その13
「バルディオン艦隊を視認。
接近してきます」
スヴィア第4艦隊の副官サムサはそう報告した。
「はぁぁ……」
「はぁぁ……」
報告を聞いたベレス侯とロザムは小さく溜息を吐いた。
そして、2人は顔を見合わせた。
口には出さないが、明らかに厄介な物が来たといった感じだ。
とは言え、対応をしなくてはならない。
何もしなければ、好き勝手にやられる可能性が高いからだ。
だが、現在、南方艦隊と戦闘中である。
選択肢はないと言っても過言ではなかった。
対応しなくてはならないが、今は容易に動けない。
これは、かなりストレスが貯まる状況である。
困った……。
何の命令を下す事が出来ずに、時が流れた。
と言っても、何時間という時ではなかった。
「バルディオン艦隊、東方向に転進」
サムサは、2人にそう報告した。
「東!」
「東だと!」
ベレス侯とロザムの叫びは、シンクロしていた。
サラサが来援する事は予想しており、来援してくる方向も予想していた。
そして、その後の予想もしていた。
当然何パターンかは予め準備していた。
恐らく、その中の最悪の予想になった為の叫びなのだろう。
「!!!」
ベレス侯は、苦々しい表情をしていた。
「閣下、敵はどうやら本気でこの海域の制海権を取りに来てますな」
ロザムは、苦々しく思っている司令官に対して、現状を告げた。
これは、ベレス侯も分かっていると判断しての事であった。
つまり、サラサがまた碌でもない事を仕掛けた事になる。
「こちらも左舷方向に艦隊を移動したいが……」
ベレス侯は、更に苦々しくなっていた。
「はい、今は南方艦隊とがっちり組んでの砲撃戦です。
そんな事をしたら、餌食になりますね」
ロザムは、司令官が言いたい事を付け加えた。
現状では、そちら方向に移動するために、南方艦隊に不用意に近付かなくてはならない。
そうなると、討ち取って下さいと言っているようなものだった。
「となると、ロドリンゴ侯次第だな……」
ベレス侯は、サラサが目指している方向とは逆方向を見た。
そこには第2艦隊がいた。
そして、第4艦隊が動くのなら、そちら方向の方がより安全だった。
「はい、第2艦隊がどう動くかで、激戦にもなりかねないですな」
ロザムは、今度は司令官の心配事を口にした。
そして、
「サムサ、第2艦隊には、現状は伝わっているのだな」
とロザムは、確認を入れた。
「はい、きちんと伝えております。
催促した方がよろしいでしょうか?」
サムサは、ロザムの確認にそう応じた。
「閣下、如何なさいますか?」
ロザムは、司令官の意向を尋ねた。
この海戦の総司令官は第2艦隊のロドリンゴ侯であった。
しかも第4艦隊は動きたくても動けない状況である。
この後の事は、第2艦隊の行動に掛かっていた。
「迷っているのか、タイミングを伺っているのか……」
ベレス侯は、不吉な予感が頭をよぎっていたのは言うまでもなかった。
「……」
ロザムは司令官と同意見だったが、今回ばかりは何も言わなかった。
迷っていたら、最悪の状況である。
「バルディオン艦隊、進路を再び北に向けました」
サムサが、次の報告を入れてきた。
人間、ヤバいと思っていても動けない状況が間々ある。
今がその状況だった。




