その5
苦労しているケイベル侯とは対照的に、サラサは生き生きとしていた。
正直言ってしまえば、南方艦隊は重しなのである。
それが、今のサラサの態度に如実に出ていた。
(やれやれ……)
バンデリックは、真面目な顔で呆れていた。
それは、やはり、フィルタへの配慮だった。
まあ、追々化けの皮がはがれて行くのは回避出来ないだろう。
バンデリック自身、それを食い止める方法を知らないし、する必要性もないと思っている。
ここは自然に任せ、フィルタ自身がそれを自分で気付くのが大事だと思っていた。
まあ、「何だ、それりゃ……」ですよね……。
そんな状況にも拘わらず、流石のサラサ艦隊である。
綺麗な陣形を保ちつつ、南南東へと進んでいった。
「閣下、12時の方向、敵第3艦隊と補給艦隊を視認」
フィルタは、そう報告した。
「うん、分かったわ」
サラサは、そう言うだけだった。
このまま行くと何の工夫もなく、正面衝突するのは明らかだった。
それはこれまでのマグロット沖海戦と同じ凡戦を繰り返す事になる。
確かに、激しい砲撃戦を行えば、サラサは満足するのかもしれない。
でも、まあ、それは大分前のサラサであり、今のサラサは違う筈である、たぶん……。
それは兎も角として、相手の方は何か仕掛けてくるかと警戒してきている。
その警戒度合いの高さが、ある意味、これまでの凡戦になっている原因なのだろう。
ただし、戦う水兵達はそれの方がいいのかも知れない。
この凡戦は、激しい砲撃戦ではない。
激しい砲撃戦ではないので、死傷者の数は明らかに少なかったからである。
命を的にすることに慣れているとは言え、無駄に死にたくないのは人情である。
そんな水兵達の思いを載せた海戦になっていた。
「全艦、砲撃準備」
サラサは、自分でも視認出来る位置で命令を下した。
フィルタはそれを伝令係に指示する。
バンデリックは、杖があるので、両腕は組めないが、杖を突いている左腕の肘に右手を乗せて、一応(?)腕を組んでいた。
まあ、静観のポーズである。
「全艦、砲撃準備完了!」
フィルタは、命令が行き渡ったことをサラサに告げた。
「よし、全艦、砲撃開始!」
サラサは、すぐに命令を下した。
「全艦、砲撃開始」
フィルタは、「あれ?」と思いながら、命令を復唱して、伝達した。
そう、いつもと違って、明らかに砲撃命令が早かったのである。
だが、そんな事はお構いなしに、命令は直ぐに実行された。
ドッカーン!!ドッカーン!!
砲撃音と共に、敵艦に砲弾が撃ち込まれた。
だが、遅れきたた砲撃音もあった。
その砲撃音は、第3艦隊からのものであった。
第3艦隊もまた遠くから砲撃を開始したのだった。
バッシャン、バッシャン……。
サラサ艦隊の前の水面が波しぶきを上げていた。
なので、脅威にはなっていない。
まあ、それはサラサ艦隊から放たれた砲弾も同じようなものである。
つまり、これは主導権争いである。
そして、砲撃戦が始まった事で、互いの艦隊の出足が鈍くなった。
この後、どういった推移を見せるのだろうか?
ドッカーン!!ドッカーン!!
とは言っているうちに、再び互いの艦隊が撃ち合った。
まだ、距離は遠いのであった。