その1
太陽暦537年4月、ラロスゼンロ攻防戦が開始されたと同時に、マグロット攻防戦も本格化の動きが見えてきた。
「ふん、いい性格をなさっているな、大公殿下は」
マイラック公爵が、フレックスシス大公から送られてきた書簡を読み終わった時にそう言った。
公爵がいるのは、ウサス帝国の都市ミュラドラ。
マグロットが帝国領だった頃は、この都市は、後詰めの役割だったが、現在は最前線の都市である。
現在、公爵は軍議に参加しており、戦況の報告を一通り受けた所に、大公からの書簡が届いた格好になっていた。
「大公殿下は何と?」
総参謀長のウドベリ伯爵が、公爵に尋ねた。
「ラロスゼンロで戦端が開かれたから、マグロットに対して、本格的に攻勢を仕掛けるようにと。
バルディオン王国へ援軍の要請もしているとの事だ」
マイラック公爵は呆れたような表情で言いながら、書簡を尋ねてきたウドベリ伯爵に渡した。
(成る程、手が塞がった時に、仕掛けるという事か……)
ウドベリ伯爵は、受け取った書簡を読みながらそう思った。
その隣にいたミュラドラ城主のスベリア伯爵も、同調したように不敵な笑いを浮かべていた。
ウドベリ伯は、読み終わった書簡をスベリア伯に渡した。
マイラック公は、その様子をジッと見ていた。
読み終わるのを待っているのだろう。
現在、軍議に参加していて、爵位を持っているのはこの3人。
取りあえずは、書簡の内容の共有できたところで、話を進める気なのだろう。
「で、閣下、我らはどう動きますか?」
スベリア伯が書簡を読み終えると、顔を上げてそう尋ねてきた。
手元の書簡を丁寧に折りたたみ直していた。
「まあ、言われた通り、動く予定ではあるが、直ぐ動く訳には行かないよな」
マイラック公は、豪快に笑いながらそう言った。
それに対して、2人の伯爵は、力なく笑う他無かった。
そんな事は分かっているし、笑えない冗談だったからだ。
マイラック公はその様子を見て、滑って事を思い知らされた。
「バルディオン王国からの援軍に合わせて、周辺4都市のエメン、シマラア、アハムラーラ、ベレシズからも援軍を募る。
兵力が集結してから、一気にという事になるな」
マイラック公は、真面目な表情でそう言う他なかった。
これは、規定通りの戦略だった。
「海軍の方はどうなりますか?」
ウドベリ伯は、確認を入れた。
「南方艦隊とバルディオン王国第2艦隊が主戦力になる。
中央艦隊は、後詰めという事だな」
マイラック公は、ウドベリ伯の確認に対してそう答えた。
「バルディオン王国の第2艦隊は、駆け付けられるのでしょうか?」
今度は、スベリア伯が不安要素の確認をした。
「シーサク海軍が動いていない以上、大丈夫だろう。
クライセン公にこっぴどくやられて以降、動けないようだ」
マイラック公は、ニヤリとした。
とは言え、これは、帝国の方もやられた話である。
ただ、こちらの場合、北方艦隊の再編成には何とか成功している。
遠征こそは出来ないが、北方警備が出来るくらいまでは回復していた。
この戦いには、出てこないので3人ともそれには触れないでいた。
「となると、現状は、今の攻撃を続けつつ、戦力集結を待つという事ですな」
ウドベリ伯は、まとめるようにそう言った。
だが、隣のスベリア伯が気になるようで、視線を送った。
「そうだ。
スベリア伯と、現在、前線に出ているリーラック伯には負担を掛ける事になるがな」
マイラック公は、気遣いようにそう言った。
「いえ、それはお気になさらないで下さい。
敵の正規軍とまともに戦っている訳ではありませんので、余力が大分あります。
恐らく、リーラック伯がこの場にいても同じ事を申し上げると思います」
スベリア伯が、そう答えた。
リーラック伯は、前マグロット城主であり、スベリア伯と交代で、前線に出ていた。
「リーラック伯には、済まない事をしたと思う。
マグロットを放棄させたしな……」
マイラック公は、その時の無念さを思い出していた。
そして、それを、自分以上にリーラック伯が感じている事を知っていた。
「何より殿下の命令でしたし、有為な人材を簡単に失わない為にも仕方なかったのでは?」
ウドベリ伯は、そうフォローした。
「そうですな。
だが、それによって、こうした機会を得られたのです。
一時は屈辱にまみれても、結果的には良いものになるでしょう」
スベリア伯も、フォローした。
マイラック公は、それを聞いてゆっくりと頷くのだった。