その6
「2カ国に比して、我が国の艦艇数は32。
これで、大丈夫なのかしら?」
リ・リラは、エリオの方を見てそう言った。
「今回は、三つ巴にするのが目的ですから、問題ないでしょう」
エリオは、リ・リラの懸念にそう返した。
「とは言え、この機会に法国に恩を売っておきたいと思わない?」
リ・リラは、ニヤリとしていた。
本来、悪人顔になる所だが、微笑ましい笑顔にしか見えなかった。
(やれやれ、何を言っているんだか……)
エリオは、苦笑しながらも敢えて、すぐには答えなかった。
「何せ、法国に対しては、結構やらかしている人物がここには、いるのですからね」
リ・リラは、更にニヤリとしていた。
と同時に、陸軍府側から失笑が漏れていた。
「まあ、今回は戦うのが目的ではないので、西方艦隊の派遣で十分恩を売る事になるでしょう」
エリオは、やれやれ感満載なのだが、それを出さないように、極めて抑制的にそう応えた。
「まあ、確かに、事態をややこしくする必要はないですわね」
リ・リラは、話の流れをぶった切るように、1人で納得するように、腕組みをした。
当然、陸軍府側から再び失笑が漏れた。
「バルディオン王国側は兎も角、シーサク王国側はどなたが指揮を執るのでしょうか?」
リ・リラは、ふと思い付いた事を質問した。
無論、バルディオン王国側は、オーマが指揮するのは疑いがなかった。
「総司令にはワルデスク侯爵、副司令にはフランデブルグ伯爵という陣容です」
ライヒ子爵が、リ・リラの質問に答えた。
フランデブルグ伯爵は、ワタトラ攻防戦のシーサク側の指揮を執った人物である。
戦略目的をよく理解していた指揮官であった筈である。
それが、今回は、何故か、降格(?)されていた。
「その陣容は、危ういのではないでしょうか?」
リ・リラは、エリオに向かって質問した。
「確かに、前回の作戦を上手く遂行した人物を変えるのは不可解ですね」
エリオは、リ・リラの疑念に素直に同調した。
ワタトラ攻防戦の報告書は読んでいた。
オーマの戦い方より、フランデブルグ伯の戦い方に興味を持ったのは確かだった。
「ならば、シーサク王国は、戦闘をも辞さないという意気込みで来るのでは?」
リ・リラは、そう断言した。
こうなると、注目がエリオに俄然向いてくるのを感じざるを得なかった。
「陛下の仰る通りかと思います」
エリオは、リ・リラの懸念をあっさりと認めた。
リ・リラは、エリオの言葉を聞いて、更に言葉を続けようとしたが、
「しかしながら、その戦闘意思は我が国に向けられる物ではなく、バルディオン王国に向けられるものです」
と、エリオが先に発言した事により、遮られてしまった。
だが、リ・リラも負けじと、言い返そうとした時、
「なので、今回はこれで十分でしょう。
もし、戦闘状態に陥りそうになった場合、西方艦隊には即撤退するように厳命しています」
とエリオは更に発言し、リ・リラの懸念を完全に封じてしまった。
(まあ、俺が動きたくない訳ではなくはないのだが、今回は、あまり関わらない方がいい案件だと思う)
エリオは、リ・リラを封じてからそう思った。
外交戦の話が、何だか、内交戦の話になっていた。
それに対して、リ・リラは面白くないという表情をしていた。
(まあ、関わらない方がいいというエリオの意見は正しいと思うけど……)
実は、リ・リラもエリオと同じ事を感じていた。
とは言え、女王として、リーラン王国の利益を最大にする必要が彼女の責務でもあった。
(お祖母様もこんな風に感じていたのかしらね……)
リ・リラは、そう考えると、ラ・ライレの偉大さを思い知るのだった。
リ・リラが、口を開こうとした瞬間、
「しかし、クライセン公。
リーラン王国としては、これを機会に、なるべく多くの恩を売っておきたいと思わないのですか?」
と、リ・リラの意を汲んで口にしたのは、ラ・ミミだった。
王族としての年長者の役割を果たそうとしたのは、一目瞭然だった。
それと、リ・リラが言うと、エリオはどうしてもリ・リラを守ろうとして、過剰反応しそうだったのを見越しての事でもある。
ややこしくしない為の措置であった。
でも、まあ、一瞬の隙を突いたというか、本当に絶妙なタイミングでの発言だった。
この僅かな沈黙のタイミング以外に、発言しても無駄だという事を分かっていたのだろう。
流石である。
なので、エリオは、思わぬ人物からの発言だったので、唖然としてしまった。
「とは言え、陛下はそれでよろしいのでしょうか?」
ラ・ミミは、少し深刻そうな表情だった。
さっき言った事と真逆の事を思っている事は確かだった。
「問題がないようでしたら、それでいいと思っていますが、何か、お有りですか?叔母上」
リ・リラは、隣のラ・ミミに向き直りながらそう言った。
姪は、叔母の気持ちを察する事が出来なかったらしい。
「陛下が問題ないとお考えなら、特にはありません」
ラ・ミミは、何故か嘆かわしいといった感じだった。
叔母が自分から言っておいて、なんでそうなるのかが、リ・リラには見当が付かなかった。
と同時に、ロジオール公、クルス、ヤルスが同じような空気を醸し出していた。
エリオは、依然と唖然としたままだった。
ライヒ子爵は、海軍府側の人間なので、エリオと同様と言いたい所だが、どちらかと言うと、多数決側に引っ張られてた表情をしていた。
「クライセン公、多数決では、このような結果が出ましたが、どうなさいますか?」
ラ・ミミは、一同の表情を確認した上で、エリオに決断を促した。
「……」
エリオは、即答を避けて、一旦腕組みをして考え込んだ。
(子爵より公爵の方が、重みが違うと言った所なのだが……)
エリオは、そう思って、アスウェル男爵改めルオーラ子爵の姿を思い浮かべた。
(う~ん……)
エリオは、地位ではなく、人物を比べてしまった。
(まあ、それは置いといて、俺が出るメリットって何だ?)
エリオは、自分に視線が集まっているのを感じていた。
合理的に考えすぎであるエリオは、この辺の感覚が結構鈍い。
現状、総旗艦艦隊に付けられている新造艦隊は、練度の違いで連れて行く訳には行かない。
となると、4隻だけだ。
その数だと、西方艦隊の後に派遣するとしては、戦況に及ぼす影響はあまり大きくはない。
(政治的な役割が大きいという事かな……?)
まあ、そこまで鈍くはないエリオはそう思う事にした。
「畏まりました。
クライセン公エリオ、スワン島に向けて、出撃します」
エリオは、そう言って、決断を下した。