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海の中の木下君

怪談です。

苦手な方はブラウザバック願います。

 これは、私の大学時代のことです。

 夏休みに入ってすぐの、よく晴れた蒸し暑い日の夜でした。


 もう日が暮れて星空が見えてきた頃、一人の友人から連絡が来ました。


「悪いんだけど、2年生の木下君、2、3日前から行方がわからなくなっててさ……海に行ったって話があるんだけど、ちょっと浜辺のほう、見てきてくれない?」


 木下君は小太りで、陽気で本当なのか嘘なのかわからない笑い話をしてくれて、服屋さんでバイトするおしゃれな子です。

 いつも猫のようにフラッとひとりで出かける癖があって気がついたら戻ってくるような人だから、大げさに考える必要はない、とは思ったんです。

 でも、念のため様子を見に行くことにしました。


ーーー


 懐中電灯と携帯電話の明かりを頼りに浜辺を歩き、木下君を探しました。

 夜の海辺は、人も少なく、空気が妙にぬるくて重たかったのを覚えています。

 波が穏やかに打ち寄せては引いていく。

ひと気のない浜には、どこか日常とは違う空気が漂っていました。


 静かな浜辺なのに、なぜか、妙に騒がしいような感じがしました。

 おかしいですよね。見渡しても誰一人いないのに。

 そんな気持ちで浜辺を歩いていると、

 ふと、目の端に、何かが浮かんでいるのが見えました。


 淡い月の光で見えたそれは、最初は流木かなぁ、と思ったんです。

 でも、それは波に揺られながら、まるで回るようにして、こちらを向いたり背を向けたりしていて、流木にしては柔らかい動きをするのです。


 近づくにつれて、それが人の姿であることがわかって……


 こんな時間に海水浴? 


 そんなわけがない


 むしろ、海水浴であってほしい


 じわりと額や背中に浮かぶ汗や、蚊やぶよが気にならなくなるほど、私はそこだけをじっと見つめて、立ち尽くしてしまいました。


ーーー


 目を閉じて泳ぐ人は、服を着ていて、小さめのTシャツが肌に張り付き、息継ぎをせず、海に身を任せたまま、時折波で体がぐるぐると回っていました。


 懐中電灯を一番強い照度に変え、夜の海水浴をする人の顔に向けました。


 違ったら謝ればいいだけ


 はっきりと見えた顔は、ふっくらした頬や丸い輪郭で、凛々しい眉毛や閉じた目の雰囲気は、確かに木下君でした。


 私は助けなければと思い、急いで海に入りました。

 服を脱げばよかったと思うほどの重さに、幾分後悔し、木下君の手を掴みました。


 冷たくなった手はブヨブヨになっていて、少し気持ち悪さを感じると共に、そんなことを思う自分に嫌悪感を感じました。


 早く陸にあげて助けなきゃ。


 浜のそばまでくると、私の力ではなかなか陸に上げることはできません。

 自分の服と木下くんのちょっとダサいんじゃないかなと思うレベルの小さいサイズの服が水をしっかりと吸い込み、その上、体の重たい彼を海から上げるのは難しいのです。

 もう無理、とりあえず、波打ち際より海側だけど、ここで救助をしてもらおうと、木下君の体を置きました。

 真っ白な首を触りましたが脈は感じませんし、鼻や口の前に手を置きましたが、息を感じません。


 ああ、ダメだ


 いや、まだ間に合うかもしれないじゃない


 急がなきゃと私は携帯電話を取り出しました。

 最新の機種の携帯電話は、耐水性が強いのでベチャベチャになっていても、壊れることなく、画面のライトがつきました。

 一刻も早く助けに来てもらいたく、震える手を抑えながら119番を押そうと思いましたが、その瞬間、探すのを手伝って欲しいと言っていた友人から電話がかかって来ました。

 すると友人の第一声はあまりにも拍子抜けする声でした。


「木下君見つけたよ!

 今吉野家で一緒に牛丼食べてる。

 なんかさ、振られちゃって、学校休んでただけだって」


 一瞬、私は頭が真っ白になり、その声をしばらく理解できませんでした。


 じゃあ……目の前にいるのは……誰?


 私は、もう一度よく見直しました。

 確かに、さっきまではあんなに似ていると思った顔が、よく見ると……

 全然違っていたんです。


 顔立ちも、輪郭も、傷だらけの真っ白肌の色も。

 似ても似つかない。

 それなのに私は、あの顔を「小太りの木下君」と、心のどこかで決めつけていました。


 今さらのように、全身がぞわっと総毛立ちました。


 この遺体は、一体……誰なの?


 その時、沖から急に大きな波がひとつ……

 さっきまでとは明らかに違う強さで、私の足元を洗いました。


 海水と砂に足を取られて、体力を使い切りバランスを崩した私は、思わずしゃがみこむように転びました。


 そして次の瞬間……

 水の中から、何かが私の足首を掴んだように絡みついたのです。


 冷たく、ぬるりとしたものが、ぐっと力を込めて……

 私は息を呑んで、私は自分の足に視線を向けました。


 先ほどの死体の腕が私の足に絡みつき、恨めしそうに私を見つめる死に顔と目が合いました。

 私のすぐ目の前で、波に揺られながら……


 私の息が、止まりました。


 さっきとは明らかに違う表情でした。


 まるで何かを訴えるように、口をわずかに開き、眉間が寄っていた。

 濡れた髪が頬に貼りつき、白濁した目が、真っすぐにこちらを見ていました。


 声も出ず、私は砂と海に戻る水の中でもがきました。

 掴まれた足を振り払おうとしたけれど、重たく、離れなかった。


 大きな波がもう一度打ち寄せ、

 顔が、さらに近づいてきた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

怪談話をして、と無茶振りされた時に使っていただけたら幸いです。

また、評価をしていただいたり、感想を書いていただけると、次の作品の参考になりますので大変助かります。

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