その3
「我が国の市民の事です」
グラリッチは、諦めたような表情でそう言った。
より有利な条件を引き出そうと画策していたが、これ以上は無駄だと判断したのだろう。
その判断は正しい。
が、それに至った過程は完全に間違っていると思われた。
だが、しかし、こう言う事は往々にしてある事である。
なので、気にしないで話を続けよう事にしよう。
一々突っ込んでいると、話が脱線しすぎて何が何やら分からなくなる。
「……」
エリオは、まだ分かっていなかった。
そこに、シャルスから一枚の紙を渡された。
エリオは、それを見ると、どういう話をしているかを思い出した、いや、初めて分かったようだった。
シャルスは有能である。
「報告によると、船の幹部クラスは全員死亡、生き残りは一般船員のみとなっていますね」
エリオは、やれやれ感を伴いながら、そう言った。
確かに死者は出たが、船長ボーリック、事務長キヘイは生存している。
と言う事は、船側の申告は嘘という事になる。
が、それを確かめる手段はない……、と言いたい所だが、嘘だと分かった上で、申告を受理していた。
「その通りでございます」
グラリッチは、いけしゃあしゃあとそう言った。
漸く、交渉しているという雰囲気になった。
「……」
エリオは、呆れたが何も言わなかった。
妙に感心してしまったからかも知れない。
と同時に、自分から何か言う必要性も感じてはいなかった。
(こちらの嘘を見抜いているようだな、それでも動じないか……。
流石だな)
グラリッチはエリオの反応を見て、そう感じていた。
とは言え、エリオのやれやれしているのと、呆れているのとの区別が単に付いていないだけかも知れない。
あれ?そうだとしても、駆け引きしている訳ではないと思う。
だが、グラリッチはそう思っていないようなので、まあいいか……。
「閣下には、その一般市民の身柄返還にご協力願いたいのです」
グラリッチがそう言うと、トピーズと共に頭を下げた。
エリオは、それに対して困惑した表情になった。
(ん?このお願いは予測できた事では?)
マイルスターは、エリオに困惑していた。
そして、顔を上げたグラリッチとトピーズは直ぐに答えが返ってこなかったので、探るようにエリオを見ていた。
誰もが、エリオの答えを待っている状況になった。
「その件に関しては、教会が判断する事です。
そして、その判断はあなた方もご存知ですよね」
エリオは、どういう意図で頼んできたのかと勘ぐっていたのだった。
「はい、教会の決定は聞いております。
しかしながら、未だにそれがなされておりません。
事がスムーズに進むために、ご助力を願いたいのです」
グラリッチは、そう返答してきた。
(ここで、俺が『はい、分かりました』と言うとでも思っているのかな?)
エリオは、益々この2人を勘ぐってしまうのだった。
どう見ても、2人は手練れの商人である。
しかも情報担当である。
そう考えると、不自然さが際立ってくる。
「ご助力も何も、我が国は、教会の意向を支持しておりますよ」
エリオは、2人をよくよく観察しながらそう言った。
「それはありがとうございます。
心強いです」
グラリッチは、再び頭を下げながらそう言った。
「……」
エリオは、再び当惑した。
表情は、元々間抜け……、いや、それはいいとして、そういう表情なので、表情からは読み取れないだろう。
少なくとも、虚名が大きく一人歩きしているので、初見では見分けが付かないだろう。
それが出来たら、変態である。
まあ、それはともかくとして、エリオが当惑したのは、普通ならここで更に押してくる場面だからだ。
(手強いな……)
マイルスターは、闇雲に突っ込んでこないやり取りを見ていてそういった感想を持った。
……。
そして、お互いが黙った為、沈黙が訪れていた。