勇者、来店
朝の光が棚のホコリをキラキラと金色に見せている。鑑定屋のカウンターでは、店主の適見が、いつものように頬杖をついていた。
「……だる……。今日は客ゼロで静かに昼寝コースがいいなぁ……」
――ちりん。
願いは秒で砕けた。金属の軋む音とともに戸が開くと、入口に立っていたのはやたら眩しい銀鎧の青年。背は高く、笑顔は真っ直ぐ、そして声はうるさい。
「たのもう!! 俺は七光 勇、勇者だ!」
「入店直後に自分からフルネームで名乗ってきて、しかも勇者って言う人初めて見たわ……」
「勇者とは、いかなる状況でも必ず名乗らねばならぬのだ!」
「……そんなことばっかりしてたら、モンスターとかボスに秒で殺されるよ」
「大丈夫だ、何より鍛え方……そう、「声量には自身がある!!」」
「んあああ、もう、うっさいなぁ! ここはカラオケコンテストの会場じゃないんですが……つーか、もう少し声小さく出来ないんですか……早朝からバカみたいな大声のせいで、頭が痛いんですけど……」
「大丈夫だ! わたしが居るからには眠気も頭痛も飛ぼう、安心するが良い!!」
「あぁもう……。この勇者、全然人の話聞かないクソ野郎だよ……で、その勇者さまってのが、何の用です? ここはゴミ捨て場じゃないですし、人型の生ゴミはお断りなんですが……」
「この剣を頼む!」
青年は腰の剣を抜くと、カウンターに置いた。金色の飾りがついているが、刃は使い込まれた鈍い色だ。
「人の話も皮肉もまるで聞いちゃいねぇな、もう……」
適見は内心早く帰って欲しいため、目を細め、剣を持ち上げて鑑定する振りをする。見る限り魔力もそれほど感じられないため、適当な内容を伝えた。
「ええと……ただのブロンズソードです」
(なっ、バカな!)
「大富豪山下さんちのタンスに入ってた由緒正しき剣のハズ!!」
「心の声と言ってる事が逆転してるような気がするんですが、一応ギルドに通報しておいた方が良いですかね……」
「うそうそうそうそ。冗談ですよ、冗談……、実はこっちの剣なんですよ!」
今度は背負っていた剣を抜き、カウンターに置いた。
「……ブロンズソードです」
「は?」
「ブロンズソードです……」
「いや、形違うでしょ! ココの突起とか全然違うし、長さだって少し長いじゃないですか!!」
「……ブロンズ……ロングソードです」
「ええと、やっぱりただの剣だったりします?」
「ただの剣です。それ以上でもそれ以下でもない、ただのクソブロンズロングソードです。ちなみに見積もって100ゴールドです」
「……か、買い取りで……」
青年は肩を落としてうつむいた。
「へーい、まいどー……」
「そういえば、先ほどから入口においてある邪魔そうな箱は何だ。入ってくるときにぶつかりそうになったぞ」
入口には小さい木箱が3つほど、扉の陰に崩れるように散乱していた。
「あぁ……それですか? ただの勇者除け兼ドアストッパーなんで気にしないでください」
「いやいやいや、勇者除けって何だよ! ヒールポーションて書いてあるだろ」
「あぁ……そうでしたね。ヒールポーション……のようでしたね。持っていきます、その勇者除け? 邪魔なんでタダであげますよ」
「勇者除けじゃねぇっつってんだろ。要らんわこんな縁起でもない物」
「えー……だってタダですよ?」
「えっ、タダ……?」
小さな木箱には、指程のサイズのポーションかギッシリと詰まっており、淡い金色の液体が光を受け、きらりと揺れていた。
「そう。早い者勝ちでタダよ。そして返品もクレームも不可ね」
「ただ!? ……いや、しかしさすがにそれは――」
「ああもう、あれこれうるさいなぁ……。じゃあ“今だけ半額”にします?」
「あっ、いや……タダでお願いします……お金無いんで……」
勇者は即答し、慌てて背負い袋を広げた。
「じゃあ、その袋に入れていくんでしっかり持っててくださいね……」
手に取ったポーションの商品名はPotion of Heven(天国の薬)となっていた。刻印がチラリと視界に入ったが、今さら面倒くさいのでそのまま無視することにした。
(……あれ……? 名前変わったところで、どうせ効果は変わらないでしょ……)
「何か言ったか?」
「……なにも言ってないですよ。全部で12本×5ダース。重いから腰に気をつけてくださいね。あとうちには当分来なくて良いんで」
「サラッと酷いこと言うね……。とはいえだ、恩に着る! これで戦いと生活が楽になる!」
「まぁ、せいぜい頑張ってくださいなー……。それじゃ、あたしはちょっと休むんで……ふあぁ……」
勇者はぴかぴかの笑顔で鞄を背負い、胸を張って店を颯爽と出ていった。ガラガラと瓶がぶつかる音が店の外に響いた。
残された適見は、やれやれと言わんばかりに頬杖をつき魔道TVに視線を向けた。
「やれやれ、五月蠅いのが行ったか……店も静かになったし、魔道TVでも見るか……」
賑やかな音楽が流れ、いつもの報道番組が始まった。
――
――――
報道番組シンギュラリTィ!
