肉が食べたい
――ぱちぱち、ジュワァァ……。
鉄板の上で肉の跳ねる音が、古びた鑑定屋の空気にまで伝わってくる。魔道TVの料理番組では、シェフが慣れた手つきで肉塊をひっくり返して行く。映像から伝わる、その溢れ出る肉汁に、生唾を飲まずにはいられなかった。そして客席から「おぉ~!」と歓声が上がっている。
「……あー……だる……。こんなの見てたら余計腹減るじゃん……」
カウンターに頬杖をついた適見は、財布の薄さを思い出し、今日の夕飯が冷めたスープ一杯で終わる未来を勝手に確定させていた。肉は高い。買いに行くのも面倒だ。そもそも外に出るのが面倒だ。世界はだいたい面倒だ。ああ面倒だ。そんな言葉が頭をぐるぐる巡った。
――ちりん。
そして、不吉な来客ベルが鳴った。
「……はぁ。せっかく肉で現実逃避してたのに……。食えないけど……」
木の扉の隙間から差し込む光の中、眩しく光る丸盾を背負った若い冒険者が姿を見せた。鎧は汚れもなく新品同然、なんだか妙に背筋は真っ直ぐでコスプレ感を否めなかった。
「鑑定をお願いしたい!」
「……ええぇ……。うちは食堂じゃないんだけど……って、なんだ、鑑定かよ……」
「随分と、テンションが低いんですね……」
「あんたねぇ……夕飯前の空腹時に来たらみんなこういう反応よ? 大体はもう怠すぎて、夕飯の事しか考えられなくなるの。君だって肉……食べたいでしょ?」
「肉は置いといて、この盾鑑定してくださいよ」
客が背中から外した丸盾をカウンターに置く。磨き抜かれた銀面は、店内のちらかった棚までくっきり映すほどであった。
「うーん。めんどいなぁ……。適当に決めちゃっていい?」
「いや、ちゃんと鑑定してくださいよ」
「面倒くさいなぁ。でもさ君、鎧とかこの盾もそうだけど、殆ど汚れてないじゃん。どっかの商品パクってきたんじゃないの? 例えば大富豪山下さんとかさ」
「そんなことしませんよ。他人の家の壺だって割らない自信がありますよ」
「おー、偉いえらい……。流石は冒険者、どこぞの勇者とは違うねぇ……」
「勇者って、そんな事するんですか?」
「うーん……この前も盗品の剣を……って、アブナイ危ない……個人情報だったわ」
この地域で勇者といえば一人しかいないので個人情報は駄々洩れであった。
「えー……ちょっと幻滅しちゃうな……って、盾はどうしたんですか、盾!!」
「はいはい。ちょっと待ってね」
適見はいつもの青いコンソールを呼び出し、片手で盾、もう片方でぽちぽちと入力を始める。
「光ってるし“閃光の盾”でいいんじゃね……」とぽつりと呟く。だが頭の片隅にあるのは、先ほどの肉の焼ける色と漏れ出る肉汁。
「んん? あれ、スペル……どっちだっけ……flashだっけ……flesh……fresh……うーん」
「たぶん[Shield of Flashでしょ]
「はい、確定~。そんな訳で鑑定結果は“シールド・オブ・フラッシュ”。閃光の盾でした」
「おお、やはり! 輝く守りの象徴!」
客は満足げに目を輝かせ、両手で盾を抱えた。眩しく光る丸面に自分の顔を映し、「眩しい……!」などと言っているが、適見はいい加減はやく帰って欲しいという態度を、カウンターのテーブルにぶつけていた。
「鑑定代100Gね。はい、まいどー」
「よっしゃー! 当たりだァ!!」
胸を躍らせ扉を開けっぱなしで颯爽と出て行く冒険者であった。
「ちょっとォ! 虫が入るんだから扉くらい閉めて行きなさいよ、もう!!」
適見が仕方なさそうに入り口の扉を閉めに行くと、視界の先で冒険者が盛大に転ぶのが見えた。
「おっとォォォ!」
嬉しさのあまり全力疾走していた冒険者は、右足が左足を蹴り飛ばすようにもつれ、その拍子に手に持っていた盾を全力で放り投げたのだ。盾は宵闇に吸い込まれるように飛んでいき、入水角度が良かったのか、街道脇の水路へと音も無く落ちていった。
「……うわ、折角の鑑定物を投げ飛ばしおったわ……」
客はむくりと起き上がり慌てて盾を探しに行った。
「もったいないなぁ……。結構良い盾だったのに……」
ぼんやり呟き、視線はまた魔道TVの鉄板の上へ戻る。肉は美味しそうに音を立て続け、適見の食欲をかき立てる。
「さっきのお金で、ちょっと買いに行くか……肉……」
――――
――
その日、森の街道の朽ちた石畳りの脇で、絡まった蔦が少しずつ動き始めた。例の像――いや、人間が、少しずつ生気を取り戻していた。
