AIonline 6 誕生
目が覚めると真っ暗な空間にいてゆっくりと降下している感覚がある。
上下左右を見渡しても闇しかなく、降下している感覚がないと平衡感覚がおかしくなりそうだ。
「AIonlineの世界にようこそ。ハイアースでの貴方の名前を教えて下さい」
男性とも女性とも判別できない声が聞こえてきた。
「オメガ」
この名前はいつもネットゲームで使っている名前だ。
「オメガ様ですね。登録しました。ハイアースでの貴方の姿・声・職業を想像してください」
想像?急に言われても…。
「ハイアースに反映しました」
ちょ、ちょっとまだ何も考えてないのに…。
「目的地に到着致します。ハイアースの世界をお楽しみ下さい」
キャラクターメイクってこれだけ?目的地ってどこ??
すると両足が床に着く感触があった。
ここが終着点みたいだ。
両足が踵まで着くと真っ暗な空間に星が生まれ宇宙空間にいるような景色になった。
足場は透明な板で下にも宇宙空間が広がっていた。
ここが宇宙のど真ん中のような錯覚に陥る。
しかし、息も出来るし重力もあるので宇宙空間という設定ではないのだろう。
自分の装備を見てみると左腰にはショートソードがぶら下っている。
長さは70センチぐらいだろうか。
左腕には円形の小さな盾が装備されていた。
触ってみると木の盾の表面に薄い鉄を貼り付けただけの粗末な物だった。
体には薄手の服とズボン、その上から皮の鎧を着ていた。
靴も履いていて足にフィットしていて動きやすい。
「おい。オメガ」
装備を確認していると背後から声を掛けられた。
何で俺の名前を知っているんだ?
後ろを振り返るとそこには古茶色のローブを身に纏い、長い木の棒を持った男がこちらを見て立っていた。
悪ガキのような愛嬌のある顔で嬉しそうに俺の体を叩いてくる。
「お前イケメン過ぎだろ。それどうやったんだよ」
「誰?」
「俺だよ俺」
何かの詐欺じゃないよね。
よく顔を見てみると、マモルという名前が頭に浮かんできた。
「マモル?」
「そうそう。俺だよ俺」
こいつは吉田衛らしい。
いつも本名でプレイする変わった奴だ。
「何故いつも本名なんだ?」
「俺は俺の名前がカッコいいと思ってるからこれ以外の名前を付けるなんて考えられないね」
「でも、本名付けるのダサくない?」
「お前のオメガのほうがダサいんだよ。中学生なの?中学生になったばかりの春なの?春中なの?」
「なんだよ春中って!そんな馬鹿な事を言ってると一緒に冒険してやんないぞ」
「卑怯だぞ。ゲーム辞めるとか一緒に遊ばないとか。それを盾にしてんじゃねぇよ!」
俺とマモルが言い合いをしていると横から
「うるさいんだよあんた達。喧嘩するなら遠くの方でやりな」
と赤毛の戦士風の女性に怒られてしまった。
俺らを中心に少し人だかりが出来ていた。
恥ずかしい。
これも全部マモルのせいだ。
すみませんと女戦士に謝りマモルを引っ張ってその場から離れる。
俺は提案する。
「今回は喧嘩をやめて仲良く遊ぼう」
「そ、そうだな」
周りを見渡すと人が増えてきた。
それも人族ばかりだ。
「周りは人族ばかりだな」
「そういえばそうか。ここが人族のスタート地点なんじゃね?」
「こんな宇宙空間がか?」
「じゃあ、人族専用のゲーム内ロビーじゃないか?」
そういえばそんな感じだな。
少し時間が経つとこの空間に人が集まってきた。
他のプレイヤーはドアから現れたり、床から出てきたり瞬時に現れたりと様々な方法で登場している。
遠くの方で人が集まって何やら騒がしい。
マモルが「あっちに人が集まってるから行ってみようぜ」と提案してきたので行ってみる事にする。
数人の女の子を中心に半円形に人が広がっていた。
野次馬がテレビで見た事あるとか最近よく見るよねと言う会話が聞こえる。
「マモル、あれが誰か知ってる?」
「ああ、なんか見た事あるな。多分、どこかのアイドルグループだったと思う。俺も詳しくは知らん」