「本日のスポンサーは、いつもニコニコ限界ローン、魔法ギルド・サザンクロスの提供でお送りします!」
「……リーネは今日も元気だなぁ……。また現場で叫んでるよ……」
画面の向こうで、リポーターのリーネが笑顔で手を振る。
だが、適見の視線はTVからすぐ外れる。眠気の波が第二陣で押し寄せ、まぶたが重くなっていく。
「うーん……。疲れたしちょっと寝るか……」
――
そして場面は変わり今は昼。
勇者は街門を抜け、砂地の街道を颯爽と進んでいた。背中の袋には、ポーションがぎっしり詰まっており、そのテンションは絶頂であった。
一方、その路肩の草むらでは、ぼろ布姿の盗賊たちがひそひそと囁ていた。
「なぁ、アイツ背中パンパンだぞ」「クソ重そうだな。ありゃあどう見ても金目の物を持ってそうだぞ」「やるか……、今すぐ?」「いやいや、今はまずい。夜まで尾行して、薄暗いとこでやるぞ……」
そんな不穏な空気を他所に、風が草を揺らし心地よい風が吹いてくる。勇者は胸を張り鼻歌まじりで街道を進む。そして俺を追うように盗賊たち。
何も知らない二つの列が、同じ道の先で重なる準備をしていた――。
――――
夕刻。砂色の風景が赤く染まるころ、勇者は鞄を降ろすと小さな岩陰で水を飲んでいた。
「ふぅ……ここらで一休みだな」
――ザザッ。
草むらが揺れ、影が四つ飛び出す。布で顔を隠した盗賊たち。刃物やこん棒を構え、じりじりと囲む。
「その鞄、置いていけ。抵抗しなければ命は取らねぇ!!」
「貴様らは、盗賊か!! 俺は勇者、七光……」
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(暫く間を開ける)
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:
「勇だッ!」
〈ドゴォ!〉
盗賊の痛烈な一撃が、勇者の頭部を襲った。
――勇者は20のダメージ
「いっつー……、不意打ちとは卑怯だぞ貴様ら……!! 盗賊の……、盗賊の風上にも置けぬな!!」
「いや……うちら盗賊なんで……」
「しばし待たれよ、急な不意打ちで体力を持っていかれた。よってポォォォォォションを今この時より飲む!! 我が飲用するべくポージングをするから、ちょっと待て!」
勇者のテンションは何故かハイであった。足元にある鞄に手を入れ、一本の瓶を取り出した。たぷんと音を立て、金色の液体が瓶の中で揺らぐ。
「行くぞォ!! 飲むときは腰に手を当て45度!!!」
〈ドゴォ!〉
盗賊の痛烈な一撃が、勇者の頭部を襲った。
「ぶほぉ!!」
――勇者はポーションを噴き出した。
「口に含んだポーションが出てしまったではないか!! 飲むときは誰しもノーガードになるのだ、卑怯者めが!! 少しぐらい待てんのか貴様ら盗賊は……!」
盗賊から少し距離を取り、背後を確認すると一息で喉に流し込んだ。甘い香りと心地よい熱が、鼻腔と喉を伝う。
そして、次の瞬間――勇者の目はすうっと上を向き、口元から一筋の涎が垂れた。
「……お?」
勇者の動きが停止した。腰に手を当て立った姿勢のまま、石像のようにピクリとも動かなかった。
一同は沈黙した。
そよそよと風だけが吹いたが、勇者の髪は空間に固定されたように。なびくことはなかった。
「お……お頭……。こりゃあ一体……」「こ、凍って……いや、石化か……?」
「こいつ、アホずらのまま止まってやがりますよ……」
盗賊らはそろりと近づき、こん棒で小突いてみた。
――カツン。
手応えは硬く、まるで板を叩いているようであった。
「うーん……動かねぇな。とりあえずこの隙に荷物だけでも貰うか……」
