その10
「閣下、シーサク艦隊が動き出したとの事です」
副官であるヘンデリックが、そう報告した。
「で、詳細は?」
総司令官であるオーマは、身じろぎせずにそう聞いた。
「どうやら、敵艦隊は二手に分かれているようです。
一方は東へ、もう一方は南へと進路を取っております」
ヘンデリックは、報告書を読み上げた。
「あまりいい動きではありませんな」
総参謀長であるヤーデンが、懸念を表明した。
報告を聞いて、直ぐに敵の意図を察したのだろう。
「ふぅー、こんな事になるのだったら、サラサに艦隊を率いさせるべくだったな」
オーマは溜息交じりにそう言ったが、明らかに怒気が混じっていた。
ただし、この話は、特使派遣に時の話である。
「……」
「……」
ヤーデンとヘンデリックは、オーマのあまりの言葉に呆然として互いに顔を見合わせた。
自分達の耳にした言葉が間違っているのではないかという風に思ったからだ。
お互いに顔を見合わせたと言う事は、互いに聞き取った言葉は間違いではない事を確認した。
当代一の提督と称されるオーマ。
サラサの事になると、勝手が違うらしい。
尤も、今回は、サラサが危機に陥った状態である。
平常運転とは行かないのだろう。
「そうすれば、敵を予め薙ぎ倒していっただろうに」
オーマは、2人が何も言わなかったのをいい事に、話を続けていた。
「ヘンデリック、もう少し詳しい報告を」
ヤーデンは、慌ててヘンデリックにそう命令した。
話が思わぬ方向に進んでいるからだ。
このままでは、どうなるか分かったもんではない。
ヤーデン自身は、国王に会う事により、頭が冷えていたが、オーマはそうでもなかった。
「東に向かってきている艦隊は、フランデブルグ伯が率いております。
南は、ワルデスク侯が率いております」
ヘンデリックは、慌てて報告したため、自分でも何を言っているのか分からなかった。
「ちぃ……」
オーマは、それに対して忌々しそうに舌打ちをするだけだった。
「しかし、今回は何故陣容を変えてきたのでしょうか?
前回は、あれだけ上手く戦ったというのに」
ヤーデンは、ワタトラ攻防戦を思い出しながら言った。
オーマが今考えている事から何とか切り替えて貰おうと必死さが伝わってきた。
とは言え、こう考える事自体、おかしな事ではなかった。
「動きを察するに、より好戦的な陣容を整えてきたと言う事だろう。
忌々しい」
オーマは、ぶっきら棒にそう答えた。
話を聞いていない訳ではなかった。
「どう対処なさいますか?
このままでは、退路を遮断される可能性もあります」
ヤーデンは、オーマが乗ってきたので、ここぞとばかりに質問を重ねた。
「今は、サラサとの合流が先だ。
全艦、現状を維持しつつ、こちらに向かってくるフランデブルグ艦隊に備えよ」
オーマは、的確にそう答えた。
態度はあれだが、考えるべき事は考えているようだ。
いつものオーマではないが、思考はいつものオーマなので、ヤーデンもヘンデリックも安心し始めていた。
「全艦、接近中の艦隊に対して反撃体制を取れ」
ヤーデンは、そう命令を下した。
ヘンデリックは、それに合わせて、伝令係に指示を出していた。
「スワン島沖で仕掛けてきますかね?」
ヤーデンは、ヘンデリックが指示を出しているのを見ながらそう尋ねた。
「ワタトラ攻防戦の時の感じだと、スワン島沖では仕掛けてはこない感じだが、何とも言えないな……」
オーマは、ようやく本来の姿に戻りつつあった。
とは言え、サラサとの合流を果たすまでは、油断できない。
「となると、問題は南側に行った方の艦隊ですな。
恐らく、進路を変えて、こう来ると思います」
ヤーデンは、地図上の駒を動かしながら、敵の動きを予想していた。
「……」
オーマはジッとそれを見ていた。
特に異論がなかったのもあるが、非常に不愉快に感じられたからだ。
「フランデブルグ艦隊はこうと……」
ヤーデンは、次にフランデブルグ艦隊の駒を自分達の艦隊に近付けた。
「……」
オーマはその配置を見て、表情が険しくなった。
頭の中では分かっていた事である。
だが、眼前にその風景の予想図を見せられると、状況が良くない事が一目瞭然だった。
それが、オーマ本来の思考が動き出す切っ掛けになった。
「ワルデスク艦隊に退路を遮断され、フランデブルグ艦隊に突かれる格好になりますね」
ヤーデンは、自分達の艦隊の駒を動かしながら、そして、フランデブルグ艦隊が追撃していくように駒を動かした。
半包囲網に陥っている自分の艦隊を見せ付けられた。
それと共に、北はスワン島なので容易に包囲網から中々抜け出せない事になっていた。
「サラサとの合流を果たした後、我が艦隊も2つに分ける。
第1艦隊は、フランデブルグ艦隊を牽制しつつ半包囲網に取り込まれないようにする。
第2艦隊は、現海域の離脱を最優先とする」
オーマは、次の段階の案を出し始めた。
漸くといった感じだった。
ヤーデンとヘンデリックは、やれやれと言った感じだったが、それをおくびにも出さなかった。
この流れは大事にしたい。
とは言え、本来ならば、こんな気遣いをしなくていい指揮官である。
それだけ、親バカなのだろう。
「そうなると、我が艦隊が敵中に孤立し、包囲殲滅の危機に陥るのでは?」
ヤーデンは、畳み掛ける(?)ように、そう尋ねた。
言葉の選択が間違っているように感じるが、ヤーデンにとっては正に畳み掛けていた。
ヤーデンは、第2艦隊の駒を埒外に置き、第1艦隊を敵艦隊で包囲するように駒を配置した。
「第2艦隊の行動が自由になった以上、後はどうにでもなるだろう」
オーマはそう言うと、第2艦隊の駒を敵の包囲網の周辺をヒョイヒョイと動かし始めた。
艦数は正確に言えば、47vs40。
ややシーサク艦隊が有利である。
とは言え、第2艦隊が包囲網の外に出ると、第1艦隊との挟撃が可能である。
そうなると、局所的に数的有利が作れる。
これは、シーサク艦隊にとってはかなりの脅威になる事は明白であった。
「……」
「……」
ヤーデンとヘンデリックは、無言でニヤリとした。
してやったりといった感じだろう。
何をしてやったのかは、まあ、野暮なので書かないでおこう。
「!!!」
2人の様子を察したオーマは、ムッとした。
だが、いつもの表情に直ぐに戻った。
「オッホン、兎に角、今後の作戦はこれでいく」
とオーマは咳払いをしてからそう言うと、
「サラサとの合流を急ぐように」
と司令官としての威厳を保とうとした。
「了解であります」
「了解であります」
ヤーデンとヘンデリックは、同時にそう言って、同時に敬礼した。