喜びだと思ったら狂気だった
――ギルド本部。
「――だからぁ! お前んとこの鑑定屋から出た爆発で、被害報告の紙が山積みなんだよ!!」
例の爆発から1ヵ月、幾度と発生する爆破と呪われたアイテムの封印作業で、ギルド内は慌ただしかった。
そんななか、重厚な机をドン!と叩き、ギルド長グラッド・ハーゲンの怒声が響き渡った。
壁一面に貼られた「爆発報告書」「商品暴走報告書」「鑑定不可報告書」……それらが風でヒラヒラ舞うたび、ハーゲンの頭痛は増していく。
「……だる……。ていうか持ち込む客が悪いのよ」
「何がそうなって、お前の所に欠陥アイテムが集まるのかが分からんが、いい加減何でも引き取るのをやめろよ!」
「えー……でも、行き場のないアイテムさん可哀想だし、ちゃんと引き取って処理してあげないと夜、魘されるんですよ。寝不足で死んじゃうかもしれないんですよ。
死ぬのと爆発、どっちがマシだと思います?」
「どっちもマシじゃねぇし、処理とか言ったらアイテムが余計に可哀想だろうが!」
ギルド長の頭に血管が浮き上がる。机の下でこっそり足をぶらぶらさせている適見は、まるで他人事のようにあくびをした。
「……あーだるい。ていうか、なんでギルド長さんはいつも私に怒鳴るんですか? ストレスで毛乳頭の士気が低下しますよ……って、すみません、既にやる気を失ってるみたいですね……」
「うるせぇ! 俺の毛乳頭も毛母細胞すらも、まだ生きてるんだよ。ちっょと最近の暑さにダレて休眠中なの! だから刺激を加えればこいつらだって目が覚めるんだよ!!」
「ええぇ……、そんなことしたらショック死してトドメを刺すだけなんじゃないですかね……」
「くぅおぉぉぉぉぉ!」
ちょうどそのとき、廊下の奥から軽快な足音が近づいてきた。
マイクを持ったまま取材モードを維持しているリーネが、勢いよく扉を開け放ち、部屋に声が響き渡った。
「ギルド長! 視聴者の皆さんが“鑑定屋連続爆破事件の真相”を知りたがってます! ズバリ質問させてください!」
「お前もかぁああああ!!」
怒鳴るギルド長、平然とするリーネ、そして椅子に沈み込む適見。
今日もまた、この三角関係の“面倒くさい日常”が始まろうとしていた――。
――
「あたしもう帰っても良いですか……、帰って横にならないと辛いんで。むさ苦しいハーゲンさんが」
「くそぅ、言わせておけばペラペラと……」
「で、どうなんです、ギルド長! 連続爆破事件の真相!!」
「いや、だから調査しても微弱な魔力と、散乱した呪物のせいで調査しても分からないって言ってるだろ!」
「……うちの商品を勝手に呪物扱いしないでもらえます? ハーゲンさんちに送りつけますよ?」
「呪物だってわかってんじゃねーか!
大体何でお前はあの爆発で無事なんだよ」
「はぁ? そんなのシールドリングのお陰に決まってるじゃないですか。危険物取扱鑑定者の免許取得時に貰えるんですよ。ハーゲンさんは知らないんですか?」
「そんな免許あったのかよ……」
「我々鑑定士は、何時爆発物を引き当てるか判りませんからね……他にも呪物扱い免許や色々ありますよ……」
「それにしても多すぎなんだよ、お前んところは! 他の鑑定屋は数年に一度あるかないかだろ。お前の所は今月入って既に20回も爆発してんだよ!」
「そんなに多いですかね……」
「ふんふん! なかなか興味深いですね、他では1回と……。そういえば適見さん……でしたっけ、爆発物を持ち込んだお客さんの特徴とか判らないんですか?」
リーネはいつものようにメモを取りながら適見の横に座った。
「ええ……!? 覚えてないですよそんなもん。どんな客が来てるかなんて、そもそも面倒臭すぎて覚えられないですよ……。というか覚えるの得意じゃないんですよ」
「利用者のリストとか、そう言った物も無いと?」
「うーん……最初はつけてたけど、爆発する度に消滅するから面倒くさくてもう付けてないですよ……」
「事件は爆発と共に葬り去られた……と。ふむふむ」
リーネは頻りにメモを取りながら話に傾聴していると、適見の耳に顔を近づけ、低いトーンで質問した。
「隠匿……してないですよね……?」
「ちょ……近っ……」
近寄るリーネから少し身を離すと、疲れた様子で答えた。
「生きるのに精一杯なのでそんなこと考えてないですよ……はやく帰りたい……」
勢いよく扉を開ける青年が、ギルドに駆け込んできた。
「ギルド長ォ!! 街が爆発性の自走するゴムボールで溢れています!!」
「はああぁ!? 今度はボールかよ、ってちょっと待て! 自走するゴムボールって聞いたこと無いぞ!!」
「ええぇぇぇえええ!!! これはスクープよ、それじゃあまたね!!」
リーネは目をキラキラと輝かせると、そのまま外へと出ていった。
「おい……」
ハーゲンは横にいる適見へと視線を向ける。