ひとりが腰の袋のひもを引く――だが、外れない。外れないというよりは硬い、まるで紐が袋に張り付いているように、空間に固定されている。
「無理だお頭、腰の袋も鎧も剥げねぇ!」
「ダメです、お頭! このまま勇者ごと持っていこうにも、蹴り飛ばしても空間に固定されていやがります!」
「ちっ、しゃーない。お前らその鞄だけもってずらかるぞ!」
「へいお頭!」
彼らは“動かない勇者”をそのまま置き去りにし、その場から立ち去った。
――――
――
一夜明け、街道沿い。いつもは露店など存在しないその場所には、木箱で作った小さな露店が出現していた。テーブルに見立てた箱の上には、金色の瓶が並んでおり。汚い字で“1本100G”と書かれていた。
通りすがりの冒険者の目に露店が止まった。
「おっ……このヒールポーション、この値段で買えるのか」
「へっへっへ……仕入れルートは秘密でね。どうです兄さん?」
「ほぉ……、それなら2つほど貰えるかな。これからダンジョンに攻略に行くのだ」
「はいはい、ちょっとまって下さいねぇ……はい200ゴールドね、まいどあり~」
「なんか、あまり見ない神秘的な色をしているな……。まぁよい、ありがとう!!」
冒険者はそう言い残すと、颯爽と立ち去り森の奥へと消えていった。
「やりましたね、お頭! ヒールポーションと言えば1本500ゴールドはしますよ!! これなら全部で5900ゴールドにはなりますね!」
「ちょっとまて、今なんつった?」
「えっ、3500ゴールドって……」
「そうじゃねぇよ、1本500ゴールドだと!?」
「街で買うと大体それぐらいする貴重なものですよ。それに本家のポーションはちょっと赤茶色ですけどね」
「おい、お前。さっき200で売っちまったじゃねぇか。こんなに綺麗な色のポーションならもっと高値で売れるだろうが! 少しは考えろよバカたれが!! 街に行ってもっと高値で売りさばくぞコラァ!!」
「わかったぜ、お頭ァ!!」
盗賊団は急いで店をたたむと、街中へと消えていった。
――――
――
「安いよ安いよォ!!! なななな、なんと! 新開発された高級ポーションが1本たったの1000ゴールド!!」
場所を変え、着慣れない白衣を纏った盗賊団が、大通りでポーションのたたき売りを行っていた。
「新開発された、金色に光るポォォォションです! これを飲んだら天にも昇る気持ちで体力全開!! ピンチの時にも大活躍! いかがですかー!!!」
その異様な熱気と光景に、徐々に人だかりが出来始めた。
「おお……、こんな綺麗なポーション見たことがない……」「本当だ、金色に見てるぞこれ……」
テーブルに並ぶは金色のポーション。見たこともないその神々しい輝きに群衆の目は奪われ、誰もが一目商品を見ようと列を押し分けるように殺到した。
「オヤジ!! 俺に1本くれ!!」
誰かが声を上げた。すると続けて、それを求めるように声が続いた。
「俺も俺も!!」「俺は3本貰うぞ!」「わたしにも頂戴!!」
「ほら、並んで並んで。順番ですよー!!」
盗賊の子分が慣れない様子で、なんとも律義に列の整理をしていた。
そして、無事商品を無事に売り切った盗賊団の背後には、黒い影が待ち構えていた。
――――
――
そして噂を呼んだ。
「神秘的なポーション」
それは今まで見たことも聞いたこともないポーション。製造過程でヒールポーションは赤と相場が決まっている。マナポーションであれば青、両方の効果を持ち合わせている場合は紫である。
だが、金色のポーションが存在したことは無かった。
当然、人々は未知のポーションに興味を引いた。だが、買ってはみたものの高価であったため、使用した人は居なかった。ある人間を除いては……
――
――――
――報道番組シンギュラリTィ、臨時中継!