金色の液体を喉に流しこみ、腰に手を当てた“あの瞬間”で時間が止まっていた男。勇者こと七光 勇である。蔦が腕や胴を飾り、鳥が肩で休み、虫が鎧の上を徘徊していた。
「……っ、……ふっ……!?」
復活した勇者は状況が飲み込めず視線を動かすが、身体は蔦により拘束され容易に動かせなかった。全身に、そして両腕に広げるように力を込め蔦を引き千切ろうとする。
「俺は……、俺は……!」
ミチミチと蔦の壊れる音が聞こえる。そして、もう一踏ん張り。さらに力を込めその繊維を断ちきろうとする。
「俺は勇者! 七光……勇だああああぁぁ!!」
ビリビリと響く宣言は森に反響し、鳥が慌てて飛び立ち。飛び散る蔦とともに、雑草の結界から解き放された。
「盗賊団に襲われていたハズであったが、これは一体どういうことだ……! モンスターの……モンスター仕業だな!!!」
勇者は勝手にモンスターの仕業に決めつけた。そして警戒すると周囲を走っては足を止め、草の根を分けてモンスターの気配を探っていく。すると一筋の光りが勇者の顔を照りつけ、視界を奪った。
「くっ――、幻影を見せるモンスターか、許さんぞモンスターめ!!」
その白い光線を腕で遮り、発生源に近づいて行く――するとそこには、日の光を浴び銀色に眩しく光る、銀色の盾が落ちていた。
「おお……美しくもなんと神々しい……! これは……“フラッシュの盾”ではないか!!」
勇者は鑑定済である小さな刻印を見つけると、小躍りした。
「誰か……、いや……誰も見ていないよな!」
周囲を警戒し、こっそり丸盾を背負う。
「よし! 今日からこれは俺の物だ!」
こっそり背負っているハズが、その大声で全てを打ち消していた。
丸盾は不思議と密着感があり、妙な安心を覚えた。背中に吸い付くように馴染む。高級品とは、こういう物なのだろうと自身を納得されるに至った。
そして、意味も無く忍び足でその場を立ち去るに至る。
鼻歌交じりの勇者は上機嫌で街道を進むと、途中すれ違う行商の爺さんに声をかけられた。
「おお……お前さんや背中のその盾、いい映りじゃな……!?」
何故か発する行商の言葉は語尾が上がり、離れるよう足早に立ち去っていったが、勇者は気にも止めて居なかった。
そのまま街門をくぐり街に戻ると、子どもたちが勇者を見て、引きつった表情で勇者を見る。
「え……」「何か変なのが居るぞ……」「逃げろー!」
子どもの叫び声が聞こえたが、他の誰かであろうと信じて疑わない勇者であった。
このまま胸を張り続けて歩く勇者は、背中に妙な暖かさと、逃げ惑う人々の引きつった表情とその視線を感じた。だが、身体ごと後ろを振り返っても逃げ惑う人たちが慌ただしく勇者から距離を取っていく。
「なんか、足が重たいな……」
そう思い、足元を見る。だが何もなかった。一歩二歩、歩くたびに何かに引っ張られる感覚が大きくなっていく。そして、明らかな違和感を感じる。太ももの後ろに赤黒い、ゴムのような繊維を見つけた。そして、そこから滴る水滴。指で触ると接着剤にも似たような感覚で、糸を引いた。
「こ……これは……、お……おい!? なんだこれはッ!」
――――
――
虫の声は徐々に大きくなり、空気の涼しさを街へと届ける。カラスは鳴き帰路へと付く。そんな夕暮れ時の街を行き交う人々、そして騒然とした声は、次第に悲鳴へと変わっていく。
――肉塊が歩いている。
そう通報が飛ぶのに、時間はそれほど掛からなかった。
盾は背中に貼りつき、じゅぶじゅぶと音を立てて形を変ていく。銀だったはずの表面は、湿った薄膜になりそれは1つの大きな目となった。肩と肩甲骨のあいだを肉が覆い。膜の下で、細い筋が走り脈動が接合部の肌に伝う。
勇者は慌てて盾を剝ごうと腕を回したが、指先に触れたのは冷たい金属ではなく、温く、弾力のある“何か”であった。指は肉に沈むような柔らかい感触を伝える。そして指の隙間を埋めていくと、吸い付くように離れず絡みついていった。
「い、いや――ッ!!!!」
自分部自分を抱くような、変に姿勢で勇者が静止し、肥大化する肉に取り込まれそうになっていく。
叫び逃げ惑う群衆。遠目に観察する人々。子どもに見せちゃ行けないものを隠そうとしている母親。
「うわあぁぁぁ!!」「早く逃げろぉ!」「み、見ちゃ行けません!!」
この言葉の意味が分かったのは、その肉を認知した時であった。
「俺のことかあぁぁぁぁあ!!」
群衆がざわめき、悲鳴を上げ、誰かが遠巻きに見守る。その輪を、勢いよくかき分ける声があった。
――報道番組シンギュラリTィ! 臨時ニュース!