俺も知らん
「お前はお近づきになりたいだろ」
もう1人の親友、久楽に彼女ができたことで腹を立てていたから率先して輪の先頭に立とうとすると思っていたのに意外と冷めた答えが返ってきた。
「フッ。見ろよあの群がっている奴らを。俺は情けないね。人として」
「でも、女性芸能人と知り合いたいっていうのが男の性なんじゃないのか?」
「あの人の数を見ているのか?お前は!あの競争に勝つのは容易ではない!いや容易どころか勝てないだろう。そう計算すると、あそこに時間を掛けるよりこの中で1人でいる女を狙った方が勝算が高い!!」
言いたい事はわかるが、賛同したくない言い方だな。
「そう!1人で冒険をしなくてはいけないなんて寂し過ぎる
、男の子の温もりが欲しいわと思っている女はこの中にいるはずだ!その弱みに付け込むのだ!」
さすが俺の親友。考えが下衆だな。
「それも顔は程々の美人でスタイルが良い女がいい」
昔からお前の発言って引くよな。脳内で思った事が口から出てるぞ。
「あいつだ!あの少しおとなしそうな感じだが、体がエロい奴!名前はミミ」
アイドルの輪から少し離れた所にいる女性の事らしい。
マモルが指差した女性を見ていると頭の中にミミと名前が浮かんだ。
この世界では名前が知りたいプレイヤーを数秒間見ると頭に名前が浮かぶ仕様になっているようだ。
ミミさんも魔法使い系の職業らしくマモルと同じような装備をしている。
「ちょっと行ってくるぜ」
俺が止める間もなく足早にミミさんに近づいていった。
「彼女、俺達と冒険しない?連れも1人いるんだけど楽しい旅になると思うよ」
マモルが無駄にかっこつけてミミさんに話しかけた。
ミミさんはマモルの顔を見てハッキリ言った。
「失せな。チ○カス野郎」
マモルは小走りに帰ってきて
「最初は駄目だったが次の標的を早速決めよう」
凄く嬉しそうな顔で俺に報告してきた。
あの言葉はお前へのご褒美じゃないからな。
少しは反省した方がいいと思うよ。
「皆様AIOにようこそ。少しこちらに近づいて下さい」
女性の声が聞こえる。大きな錫杖を振り現在いる場所をアピールしている。
「あそこにいる人みたいだ。行ってみよう」
マモルを連れて女性に近づく。
他の人達も集まってきた。
女性の名前はGMハラさんだった。
チャットルームで見かけたハラさんだ。
ハラさんは豪奢な神官服を着ており頭には大きな帽子をかぶっていた。
見た目からすると回復系の職業だろう。
ここにいるプレイヤー全員が集まった事を確認すると説明しだした。
「この空間は現実世界と仮想世界の間にある空間です。通称E空間と呼ばれています。ゲームに入るときは必ずこの空間を通ります。この空間でデータを構築して不正がないかスキャンされます」
「ここは人族のE空間でハイアースに行くと現在ここにいる83名が同じ地域に降り立ちます。その地域の国王には話を通してありますので詳しい情勢はそこの国で各人調べてください」
「今から扉を出しますので同じ場所に降り立ちたい人同士は手を繋いでこの扉をくぐって下さい」
マモルと手を繋ぐのか幼稚園以来だな。
半端なく照れる。
「街にもスタッフが滞在していますのでお気軽にお尋ね下さい」
するとそこらじゅうに扉が現れた。木の扉で鉄の取っ手が付いている。
マモルと手を繋いで木の扉を開けるとその中は暗闇になっていて進む先は見えなかった。
少し怖く感じたが意を決して扉をくぐると、そこは石で作った西洋風な街の中であった。
くぐってきた扉はいつの間にか消えていた。
周囲を見渡すと目の前にあるのが大通りらしく左右に道が広がっている。
よく分からない店が所狭しと並んでいるが閉まっている店が多く人通りが少ない。
通りを右に行くと城に行き、左に行くと街の外に出るみたいだ。
俺達と同じくこの地に下りてきたプレイヤー達がいるがこれからどう行動していいのか分からず自然に俺達のほうに集まってきた。