「こちらリーネです! 街道でフリーズし蔓に覆われている勇者らしきものを発見しました! こちら、腰に手を当て瓶……、ポーションの瓶でしょうか、それを持ったまま停止していますね。ちょっと蔦を毟り動かしてみようと思います!」
「うーん……。ちょっと私の力では無理のようです」
いったんマイクを置き、両手で蔦を引きはがすと、その勇者っぽい何かを押したり引いたりしてみた。
「ちょっと音声さーん手伝って下さい! うんしょ、うんしょ……」
音声さんも加わり先ほど同様に、動かそうとしているがビクともしなかった。
「ダメですね……。えっ。スタジオからですか? ……ふむふむ……。同様の症状でダンジョンの入り口で固まっている人が居る? 承知しました、そちらに向かってみます!! ちょっとカメラをスタジオに戻しますね!!」
「リーネさん、ありがとうございました。それでは一旦CMに入ります!」
――
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薬のことならエクストリーム・ドラッグ逃現彊!
ヒールポーションからマナポーションまで何でもお取り扱いしております!!
疲れた時にはコレ! エクストリーム・マッハ・タブレットォォ!!
これを飲めば72時間連続稼働、ブラック企業にも勤めてしまっても安心です! お求めの際は、ぜひ逃現彊まで!
――――
――
場所は変わり、ダンジョンの前に来ているリーネ。入口は砂埃でまみれており、下に続く階段から這い出ようとしている人型の何かがあった。
スタッフ数名で、その人型を隠すように覆いかぶさっている砂を、丁寧に掃っていくと、それが冒険者であることが確認できたのだ。
「スタジオの皆さーん見えますか? こちら、例のダンジョンの前に来ております! ちょうど出ようとした所だったんですかね……うつ伏せで倒れたまま固まっていますね……」
近づくと、飲もうとしている手とは別の手に同様の瓶が確認できた。その瓶はまだ使用されていないもので、中には金色の液体が揺らいでいる。
「あれ? 同様のポーションとは別に、もう片方の手に同じ物をもっているようです……ちょっと内容を確認するので触れてみますね……。カメラさんちょっとココ、アップに出来ますか?」
「“ Potion of Heal(回復薬)”……ではないようですね……、Heven……ですか……あっ……ちょっと……!!」
「危ないですから離れてくださーい!!!」
どこからともなく出現した封印班は、安全のためリーネとスタッフらを羽交い絞めにし、現場から追い出そうとしている。
「よし今だ! 規制線バリア※を張れ!」
〈※解説しよう! 規制線バリアとは魔道カメラより発せられるエーテルを遮断し、映像を全てダークマターに変換、そして対象のプライバシーを保護するのだ!〉
「って、どっから出てきたのよ、封印班! ちょ……! そのポーションはわたしの獲物よ!!!」
『大丈夫ですかリーネさん!!』
スタジオから声が返ってきた。
「ああん、もう! もう少しでスクープ取れたのにぃぃ!! ちょ、ちょっと、ちょっとおぉぉぉぉ!!!」
「隊長! これのようです!!」「間違いないな、よし封印して回収しろ!!」「承知しました!」
「……」
沈黙するリーネは、行き場を失いかけていた。
『リーネさん! リーネさん大丈夫ですか! 音声のみで映像が映っていないようですが』
だが、リーネ挫けなかった。
「だ……、大丈夫です!! リーネです、音声しかお伝え出来ませんが、どうやらポーションは危険物であるとのことで、現在回収が進められているようです。
ええと、あっ。待って下さい。今入った情報によりますと、例のポーションを販売していた3人組が強盗および窃盗、それと呪物販売の疑いで今ギルドに収監されたようです! 時間を空け追って報告します。それでは現場から以上です!」
『ありがとうございました、リーネさん! それではお時間となりましたので、今日はこの辺でお別れでございます。ありがとうございました!』
――
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御覧の番組は、いつもニコニコ限界ローン、エクストリーム・ドラッグ逃現彊の提供でお送りしました。
――――
――
「……うわぁ、危ないなぁ、呪物ポーションか……。うちも気を付けないとな……」
適見は眠そうな目で魔道TVを見ながらぼやく、そして明日もまた、何物かのかの“名前”を決めるのだ。だるそうに。けれど、ほんの少しだけ、慎重に。
頬杖を突き、魔道TVから視線を外すと、格言に目が行く。
“適当に付けるな、適当に付けろ”
「……わたしにも、そのうち……まぁ、いいか……」