その9
「しかし、リーメイにお相手がいないというのは意外だったな……」
エリオは、ホッとしながらそう言った。
呑気なものである。
「殿下、状況をお分かりでしょうか?」
シャルスは、エリオに文字通り詰め寄った。
そう、扉から一気にエリオの執務机の前に移動したのだった。
「へぇ?」
エリオは、シャルスが切羽詰まっているのを見て、間抜けな声を上げた。
まあ、普通は驚く所なのだが……、こうなるようね。
「私が申し上げては何ですが、殿下、リーメイが相手を探す暇なんてあったのでしょうか?」
シャルスはやれやれと言った感じだが、珍しく真剣に言った。
それだけでも、エリオは緊急事態以上の事が起きている事を悟った。
「うっ……」
エリオは危機意識が芽生えると同時に、これまでの自分の行動を鑑みて、言葉が出てこなかった。
4人組のボスに大きな負担を強いていたのは、間違いなかった。
それも、予想以上の負担である。
「ただでさえ、リーメイは一族内では高嶺の花扱いです。
出会いがなければ、いくら何でも無理な話です」
シャルスも自分の責任を感じているようだった。
リーメイはシャルスの従妹に当たる。
この2人は、惣領家の傍流であり、一族内では血筋的にはかなり良いのである。
そう言う事で、2人の母親は女王の乳母、惣領の乳母に就いているのであった。
「相手いるかな……?」
流石のエリオも事態解決が困難すぎる事を察していた。
と言うのは、再従兄弟であるティセル男爵マキオ、アトニント男爵サキオは既に結婚していた。
リーメイの相手としては、そのクラスとまでも行かなくてもその付近の地位に就いていないとバランス的に難しい。
例外はあるが、リーメイがこれという相手がいるのならまあ、惣領権限で何とかなる。
だが、しかし、その相手を見付ける時間をエリオ達は与える事が出来なかったのである。
そう、惣領が紹介するとなると、それなりの地位にいる人物という事になる。
(そもそも自分の事すら満足に出来なかった俺が、この任務、果たせるのか……?)
エリオは、自分のレベルはきちんと把握しているようだった。
何の解決にもなりはしないが……。
「何が何でも見付けないと行けません。
じゃないと、うちの母親だけではなく、伯母も乗り込んでくるでしょう……」
シャルスは、この世の終わりだという表情をしていた。
「……」
そのシャルスの表情を見たエリオは、同じ顔をして絶句する他なかった。
想像するまでもなく、それは地獄だった。
「……」
エリオが絶句してしまったので、シャルスも絶句する他なかった。
しばらく、重い重い空気が2人を押しつぶしていた。
「俺の全業務を止めるぞ……」
エリオは、ボソッとそう呟いた。
「はっ!!」
シャルスはエリオの呟きに敏感に反応し、最敬礼した。
それを見たエリオは腹を決めた。
「まずは、一族の名簿の精査から始める!
めぼしい人員をピックアップしていくぞ!」
エリオは、戦闘開始を号令した。
その声は、今までで一番大きな声だったろう。
「了解いたしました!」
シャルスは、それに直立不動で応えた。
この声も、今まで一番大きな声であった。
傍に他人がいると、完全に引くであろう。
だが、2人は真剣だった。
それは、自分の保身の為ではあったが、何よりも自分達のボスの為であった。