が祭りの準備に追われ、屋台が並び始める。陽光は横から差し込み、次第陰り始めると、徐々に浴衣を来た人々が集まり始める。子ども達は年に数度の非日常にはしゃぎ、出店では普段食べることの出来ない食べ物に舌鼓を打つ。射的では杭で固定され絶対落ちない景品に苛立ちを覚え、当たりの無いくじ引きではその当たらない賞品に淡い幻想を抱き、散財していくのである。


「ちょっと、後半部分に余計な説明が入ってしまいましたが。さてさて、やってまいりました! 本日はココ。お祭り会場から中継です! 山下さーん、見えてますかー?」

 リーネが浴衣姿で元気よく手を振る。魔道カメラに向かってはしゃぐリーネの背後には、勇者と真白らしき人影が座っている様子が見える。


『見えてますよリーネさん! いやぁ、皆さん浴衣で楽しそうですね!!』

 スタジオに居る山下さんもその雰囲気に飲まれ、元気に声を返す。


「そうなんですよー。実は私もなんですが、今日の“この日のために”、特別に浴衣を着てリポートしたいと思います!」


『しかし、大きいですね!』


「ええっと……セクハラか何かですか? って、ああっ山車(だし)ですね!」


『そうそう今年は山車(だし)をより大きくしたとかで、非常に迫力ある戦いが見れるとのことで――リーネさん、危ない! 避けて、避けて!!!』

 カメラの奥。リーネ後方のかなり奥の方で兜がきらりと光る。真白が勇者にプレゼントするべく兜をかぶせて数秒後、その事件は起きた。リーネの位置から音声は拾えない。真白の手が一瞬ブレる。そしてその瞬間であった。勇者がカメラに向かって、凄まじい勢いで飛ばされたのだ。


「えっ、えっ!? きゃぁあぁぁぁぁぁ!!」


〈ズゴォォォン!!〉

 吹き飛ぶ勇者は、空を切りリーネとカメラマンとの間をギリギリすり抜けると、放送スタッフの中継馬車へと突っ込んでいった。


『大丈夫ですか、リーネさん!』


「あ、あぶなかった……。って、一体何が……」


「勇者様、大丈夫!? 勇者さまぁ!!」

 土煙を上げ一人の少女、真白が走ってきた。


「おおおっと、どうやら勇者さんが何者かの襲撃に合い、吹き飛ばされたようです!!! 現在は、中継馬車の車体に食い込むようにして、ぐったりとして倒れています! それと、彼女さんでしょうか……勇者さんの介抱してくれているようです」


『そちらは、大丈夫ですか!?』


「はい、大丈夫のようです。突然の出来事に多少住民が混乱しておりますが、現在の所、勇者1名が負傷しているだけのようです! あっ、現在封印班が到着しまして、確認のために呪物反応を追っているのと、中央ギルドより兵士数名がモンスターの襲撃に備え、巡回し警戒しております」


『リーネさん大丈夫ですか、負傷している勇者さん何か言いたそうにしているようですが』


「あっ、ちょっとまって下さい。それでは今の状況をインタビューしてみようと思います! 勇者さん、大丈夫ですか勇者さん!」

 リーネが近寄り、カメラがそれを追うように近づいて行く。


「おっ……俺は……なな……ひかり……」


「流石は勇者さん、こんな状況でも自己紹介から入るとは……! 他にも吹き飛ばされた時の詳しい状況を教えて頂けないでしょうか!」


「……あ、あそこに転がっている……か、兜を被った……ちょ……直後に、横から何者かに……」


 五角形の白と黒のパターンでデザインされた(それ)は、サッカーボールのデザインにも酷似しており、ボールで遊んでいる子どもの元に飛ばされていた。


 子ども達の幾人かは、ボールを奪わんと走り回り、楽しそうに遊んでいる。程なくして蹴り飛ばしたボールは、酷似した兜にちょうど当たりると、勇者の頭に衝撃を走らせた。ぶつかって跳ね飛ばされた本物のボールは、街道脇の茂みへコロコロと転がっていくと、子ども達には兜だけが転がっているように見えた。


――


〈解説しよう! Brave Head――それは勇気を試す兜として、古代より受け継がれし呪いのアイテムである。その兜は、一度被った対象の頭部をスキャンし瞬時に記憶。兜の外から加えられた衝撃を魔力により効果的に増幅し内部に伝達する。そしてそれは離れた状態であっても、その残滓(ざんし)により一定時間衝撃を伝達し続けるのだ。そして、この危険なアイテム。これは、適見の父によって鑑定され、店舗が爆散するまでは厳重に保管されていたハズであった。だが、度重なる爆散により地下室に保存していたアイテムが表に出ることとなり、このような事態に至ったのである。