「……なによ、こっちを見て……」
「お前じゃないよな……?」
「……だから知らないってば……」
「ギルド長はやく……早くしないと!!!」
「わかったわかった。ちょっと様子を見てくるから、封印班と救護班に連絡しておいてくれ。ワシは後から行くと伝えておいてくれ」
「承知しました!」
――
適見とハーゲンは扉を開け外へ出ると、凄まじい光景が広がっていた。
カサカサとゴキブリにも似た足の生えたボールが、至る所を徘徊し、明滅が始まるとポンポンと破裂していく。
爆発……とまではいかなかったが、どこからともなく出現するこぶし大のボールは、所構わず破裂を繰り返すと、そのたびに液体が飛び散り、甘いバニラに似た匂いが広がっていく。
街では、悲鳴を上げ異形のボールから必死に逃げ惑う大人に混じって、幾人かの子どもたちが居た。
「くらえ! 稲妻シュートだ!!!」「汚ったねぇ! やったなー!!」
声を上げ楽しそうにボールを掴み放り投げる子ども。叩き付けたり、踏みつけたりする子も居た。その異常な状況にはしゃいでいる様子から、ある意味子どもの方が強いのかもしれないと思う適見であった。
そんな中、リーネがボールにまみれて元気にリポートをしている。時折張り付こうとするボールを、マイクで殴ったり、思いっきり蹴り飛ばしては、意気揚々とリポートしていた。
「……ここにも子どもっぽいのが居たか……」
そんな様子を見て第一声、思わず言葉がこぼれる。
青ざめた状態で固まっているハーゲンを横目に、自走するボールは適見の足元にも来た。適見は無造作にそのボールを掴み、じっと見ると、Madness(マッドネス:狂気)と表示されていた。
(あれ、ちょっとまて……この色、このデザイン……どこかで見たような気が……)
――
それは店にあったゴム製のボールであった。
田中さんが家族で尋ねてきたとき、息子さんが来る途中で「ボールを無くした」と言っていたので、「余ってるから持っていく?」と言い、渡したものである。
適見はボールを鑑定するなど考えたことも無かったので、適当にGladness(グラッドネス:喜び)と名付けた気になっていたのだが、実際はそうでは無かったようだ。
――「適当に付けるな、適当に付けろ」
ふと、親父の口癖が頭に浮かんだが、「私のじゃ無いし……良く分からないや……」と言い、掴んだボールをぽーんと捨てると、ハーゲンの顔に張り付いた。
「ぎゃああぁぁぁああ!!! 目が、目があぁぁぁ!!」
ギルド長たるハーゲンの顔にぴったりと張り付いたボールは、大人の力を持ってしても剥がせなかった。視界を奪われ悶絶するハーゲンは、地面を転げ回ることしか出来ず、両手でボールを抑え、引き剥がそうと必死である。
「ぺげぇぇえ!!!」
そして、そのままギルドの方に転がっていくと、柱に頭を打ち失神した。
「あ……、ハーゲンのボール……、破裂した……」
ぽつりと呟く適見。そのの背後からは、物々しい防護服を着た封印班が飛び出してきた。
「ほらほら、どけどけー!! 封印班のお通りだ!! ほら行くぞ、野郎ども!!!」
「うおぉぉぉぉおおお!!!」
封印班長「親を探せ! 増殖は“親ボール”が核だ! 行け行け行けぇぇい!!」
――――
――
「リーネさん、リーネさん!! そちらは大丈夫でしょうか!」
スタジオから田中家の畑に映像が切り替わった。リポーターのリーネは畑を背景にマイクを持ちクリップボードを持ちながら解説をしていた。
「はい、こちら報道リポーターのリーネです!! 今、封印班によって大元のボールが無事に封印され、終息したとの情報が入りました!!! 救護班も出動しており被害状況を確認しておりますが、今の所……。あっ、ちょっとまって下さい、今入った情報によりますと、ギルドから出てすぐのところで、1名が気絶しているとの事ですが、命に別状はないとのことです」
「リーネさん、ありがとうございました。特に大した被害もなく終息したようで良かったですね」
「そうですね、少々混乱が生じてしまいましたが、街が少々汚れる程度で済んだのは、やはりわたしの日ごろの行いという事でしょうか」
「いや……、それはあまり関係ないと思いますけど、ギルド長の仕事は増えそうですけどね……」
「と、いう訳で。今回のスポンサー様である、魔法ギルド・サザンクロスの方の協力を得て清掃に入っていくクエストが発生しました。腕に自信のある方はぜひサザンクロスの方までお越しください。それではっ!!!」
「はい、ありがとうございました。それではCM明けには、最近増えゆく詐欺商品特集についてです……」
――――
――
煌々と光る魔道TVを見て、今日も適見はぼやく。
「だる……。なんか面白い番組ないかな……」
――本人はまだ知らない、自分が付けた名が原因だという事を。