その16
ロンデリックは、エルドラン侯に呼び出されていた。
(直々に呼び出されるとなるとな……)
ロンデリックは、エルドラン侯の執務室に向かって歩きながら、碌でもない事を予想していた。
そう思いながらも行かない訳には行かなかったので、仕方なく、執務室の前まで来た。
扉番の兵達が、ロンデリックに敬礼した。
ロンデリックが、答礼すると、扉番の兵の1人が、扉をノックした。
「ロンデリック中佐が、お見えになりました」
ノックの後に、兵は直ぐにそう中に告げた。
すると、直ぐに中から扉が開かれた。
それを見たロンデリックは、悪い予感しかしなかった。
「どうぞ」
開けた人間に、招かれたロンデリックは、部屋の中へと入っていった。
中に入ると、ロンデリックは執務室の中で座っているエルドラン侯に敬礼した。
「ロンデリック中佐、参りました」
ロンデリックは、敬礼したままそう言った。
「ご苦労様」
エルドラン侯はそう言うと、答礼した。
そして、直ぐに答礼を解いた。
その後はお決まりの手順で、階級順に答礼を解き、その後、ロンデリックが敬礼を解いた。
(妙な空気だな……)
ロンデリックは、部屋に入った時からそのように感じていた。
3兄弟の次男という立場故に、空気感には敏感だった。
この時、既に、シーサク・スヴィア両軍は終結を完了しており、ラロスゼンロへの侵攻は時間の問題だった。
その為に、緊張していたが、どうもそれだけではないようだった。
この戦いは数的に不利である。
その為、悲壮感が……、という訳でもなかった。
(こう、何か、秘策みたいなものがあるのかな?)
ロンデリックは、言い知れない何かを感じ取っていた。
そうした場合、碌でもないというのが相場では決まっていた。
「ロンデリック中佐、貴官に命じる。
制湖権を取るために、湖用戦列艦建造のための施設改修の責任者として指揮を執るように」
エルドラン侯は、前置きをせずに、いきなり命令を発した。
「!!!」
ロンデリックは、当然何を言われているのか、理解出来なかった。
そんなロンデリックを他所に、エルドラン侯の副官から辞令を渡された。
『ドック改修の責任者に任命す』
辞令には無機質にそう書いてあるだけだった。
それを見たロンデリックは、益々訳が分からなかった。
と同時に、エルドラン侯の逸る気持ちがある事を察した。
(この後、説明があるのだろう……)
ロンデリックはそう感じると、比較的冷静に事の推移を待つ事にした。
「中佐、貴官もルディラン家の一族なら、この戦い、制湖権を握った方が圧倒的な有利になる事は分かるだろう」
エルドラン侯は、高説を始めるのだった。
「はい……」
ロンデリックは、訝しがりながらもエルドラン侯の言葉を肯定した。
それは、考える必要性のない事だったからだ。
「その為に、湖用の小型な戦列艦を建造するドックが必要である。
その為に、貴官には現状のドックを改修して貰う」
エルドラン侯は、説明を続けた。
だが、どうにも同じ事を繰り返していだけのような感じである。
「……」
ロンデリックは、直ぐに返事をする事を避けた。
そして、辞令書に再び目を落として、現状を理解する事に心掛けた。
不服という態度ではなく、あくまでも自分の理解が及んでいないと言った雰囲気を醸し出していた。
(どえらい事を考えてきたな……。
これは、ルディラン侯のお考えだろうか……?)
ロンデリックは、どういう状況でそうなったのかを理解しようとしていた。
既に、この時、制湖権に関しては理解していた。
そして、この妙な雰囲気がこの事に起因している事も、完全に理解したのだった。