 ちなみに、Brave Headが飾ってあったその横には、適見が適当に命名した同型のBrake Headブレイク・ヘッドなる商品があったのだが、真白がそちらを手に取って居た場合、勇者は今頃存在していなかったのかも知れない。危ない危ない……〉


――


「いくぞ! マッハ・シュート!!」

〈ガンッ!〉


「……って、痛ったぁ……。これボールじゃ無いよ!」

 子どもは思いっきり蹴り飛ばそうとするが、それはボールではなかった。蹴るごとに勇者の頭にその増幅された衝撃が伝わり、のたうち回っていた。


「ぽげえぇぇぇ!!」

 頭部を抑え、必死に痛みから逃れようとするが、衝撃は直接伝わる。そのたびに悲鳴を上げるのだ。


「今突然、勇者さんが頭を抑え吹き飛びました!!」

 リーネが実況するその背後では、子ども達がボールという兜に夢中であった。


 隣の少し体格の良い子どもが、俺がやってやると言わんばかりに叫ぶ。

「痛くねえって、貸してみろ!」「いくぞ、サンダー・ブレイク・エクストリーム・シュート!!」


〈ガインッ!〉


「ぶぴぃぃぃ!!」

 再び全力で蹴り飛ばす子どもと、それに呼応するように勇者が頭を抑え絶叫。その様子を事細かく実況していくリーネ。背後では動かぬボールを、不思議がって何度も蹴り飛ばす子ども達がいた。


「勇者さんの周囲にはなにもありませんが、その様子はまるで遠隔で攻撃を食らっているように感じられます! 我々取材班が独自ルートで入手したモンスター検知器にも反応は無く、やはり気配も感じられません! あっ、ちょっと待って下さい。今、封印班が何かを発見したようで、班長含め子ども達に近づいて行いっている様子です!」


「ほら下がって下がって!!」

 物々しい防護服を纏った封印班は、子ども達に立ち去るよう伝えた。


「ボク達のボールだよ!!」

 子どもの一人がそばで“自分のボール”であることを主張しているが、辺りは薄暗くそれがボールであることは容易に判断が付かない。


「これはボールじゃなくて“兜”。ボールはこっちだろ。ほら、離れて離れて!」

 封印班の一人が、近くに落ちていたボールを持って子どもに返すと、兜から離れるように促した。


 すると、簡易鑑定器を持った封印班長が声を荒げる。

「規制線バリアはどうした! あとリンクしている者を探しだせ! この兜のへこみ具合からかなりのダメージが入っているハズだ!!」


「し、承知しました、ただいま貼ります!」


――――

――


 事態は程なくして収束。一部を除き規制線は解除され、無事祭りが再開された。

 時折、跳ねるように痙攣する勇者は、頭部に貼られた規制線バリアとともに担架に乗せられ、真白に見守られながらその場を去っていった。


「勇者さまぁぁ! 安心してください、私が必ず守ってみせますからぁぁ!!」

 涙ながらに叫ぶ真白。だが、その手をぎゅっと握られた勇者の手からは、ミシミシと鈍い音が走り、激痛から耐えようとするその口からは(うめ)き声が漏れ出ていた。


――


「はいっ! ただいま危険な兜が無事に封印され、街は平穏を取り戻しました! 勇者さんも命に別状はなく、回復に向かう模様です!」

 リーネが浴衣姿でカメラに向かい、元気よくまとめる。


「少々混乱がありましたが、襲撃でなく不慮の事故と言うことで、大事に至らなくて良かったですね。それでは本日の放送は、防具のことなら《ブレイン・シェイカー》の提供でお送りしました! それでは次のニュースでまたお会いしましょう!」


――


 鑑定屋の薄暗い店内。

 TVの光に照らされながら、適見は椅子にもたれ、ぼんやりとその中継を眺めていた。


「……ったく、あの兜はもしかしたらウチの親父の兜かな……、どうせまたウチのせいにされるんだろうなぁ……」

 ため息をつき、リモコンを放り投げる。


「はぁ……寝よ寝よ」

 そのままカウンターに突っ伏し、店主は夢も見ずに眠りに落ちていった。


――――

――


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