その17
まあ、それは兎も角として、エリオはリ・リラがいる部屋に通された。
案内の侍女の後を付いていくと、ベットに横たわっているリ・リラが見えてきた。
エリオは、それまで覚束ない足取りが急にしっかりした。
そして、案内の侍女の横を通り過ぎると、リ・リラの元に跪いた。
「どうやら、大丈夫そうだね」
エリオは、リ・リラに向かってそう言った。
リ・リラは、汗びっしょりでぐったりとしていた。
だが、エリオが傍に来ると、ニッコリと微笑んだ。
「何よ、その言い草は……」
リ・リラは、そう言うとエリオに手を差し伸べた。
エリオは喜怒哀楽が乏しく、気の利いた言葉を掛けられる人物である事は、リ・リラは良く知っていた。
なので、文句を言っているように見えていたが、きちんと自分を褒めて貰っている事を知っていた。
それが、手を差し伸べるという行為に現れていた。
「……」
エリオは、無言で差し伸べられたリ・リラの右手を両手でしっかりと握った。
「……」
リ・リラは黙っていて、安心しきった表情をしていた。
そんな2人の様子を見て、この場にいた女性陣は何とも歯痒い気持ちを一様に感じていたに違いない。
もっと、こう盛り上がる場面なのに、かなり静かである。
そう、もっと喜んでいい場面ではないかと!
まあ、エリオだし、その妻のリ・リラだし、こんなもんだろう。
そう感じているのは、本人達だけであった。
「あっ!」
侍女長のミーメイが、思い出したような声を上げた。
2人の雰囲気に呑まれていた事をミーメイ自身が自覚した瞬間だった。
そう雰囲気に呑まれている場合ではない、自分が今抱いている赤ん坊をエリオに見せなくてはならなかったのだ。
「公爵殿下、玉のような女の子ですよ」
ミーメイは、笑顔でそう言った。
まあ、若干、笑顔を作っていたのはこの際、どうでもいいか……。
という事で、ミーメイは、生まれたばかりの赤ん坊をエリオに披露した。
「……」
エリオは、目を見開いてその赤ん坊を繁々と見詰めた。
赤ん坊は、スヤスヤと寝ていた。
(泣き続けるものではないんだな……)
エリオは、不思議そうに我が子を見ていた。
エリオの心の中の声が聞こえたのか、赤ん坊はふと目を開けた。
すると、エリオとバッチリ目が合った。
そして、じっとエリオを見ていた。
「お抱きになりますか?」
ミーメイは、そう言うとエリオに赤ん坊を差し出してきた。
これは尋ねた訳ではなく、決まり事として聞いただけなのだろう。
「……」
エリオは、戸惑っていた。
まあ、エリオの性格ならそうだろう。
ただ、赤ん坊からは目が離せなかった。
そして、赤ん坊もエリオをジッと見ていた。
まるで、エリオが父親だという事が分かっている様子である。
「横向きに腕の中で寝かせるように抱いて下さい。
今、私がやっているように、お願いします」
ミーメイの口調は丁寧だが、エリオに対しての絶対的な指導であった。
エリオは、子供の頃にミーメイにもよく注意された事を思い出していた。
なので、ミーメイがやっているようにしっかりと腕を組んだ。
(緊張する……)
エリオは、我が子を迎える準備をした。
緊張しているのは、色々な事に対してである。
「首が据わっていないので、しっかりと支えられようにして下さい」
ミーメイはそう言いながら、赤ん坊をエリオに渡す準備をする為に、エリオの腕の上に持ってきた。
それに対して、エリオは力が入ってしまった。
まあ、仕方がない事だろう。
「それでは、お渡しします」
ミーメイがそう言うと、慎重にエリオに赤ん坊を預けた。
(あれ、意外に重い……)
エリオの腕には、赤ん坊の体重が乗ってきた。
重く感じたのは、命の重さなのだろう。
「!!!」
ミーメイは、上手く抱いているエリオに驚いていた。
意外でもあるが、まあ、何よりも安心した。
とは言え、エリオの方はこれで大丈夫なのかという表情で、ミーメイの出方を伺っていた。
それに対して、ミーメイは笑顔で頷いた。
(どうやら、大丈夫そうだ……)
エリオは安心すると、我が子を見た。
我が子の方は大物なのか、目を瞑って既に寝てしまっていた。
(ええっ、どういう事?)
エリオは驚きのあまり、固まっていた。
その様子をリ・リラは、幸せそうに眺めていたのだった。