その16
「失礼ながら、それはないと思います」
サラサは、あっさりとシルフィラン侯の懸念を否定してしまった。
「何故、そう思うのだ?」
シルフィラン侯は、ちょっと向きになってきたようだ。
表面上は変わらずに冷徹さを貫いてはいたのだが、こうもあっさりと否定されるとこういう反応になるのだろう。
「先程も申し上げましたが、彼は合理主義者です」
サラサは、はっきりと意見を言っていいのかを確認するかのように、シルフィラン侯の顔色を窺った。
(ちゃんと空気は読むんだな、感心感心!)
バンデリックは、傍らでそう思っていた。
だが、急に姿勢を正した。
こちらを見てはいないが、明らかにサラサに睨まれたからだ。
以心伝心である。
ちょっと違う?
まあ、それはそれとして、シルフィラン侯の方は、サラサの心配とは逆に次の言葉を待っているようだった。
「サキュスへの攻撃は、その合理性に基づいて行われたに過ぎません」
サラサは、次の言葉を口にした。
「大艦隊を率いて、サキュスを侵略する事が合理的だと?」
シルフィラン侯は、どうにも納得できないようだった。
「サキュスへの攻撃というより、リーランへの侵略を阻止する為には、帝国北方艦隊が合流する前に叩くのが最も効果的です。
となると、あの場所という事になります」
サラサは、直ぐに説明を加えた。
「成る程、確かに、敵が集結する前に叩くというのは定石だな。
とは言え、些か、壮大すぎる作戦だと思う」
シルフィラン侯は、まだ完全には納得していない様子だった。
「はい、閣下の仰る通り、壮大すぎる作戦だと思います」
サラサは、シルフィラン侯の感想に賛同した。
「……」
シルフィラン侯は、サラサの賛同に意外という表情をした。
普段、表情を変えない人物が今は結構変えている。
向かい側にいるオーマなどは、珍しいと思っていただろう。
「とは言え、彼にはそれが出来る力量がありました。
なので、一番効率的な方法を実行したのでしょう」
サラサは、説明を付け加えた。
そして、付け加えた後、どうにも嫌な気持ちになったのは言うまでもなかった。
バンデリックは、客観的に見た事に対しては評価した。
だが、まあ、あれだよね。
最後はやれやれと思っていた。
「成る程、それを貴公がすんでの所で抑えたと言った所か……」
シルフィラン侯は、納得と感心したようにそう言った。
「それは単なる偶然です。
状況的に、痛み分けみたいな形になった訳です」
サラサは、忌ま忌ましさを隠しながらそう言った。
あの時の事を思い出すだけで、のたうち回りたくなる。
主導権を握ったとは言え、ほぼ何も出来なかったとサラサは考えていた。
そして、数的有利を活かされて、相手に余裕を与えてしまったとも。
だが、エリオにしてみれば、数的有利を十分に活かせないまま、主導権を握られたと感じていた。
そして、下手に動けば、術中に嵌まるので、我慢強く対処する他手がなかった。
そういう意味では、お互いを厄介な敵だと認識しながらの戦いだった。
「貴公は慎重だな」
シルフィラン侯は、サラサをジッと見定めながらそう言った。
「戦いですから、慎重に慎重を重ねるべきだと思います」
サラサは、シルフィラン侯の言葉に直ぐにそう返した。
(んんん?)
バンデリックが変な所で反応したのは言うまでもなかった。
そして、サラサはそのバンデリックを睨み付けたかった。
「確かに」
とシルフィラン侯は頷いた。そして、
「しかし、スワン島沖では、クライセン公は些か軽率だったのでは?
あの位置にいては、シーサク艦隊を挑発したとも言える」
と付け加えた。
そう言われて、シルフィラン侯が、エリオを戦闘狂と見なしている訳が分かった。
「停戦監視の任務もありましたし、力量差もありました。
そして、何より艦隊配置からして、まさか、シーサク艦隊が仕掛けてくるとは思わなかったのでは?
海域もそうですし……。
でも、まあ、詳しい事は当事者ではないので、分かりませんが」
サラサはそうは言ったが、確信はあった。
そして、それは、ほぼエリオが考えていた事であった。
「成る程、貴公は国防委員会の委員になる資質は十分あるという事だな。
戦況を冷静に判断できる」
シルフィラン侯は、冷静にそう言った。
「……」
サラサはそれに対して、ちょっと驚いた顔をしただけで、何も言えなかった。
正直、何を言いたいのか、真意を図りかねたからだ。
「その貴公の見解だと、リーランは動かんと見るか……」
シルフィラン侯は、怪訝そうにしているサラサを他所に、そう結論を出した。
厄介な敵が減って、安心したといった感じだった。




