その26
コンコン……。
「伯爵閣下、至急との事です」
サラサの執務室の扉の向こうから、ノック音の後、声が掛けられた。
至急と言っている割には、落ち付いた声だったので、敵襲ではないことは明らかだった。
まあ、サラサは、そう感じていないかもしれないが……。
「どうぞ」
サラサは、扉の向こう側に声を掛けた。
キリリとしているが、内心は明らかだった。
きぃぃ……。
扉が開く音がして、伝達係が入ってきた。
そして、入口付近で立ち止まり、敬礼してきた。
それに対して、バンデリックとサラサは答礼した。
答礼された伝達係は、2人が手を下ろすのを見て、敬礼を解いた。
「ワタトラ伯サラサ閣下、国防委員会の招請です。
直ちにお越し下さい」
伝達係はそう告げた後、サラサの前に進み出た。
そして、一枚の紙を恭しく渡した。
「……」
サラサは、その紙を無言で確認した。
それは辞令書だった。
『辞令
ワタトラ伯爵サラサを国防委員会の常任委員に任命す』
それには、6人の侯爵の名前と、国王が署名していた。
サラサはそれを見て、一気に暗澹たる思いに駆られた。
が、表情には全く出さなかった。
「承知しました。
直ぐに、伺いますとお伝えください」
サラサは、無表情のまま伝達係にそう言った。
「畏まりました」
伝達係は、サラサの言葉にそう応えると、姿勢を正して再び敬礼した。
サラサとバンデリックは、それに対して答礼した。
伝達係は一連の儀式が終わると、部屋を出て行ったのだった。
ばたん……。
扉が閉まると、しばらくは、沈黙が訪れた。
だが、それは長く続かなかった。
「はぁぁ……」
サラサが、大きな溜息を漏らしたからだ。
「いきなり、そんな大きな溜息を吐かなくても……」
バンデリックは、予想通りの反応に呆れていた。
「バンデリック、あなた、他人事のように思っているようだけど、これは確実にあなたの仕事も増えるという事よ」
サラサは、バンデリックを脳天気だと思いながらそう言った。
「まあ、権限が増える訳だし、それは当然だよね」
バンデリックは、更に呆れていた。
「果たして、そうかしらねぇ……」
サラサは、バンデリックの脳天気さに呆れていた。
「……」
バンデリックは、サラサの懸念が分からない訳ではなかった。
だが、黙っていた。
要するに、雑用はさせても権限は与えないという事を懸念しているのだろう。
(果たしてそうなんだろうか?
委員でない今も雑用は回ってきている訳だし……)
バンデリックの方は、決して脳天気に考えていた訳ではなさそうだった。
と言うのも、そんなことをするぐらいなら端っから委員にはしないだろうという考えだった。
「何にせよ、もう少し、揉めると思っていたんだけど……」
サラサは、話に乗ってこないバンデリックを他所に、ぼやき始めていた。
「……」
バンデリックは、再び呆れてしまった。
そして、もう何も言わなかった。
「とは言え、こうなってしまった以上、どうしようもないわね……」
サラサは、やれやれ感満載だが、諦めてはいたようだ。
それを見て、バンデリックの方もやれやれと感じていた。
「それはそうと、早く行かないと!」
バンデリックは、サラサに注意を促した。
「それもそうね。
印象は元々悪いでしょうけど、これ以上悪くする必要もないわね」
サラサはそう言うと、自分の席から扉の方へ歩き出した。
(また、そんな事、言って……)
バンデリックは、憎まれ口を叩いているサラサに呆れながらも、先回りして扉を開けた。
サラサは、そのまま部屋を出て、バンデリックと共に国防委員会に出席するのだった。




