その2
さて、一方のサラサ達である。
クラセックの商船に救出され、スワンウォーリア法国の法都ベロウへと移送されていた。
ベロウには各国の大使館が存在し、サラサとバンデリックは、当然、バルディオン王国の大使館に入った。
大使館に入る際に、揉めるかと思われたが、情報漏洩を完全に防いだ為に、それはならなかった。
その為、シーサク王国は、2人が大使館に入ってから、サラサの行方を知る事となる。
ベロウにおける各国の大使館は、大使館街を形成していた。
バルディオン王国とシーサク王国は、隣接している訳ではないが、通常と違う動きがあれば、当然察知できる距離にはある。
それが何であるかを確認している内に、シーサク王国にバレてしまったという事である。
その経緯を知ったシーサク王国は、法国やバルディオン王国だけではなく、リーラン王国にも抗議してきた。
そんな渦中の中にいるサラサは、大使館に入ってからほとんどバンデリックの傍にいた。
バンデリックは、クラセックに救出された時もそうだったが、現在も、起き上がれないでいた。
それほど、重傷を負っていたのだった。
まあ、マストが直撃したのだから、生きているだけ奇跡だとバンデリック本人は思っていた。
「傷は塞がりましたが、骨折が治った訳ではありません。
まだ安静が必要ですな」
バンデリックの診察を終えた医者がそう言った。
「はい、ありがとうございました」
バンデリックは、一応礼を言った。
礼節を弁えたからだ。
自分の体の事は、自分がよく分かっていると言った気持ちがあったので、そう言われる事は予想通りだった。
医者の方は、礼を言われたので、椅子から立ち上がろうとした。
「ところで、先生、左足の方はどうなんでしょうかね?」
バンデリックは、気になる事をズバリと聞いてみた。
まあ、これが初めてではないのだが……。
バンデリックは、ベットの中に一日中いる訳ではなかった。
用足しなどは、サラサの手を借りながら移動していたので、当然、足を使っていた。
その時、どうしても左足が何だか、上手く動かない気がしていた。
骨折のせいなのかも知れないが、どうにもこうにも、それだけではない気がしていた。
バンデリックの質問に、介護しているサラサは当然ながら表情を曇らせた。
意外とサバサバしているバンデリックとは対照的である。
この光景は、2人の性格をよく表したものでもあった。
医者の方は、中腰のまま、少し固まっていたが、気を取り直して、立ち上がった。
そして、呼吸と整えるように、溜息をついた。
「正直な所、私にも何とも言えません。
骨折が治ってからでないと、やはり、なんとも言えませんな」
医者は、言葉を選ぶように、慎重にそう言った。
希望的観測を基に言ってはいけない状況である事は、明白だった。
「そうですか……」
バンデリックは、どこか達観したような物言いだった。
「……」
サラサの方は、聞き流すという事は出来ないと言った表情で固まっていた。
……。
しばらく、重い沈黙が流れた。
「では、私はこれにて」
医者は、沈黙を破るようにそう言った。
そして、一礼してバンデリックの元を離れた。
「ああ、ありがとうございました」
バンデリックは、医者に向かって再び礼を言った。
と同時に、しょうもない質問をしてしまったというばつの悪さが残っていた。
医者の方も、医者の方で、ばつの悪さを隠せないまま、部屋の扉へと歩き出していた。
その後を2人の助手が追い、部屋の扉の前で追い越した。
そして、助手の1人が扉を開けた。
医者は、サラサに一礼をすると、そのまま部屋を出て行った。
サラサの方も、一礼すると、そのまま見送った。
2人の助手が、医者の後を追って部屋を出てると、扉が閉められた。
バタン……。
扉の閉められる音は小さかったが、やけに響いた感があった。
それは、重い雰囲気になる前触れだった。
「まあ、それはともかくとして、早く体を治す事ね」
サラサの口調は、意外にも冷静だった。
冷たく突き放すような感じを受けたが、バンデリックの方は、ある意味、安心した。
M寄り(?)のバンデリックは、自分はまだ必要にされている気になったからだ。
因みに、(?)には特に大きな意味はないと思います。
「そうですね。
そうしたいと思います」
バンデリックは、サラサの言葉に素直に従った。
「……」
サラサは、バンデリックの気持ちを察した為、何も言わず、微笑んだ。
年頃らしい、可愛い笑顔だった。
それを見て、バンデリックも気持ちが和らいだ。
「あ、でも、骨折って、どうすれば早く治るのでしょうかね?」
バンデリックは、そう口に出してから、しょうもない事を言ってしまったと思った。
「まあ、気合いでしょうね」
サラサは、極めて真面目な表情でそう言った。
こう言う時のサラサは、茶目っ気を見せたのか、本当に真面目に言っているのか、バンデリックでも分からないでいた。