その5
「フィアナ、あなたにはサラサ様の専属になって頂きます」
挨拶が終わった途端、マリザはそう言い放った。
手に余った仕事を部下に押しつける。
所謂パワハラってヤツだ。
「畏まりました」
フィアナは即答していた。
状況が分かっているのだろうか?
そう思ったのは、サラサとマリザだった。
それに加えて、サラサには一抹の不安ではなく、大きな不安があった。
言うまでもなく、産婆にしては年が若すぎることである。
「あっ、いえ、何故私に……?」
フィアナは妙な雰囲気になったので、状況が理解できたのか、不安な表情でそう言った。
明らかにワンテンポ遅いのだが……。
(大丈夫なのかしら、この娘……)
サラサは口には出さなかったが、さっきから表情には出ていた。
腕がどうという前に、何かを感じたからだ。
「大丈夫です、サラサ様。
フィアナは、まだ若いですが、経験はかなりあります。
7歳から修行を始め、12歳には現場に出てますから」
マリザは、不安そうにしているサラサに向かって、そう太鼓判を押した。
「はぁ……」
今度は珍しく、サラサが戸惑っていた。
とは言え、面倒だからと言って、適当な人間に任せた訳ではなさそうだった。
なので、サラサはじっくりとフィアナを観察することになった。
(あたしと同じって事か……)
サラサは、フィアナを見ながら強い関心を持ったようだった。
……。
当然訪れる沈黙。
それに耐えられる若い娘は多くはないだろう。
「伯爵閣下、院長、私には荷が重すぎると思います」
フィアナは、戸惑いながらもはっきりとそう言った。
謙遜している訳ではなく、本当にそう思っているようだった。
ま、ここで、事の重大性を認識したということだろう。
その感じ方は、後に正しいと証明されるのだった。
「ふむ……」
サラサは頷きながら、表情が一変した。
そう不適な笑みを浮かべたのだった。
「立ち入ったことを聞くようだけど、あなたは何故この仕事を選んだの?」
サラサはそう聞いた。
断られて、フィアナに更に興味を持ったことは明らかだった。
彼女もサラサの犠牲者になるのだろうか?
「……」
フィアナは即答せずに、マリザの方を見た。
それは、確認の為だった。
それに対して、マリザは和やかに頷いた。
「親の影響です……」
フィアナは正直に答えたが、短かったのは不安の表れでもあった。
いや、慎重さからかも知れない。
ま、両方か……。
「くすっ……」
サラサは、自分の事を重ね合わせて微笑んだ。
「!!!」
フィアナは、ドキッとしたのは言うまでもなかった。
勿論、恋のときめきではない。
「それにしても、随分と早くからやっているのね?」
サラサは自分もそうだったので、親近感を覚えたのだろう。
軽い気持ちでそう聞いてしまった。
「両親を亡くしましたし、弟と妹がいましたから」
フィアナは、意外とあっさりとそう答えた。
褒められたと思い、それを訂正したのだった。
「ごめんなさい……、余計な事を聞いてしまったわね」
サラサの方は思わぬ答えに、自分の軽率さを恥じたのだった。
「あっ、いえ、お気になさらないでください。
只の事実ですから」
フィアナは、自分の事よりサラサの方を気遣った。
(ああ、成る程!)
サラサは、フィアナの態度を見て、マリザが何故この娘を推薦したのか、納得したのだった。