その2
帝国からの援軍要請の前、サラサの身に変化が訪れていた。
まあ、察しのいい人ならもうお分かりだろう。
そんな中、サラサは産婆の元を訪れていた。
バンデリックは、付き添いで来ていたのだが、部屋には入れなかった。
男子禁制という事である。
なので、不安そうに部屋の前で待っていた。
オロオロしながら部屋の前を彷徨きたいのだが、生憎それが出来る体ではなかった。
それも合わせて、もどかしさを感じていた。
「なりません、サラサ様!」
部屋からは、廊下まで響き渡る怒号が聞こえてきた。
年配女性の声で、産婆の声であった。
彼女の名前はマリザ、還暦はとうに過ぎており、サラサを取り上げていた。
その分野で、サラサが最も信頼する人物である。
まあ、それはそれとして、その怒号にバンデリックが更にオロオロしていた。
中に入れない以上、その場で、そうするしかなかった。
動けないので、手がオロオロしていた。
「先ずは落ち付きましょうか、マリザ」
サラサは、部屋の中でマリザにそう声を掛けていた。
サラサとマリザは、テーブルを挟んで向かい側のソファに腰掛けていた。
最初は穏やかな会談だったが、怪談へと変わっていった。
この会談は、快談とは行かないようだ。
因みに、サラサの目指しているのは、解談である。
だが、今にも壊談しそうである。
「落ち付いてなどいられますか!産婆としては、絶対に反対です!」
マリザの反応は、更にヒートアップしていた。
まあ、そう言われたら、そうなるよなと言う典型例だろう。
マリザにとっては、喧嘩を売っておいて、落ち付けとはどういう事なのか!という事なのだろう。
「う~ん、反対と言われても、決まった事だからねぇ……」
サラサは、マリザを落ち付かせる事を諦めたようだった。
だが、燃料投下をするのを忘れなかったようだ。
本人には、全くその気が無い所が救い難い所だが……。
「サラサ様!」
マリザは頭に来すぎていて、それ以上の言葉が出てこなかった。
還暦過ぎた女性をここまで怒らせるのは、かなりの才能である。
とは言え、サラサは別に間違った事を言っていないという確信があったので、全く動じてはいなかった。
「だから、決まった事なんだって……」
サラサは、2度繰り返した。
でも、まあ、お気付きかと思われるが、まだ何も決まっていないのである。
そう、まだ援軍要請が来ていないし、その援軍にサラサが出張るという命令も受けていなかった。
とは言え、だからと言って呑気に構えてはいられない状況である。
上がってきた情報を精査すると、と言うより、精査するまでもなく、そうなる事は予想が出来ていた。
「はぁぁ……」
マリザは2度の挑発を受けて、力が抜けたように大きな溜息を吐いた。
これ、無駄じゃねぇって気付いたのだろう。
キョトンとして、次の言葉を待っているサラサを見ていると、そう思わざるを得なかった。
「サラサ様、現在の御自分の体の事、認識出来てますか?」
マリザは、そう尋ねざるを得なかった。
それぐらい間の抜けた状況だと感じられたのだった。
「ええっと、馬鹿にされている事ぐらいは分かっているつもりだけど……」
サラサは、呆れ顔のマリザにそう答えた。
(いや、馬鹿にしているのでは無く、呆れているのですけど……)
マリザは、そうツッコめない程、気力が削がれていた。
この辺の破壊力は流石である。
「ご懐妊なさっている自覚はありますかと伺っているのです」
マリザは、何とか不機嫌そうにそう言った。
「あるから、ここに来ているのだけど……」
サラサは、首を傾げていた。
話が進まない……。
やはり、バンデリックがいないと、上手くコミュニケーションが取れないのだろうか?
そして、そのバンデリックは、部屋の入口でハラハラドキドキしていたのだった。
中の様子は、よく分からなかったのだった……。