まず大柄な男が俺達に話してきた。
装備は背にある斧1本みたいで皮の鎧を着ている。
戦士系の初期防具は皮の鎧みたいだ。
「こ、これからどうすればいいんでしょうね?」
困った顔で尋ねてきたが俺らもどうしたらいいかわからない。
「まずは外に出て適当な敵をぶっ殺そうぜ」
マモルが物騒な事を言っている。
普通のRPGならそうするんだけどVRMMORPGは初めてだから勝手が分からない。
盗賊風の男が寄ってきた。
「それは止した方がいいですよ。この国がどの種族と敵対しているか分かりませんからね」
「ゴブリンぐらいだったら大丈夫だろ。あれと仲良くしている国なんか人族にあるのかよ」
マモルの意見は最もだが、万が一があるから慎重に進めたいな。
「他のゲームでは一時的にゴブリン国と同盟を組んでいる人間の国はありましたよ」
マジか。
「マジか!俺達VRのゲームをやったことないんだよ。な、オメガ」
俺は頷く。
「まずは自己紹介しましょう。私の職業は…盗賊だと思います。フランギースといいます」
「自己紹介する意味あんの?見ただけで名前分かるんだけど」
「ええ。ありますよ。あそこにいる女性の名前を見てください」
この街の住人らしき人を指差している。
「あれ?名前が分からない?どうしてだ?」
確かに分からない何か条件があるのか?
「あの人はこの世界の住人だからだと思います。断定は出来ませんが。貴方達の名前は分かるのにこの世界の住人らしき人の名前はまったくわからないんです」
「ほんとだ。なかなか鋭いね。きみぃ~」
お前みたいにガンガン話しかけたいよ。ちょっと失礼な感じもするが…。
斧戦士が自己紹介し始めた。
「僕は戦士だと思います。タケルです」
「お!お前も本名で登録してるのか仲間だな」
「ぼ、僕の名前は本名じゃありません」
「何だよ。紛らわしい名前付けんなよ」
吉田が笑いながらタケルさんの事をバシバシ叩いている。
「俺は魔法使いのマモル。あの無口な奴は戦士のオメガ」
俺の紹介までしてくれるとはありがたい。話さなくて済む。
「この自己紹介の癖はつけておいた方がいいと思います。プレイヤー同士だけ名前が見えるというのはこの世界の住人に説明するのが面倒ですからね。それに初めて会った人の名前が言えるのは私がプレイヤーですと周りに言っているのと同じですから、情報は隠しておいた方がいいでしょう」
「お前思ったより賢いな。まさか参謀の座を狙っているな。ダメダメ。リーダーはオメガで参謀は俺って決まってるんだからな!」
いやいや。それ決めたの小学生の頃だろ。
「まさか。私なんかが参謀になれませんよ。参謀はマモルさんです」
フランギースさんは大人だな。それに比べてうちのマモルは…。
「フッ。わかる奴にはわかるんだな」
まずフランギースさんは俺達とパーティを組むって言ってないからね。
「ね、ねぇ。お城の方から馬車がいっぱい来るよ」
タケルに言われた方角を見てみると確かに馬車の大群がこちらに押し寄せてくる。
行列の先頭には軍馬に乗った騎士が見えた。
その騎士は俺達の目の前で馬を止めた。
「馬上から失礼。私はガラディア国第3騎士団副隊長スタン=レイノルズと申します。貴方達は異世界から来たプレイヤーで間違いないですか?」
「イエス!イエス!イエ~ス!!」
はしゃぎすぎだ。みっともない。それにしても軍関係者にはプレイヤーって認知されているんだな。
「それは肯定の意ととっていいのであろうか?」
「はい。私達はプレイヤーです」
フランギースさんがちゃんと受け答えしてくれたよ。
「王の命により。貴方達を宮廷にご招待いたします。馬車の用意ができていますのでどうぞこちらへ」
まるで断る事がないような口調だな。まあいいけど。
「ヤッホー!馬車に一番乗りだぜ」
マモルが率先して馬車に乗り込んでいく。お前この世界を満喫しすぎだろ。
ゲーム内の吉田呼びをマモル呼びに統一