その1
ウサス・バルディオン連合艦隊は、マグロット周辺の制海権の奪取には成功していた。
だが、これは一時的なものに過ぎないのは言うまでもなかった。
それは、マグロット沖海戦において、双方決め手を欠いたままに起因していた。
その結果、スヴィア艦隊をマグロットに押し込める事は成功したものの、ウサス・バルディオン連合艦隊はそれ以上の事が出来ないでいた。
つまり、スヴィア側の戦力が健在である以上、現在の制海権はどっちに転んでもおかしくはないのである。
また、強引に仕掛ける手もなくはなかった。
サラサ艦隊にはその能力はあるだろう。
だが、その際の損害を考えると、そんな事はしたくはないというのが、サラサの本音だろう。
これは、単なる手伝い戦。
ここで、名を挙げても、自分が勲章を貰えるだけで、何の益もないことはよく分かっていた。
なので、エリオ同様に、なるべく楽に事を運びたいと考えていた。
そして、その信念の元に行っているのが、現在の海上封鎖である。
これによって、これまで海上からの補給が途絶えたのだった。
スヴィア軍としては、直ちに影響が出る訳ではないが、只でさえ細い補給線である。
近いうちにその影響が出てくるのは否めなかった。
ただ残念なことがある。
補給線に関しては、ウサス・バルディオン連合艦隊も結構長いのである。
どっちもどっちと言った感じか?
「結構楽な方法かも知れないけど、意外と我慢比べになりそうね」
サラサは、艦の縁に体を預けていた。
でも、誰に話し掛けたのだろうか?
まあ、それはそれとして、その傍らにはフィアナがいた。
サラサを四六時中監視しており、朝昼晩は必ず、フィアナの問診を受けていた。
サラサは面倒な事だと思いながらも、自分だけの事ではないので、素直に従っていた。
とは言え、お腹が大きくなってきた自覚はあるものの、その他は何ら変わっていないと感じていた。
つわりは、どうやら軽い方で、時折込み上げてくるもののがあるが、直ぐに治まった。
なので、サラサなりに覚悟していた事は無駄になっていた。
その事をうっかり話した時、フィアナに烈火のように怒られたのは言うまでもなかった。
傍で見ていたバンデリックが、サラサがこれ程怒られるのを見た事がないと言った具合で、微笑ましく見ていた。
まあ、バンデリックもバンデリックである事は言うまでもないよね。
そのバンデリックであるが、今は席を外していた。
そして、フィルタもまた同じく席を外していたのだった。
2人同時にサラサのそばを離れているのは、バンデリックがサラサのいない所で、フィルタにアドバイスをしているのだろう。
サラサはそれを知っておきながら、特に気にする事はしなかった。
この辺はサラサが大人になった証拠であろう。
そんな中、噂のバンデリックとフィルタが、サラサ達の元に駆け付けてきた。
それを見たサラサは、縁に預けていた体を引き戻した。
「何事?」
サラサは、2人が到着すると同時に質問した。
とは言え、その表情は何が起きたのか不安であるという表情ではなかった。
明らかに状況の変化を予想している表情だった。
「スヴィア第3艦隊を発見。
補給艦隊を伴い、北上中との事です。
目標は、マグロットと思われます」
フィルタは、状況の変化を告げたのだった。
「そう、流石に先に動いたのね」
サラサは、やはり予定通りという表情でニヤリとしていた。
サラサの術中に嵌まったのだろう。
実に、いい性格をしている。
果たして、スヴィア艦隊は生き残れるのだろうか?
「これで、数的不利になりましたね」
バンデリックは、ニヤリとしているサラサに現実を突き付けるように言った。
帝国中央艦隊は、未だに戦場に到着していなかった。
「第3艦隊の総数は?」
サラサは、それでも冷静に質問をしてきた。
何か、策があるのだろう。
「25です」
フィルタは即答した。
「中央艦隊は?」
サラサは、更に質問を続けた。
「アマールを出港していますが、到着は第3艦隊の方が早いです」
フィルタはまたしても即答した。
副官の任に慣れてきたのだろう。
前より、緊張してはいないようだ。
サラサの人柄が分かったからだろうか?
「そう……」
サラサの方はそう言って、フィルタの答えを噛み締めている様子だった。