その14
フランデブルグ伯は、残存艦隊を率いて帰国の途についていた。
出発の際、大使であるマルサス伯は見送りには来なかった。
それが全てを物語っているようだった。
(何もそこまであからさまにしなくてもいいのでは……)
フランデブルグ伯は、見渡す限りの大海原を見ながらそう思っていた。
まあ、実際は何も目に映っていなかったのではあるが……。
何度もそう思いながら、伯爵はふと考えた。
マルサス伯の立場だったら、自分だったらどうするかだ。
(自分だったら、そうしないかな……。
復活するかも知れないから、繋がりだけは保とうとするかな……?)
フランデブルグ伯は、そう考えていた。
だが、「……」が付いている事からも分かるとおり、断言は出来ていなかった。
いや、「?」によって、完全に打ち消していた。
復活する目がないからだ。
他人事のように、思っていたが、当然自分の事である。
その目を必死に探そうとせずに、諦めてしまったようだ。
問題は、本国に帰って、どれくらいの厳しい処分があるからだった。
だったら、エリオとの会談でもっと抵抗すれば良かったと思われるかも知れない。
それこそ、有り得ない事だった。
(あそこで、交渉が決裂していざ再戦になったら、間違いなく我が艦隊は壊滅の憂き目に遭っただろう……)
フランデブルグ伯は、そう考えただけで、起きているのに悪夢に襲われる気分になってきた。
再戦となった場合の状況としては、シーサク艦隊は司令官が不在。
それに対して、リンク艦隊は、ルオーラ子爵が現場にいる。
どう考えても、勝ち目がなかった。
仮に、自分が戻れた場合、その時はエリオもその場にいる事になる。
それは、前の状況より悪化する事はあっても改善する事は何一つなかった。
(どっちにしろ、詰んでいたんだ。
それならば、せめて、部下を巻き込まないだけでも良かったと思う事にしよう……)
フランデブルグ伯は、溜息交じりにそう結論付けたのだった。
フランデブルグ伯は、出世好きで色々と性格に難がある。
だが、少なくとも自分の出世の手伝いをしてくれる事になる部下達には寛大であった。
そうでないと、後々行き詰まる事を良く分かっていたからだ。
とは言え、結果的には、そう言う打算的な性格により、より多くの部下を救った事になる。
それをどう見るかは、見る人の見識に寄るのだろう。
「一体、どうすれば良かったのだろうか?」
フランデブルグ伯は、後ろにサズーの気配を感じて、そう愚痴をこぼした。
「閣下、後悔なさっているのでしょうか?」
落ち込んでいるフランデブルグ伯を見て、サズーはそう尋ねた。
「後悔はしているさ……」
フランデブルグ伯は、そうぶっちゃけた。
それが本音だという事は確かだろう。
「……」
ぶっちゃけられたサズーは、もう黙るしかなかった。
「とは言え、今回の件は、どうやったら回避できたのかなと思わない訳でもない」
フランデブルグ伯は、そう言った。
目には映っていないが、大海原をずっと見ていた。
それはともかく、この辺が、フランデブルグ伯が出世できた所以なのだろう。
自分の行動に意味付けをして、間違った事は修正する。
それによって、ここまでやって来たのだった。
とは言え、今回ばかりは、どうしようもなかった。
今回の任務を拒否する訳には行かなかった。
ワルデスク侯の傍で助言できれば良かったが、遠ざけるように別働隊にされてしまった。
他にも色々あるが、もうこの2点で、詰むのが見えていた。
「……」
サズーも伯爵と共通認識があったので、何も答えられなかった。
フランデブルグ伯は、何も言わないサズーの方を見た。
サズーは、何時にない深刻そうな表情だった。
「なあに、済んでしまった事だ。
今更、考えても仕方がない。
それよりも、今後の事だな」
フランデブルグ伯は、気持ちを切り替えるように言った。
と言うより、サズーに気を遣ったのかも知れない。
そんな伯爵の気持ちを察したのか、サズーはしゃんとした。
「軍本部としては、今回、最小限の被害に留めた事で、強くは言ってこないとは思います」
サズーは、自分の見識を口にした。
「まあ、純軍事的にはそうなんだろうけど、面子の問題だからな、これは……」
フランデブルグ伯は、溜息交じりにそう言った。
「……」
サズーは伯爵にそう言われてしまうと、何も反論が出来なかった。
確かにその通りだからだ。
そして、ラロスゼンロで失敗したヒンデス侯爵の事を思い浮かべていた。
「とは言え、純軍事的には何とか全滅せずに済んだから、そこは利用できるかも知れないな……」
フランデブルグ伯はそう考えると、少しは希望が持てるような気になってきた。




