その6
「全艦に通達!
前のめりになりすぎ。
敵との距離を取るように」
サラサは、呆れた顔でそう命令を下した。
事前の打ち合わせでは、くれぐれも自重するように通達していた。
なのに、砲撃を続けているうちに、どうしても前のめりになりつつあった。
そうなる前に、サラサは戒めの命令を出したのだった。
「!!!」
フィルタは、調子よく事が進んでいたと思っていたので、慌てて伝令の指示を出した。
この時、当然事ながら自分の伝達ミスを疑っていた。
「全く、どうして、いつもこうなるのかなぁ……。
ホント、みんな戦いたがり……」
サラサは、本当に呆れた顔で、命令が伝達されていく事を確認していた。
「ほっ……」
それを見たフィルタは少し安心した。
自分の伝達ミスではなかった事を確信出来たからだ。
それとは裏腹に、サラサの言葉に流石のバンデリックも苦笑いを抑えられなかった。
これまで、フィルタの手前、能面を保っていたが、これは流石に保てなくなる。
(あんたのせいでしょうが!)
ただバンデリックは、口には出さずに心の声で抑え込んだ。
「???」
面食らったのは、サラサであった。
いつもなら、その表情になるとツッコミが入るのだが、それがなかった。
でも、自分の発言や態度が正当正論ではないと言われているのも同然だった。
(あたしのせい?)
サラサは、バンデリックが言葉にしなかったのに倣って、心の声にしていた。
「……」
それに対して、バンデリックは、無言で大きく何度も頷いていた。
流石に夫婦である。
相手が何を考えているか、分かってしまうのであった。
「!!!」
サラサは、バンデリックの態度にいきり立とうとした。
「敵艦隊の動きが思ったより鈍いです。
攻勢を掛けて、一気に決めますか?」
バンデリックは、ここぞというタイミングでサラサの機先を制した。
「!!!」
サラサの方は、バンデリックの問いに言葉を詰まらせた。
現在の作戦目的、そして、現在の状況、艦隊の士気や好みなどが頭の中を駆け巡っていた。
目的は膠着状態を作る事、現在の状況は敵艦隊が補給艦隊に気を遣って動きが鈍い事、そして、自艦隊は、士気はいつも高く、戦い好きである事。
そう考えると、必然的に今の状況になり、サラサが前に出るのを抑えるという形になる。
謂わば、この退屈な状況は、仕方がない状況なのである。
まあ、成るように成ったと言う事ですね。
ただ、その為には、雰囲気に流されない絶対的に冷静な指揮官が必要なのである。
それを一瞬で分からせるとは、流石にバンデリックである。
サラサの扱い方を熟知している。
「本来の目的を見失うな。
全艦、慎重に行動せよ」
サラサは、カチンと来ながらもバンデリックの正しさを認めて、命令を下した。
それを、フィルタが余す事なく、伝達していった。
それにより、艦隊の動きは完全に統一された。
これまでも乱れてた訳ではなかったが、命令の徹底化が更に進んだと行った感じである。
ドッカーン!!ドッカーン!!
バシャバシャ!
砲撃の応酬は続いているものの、互いの艦隊の周辺に砲弾が落ちるだけで、それ以上の進展がなかった。
だが、それも長くは続かなかった。
「6時報告に、敵艦隊を視認。
こちらに向かってきます」
フィルタが、風雲急を告げた。
この状況は、敵艦隊による挟撃という形であった。