「はいっ! こちら現場のリーネです! えーっと……ただいま街中で、“肉に取り込まれる勇者”を発見しました! ですが皆さん、安心してください! わたしは今日も元気一杯です!」
カメラがぐいっと寄る。画面いっぱいに、膜が伸びる様子。滴る体液と繊維と剥き出しになった筋肉のうねり。それが画面一杯に広がる。
「勇者さん! 勇者さんッ! どうですか今のお気持ち、ひとことでお願いします!!」
「お……、お願いしますじゃなくて、助け――」
「タスケ……? タスキの変異体でしょうか……? 勇者さん! これは新しい武具ですか? どうして、こうなってるんですか!! もう一言お願いします!」
「背中が……急に密着……冷たくなって……はやく……たす……け」
リーネはマイクで実況しつつ、もう片方の手をぴしっと水平にして肉塊に手を向ける。
「ふむふむ……なるほど。ご覧ください! 背中から広がるこの新型の武具! 抜群の密着力! そして耐冷仕様と言うことらしいです!!」
次第に勇者の目は上を向き、意識が遠のいていく。するとリーネの後ろから封印班が列をなし群衆とリポーター達を押しのけ介入してきた。
「対象確認! 規制線バリア用意! カメラは下がれ!」
〈※解説しよう! 規制線バリアとは、魔道カメラから漏れるエーテルを遮断し、映像をもれなくダークマターに変換、さらに現場のプライバシーと食欲を保護する優しい幕が形成されるのだ!〉
「ちょ、ちょっと待ってください! あと五秒だけ! 視聴者のみなさ――」
――ブツッ……
そして放送が途切れる。
――
耳に優しい心地よい音楽が流れ、画面には広がる黄色い花畑と、小川のせせらぎの映像へと切り替わった。
テロップには〈ただいま調整中です暫くお待ち下さい〉と出ている。
――
「――ッはぁはぁ……た、大変お見苦しいシーンをお見せしました」
街の一部が暗黒空間に覆われた映像へと切り替わった。交渉の結果なのであろうか、不自然に切り取られた空間と、タイル状のモザイクが映像の殆どを覆い、リーネの顔と身体しか映っていない。
時折聞こえる音声は、ヘリウムガスを吸ったような高音へと変換され、叫ぶ人々と封印班の声は、言葉を発するたびお茶の間の空気を異様な雰囲気へと変えていった。
「ぎせゃああぁぁ!!」
暗黒空間では何が行われているかは分からない。だがその中から聞こえる勇者の声は、声にもならない声で叫び続け、周囲へと響き渡った。
「封印完了しました! 搬出と搬送を開始します!」
規制線バリアが解かれ、暗黒空間が小さくなっていくと、人ほどの固まりで留まった。重厚な金属の箱の縁には、赤黒い何かが脈を打ち、体液が滴っている。そして、人ほどの暗黒空間が担架に乗せられると搬出されていった。
「出ました! “完了”! この二文字、最高ですね! やはり呪われたアイテムだったのでしょうか……、後日、突撃リポートして報告いたします!」
「ありがとうございました、リーネさん。しかし防具なのか呪いなのか分からないところが怖いですね。新手のボディスーツが開発されたのかと思いましたよ」
「そうですね。“スーツに取り込まれ超人的パワーを得る”なんてそんな事が出来たら、ちょっとSFっぽいですよね、それではお時間のようですので、ここまでとしたいと思います!!」
――
――――
〈ここで、中央ギルドからのお知らせです。
不審物を見つけたら“触れずに拾わずに”まず、ギルドに通報して下さい――〉
本日は、王都・中央ギルドと、新鮮な肉のことならフレッシュ・フレッシュ精肉店の提供でお送りしました。
――――
――
「うえぇ……、昨日余った肉食べようと思ってたけど……食欲が失せたわ……」
報道を見ていた適見の食欲は著しく減退していた。そしてこの日を境にスポンサーであった精肉店の売り上げは、著しく低下することとなった。
「今日は適当に、何かつくるか……」
呟く適見の視線の先には、父の格言が見えていた。