サムライクラブ1
「カニが食べたい。」
それはある日の昼下がり。
いつものように適当に作った隠れ家で鍋をつついていたネムが何の前置きもなくぼやく。
「なんだまた唐突に、今飯食い終わったばかりだろ。」
「いや、そうは言ってもじゃ!今日の飯はなんじゃったか言うてみい!七草スープと泥トカゲの丸焼きのみじゃぞ!」
スープ皿とスプーンを片付けている俺のワキで、ネムは小さい体をめいいっぱい伸ばして講義してくる。
「お前なぁ、味気ない飯にご立腹なのはわかったが、猪狩りに失敗したのは誰のせいだと思ってるんだ?」
横目で睨む俺の目線に気まずさを感じたのか、ネムはそのままの姿勢でゆっくりと目線をそらす。
「儂、悪くないもん。」
「キャラ壊れてんぞ。」
そう、こいつは昨日の晩ご飯がかかった大事な狩りでまたやらかしてくれたのだ。
「あんなに準備して仕掛けた罠だったのにな〜、なんで分かってて自分が引っかかるかな〜」
これ見よがしに大声でぼやいてやる。
こいつは少し反省した方がいい。
弱って俺の言葉が通るうちに今後のルールでも決めてやろうか。
「なあ、今後の狩りだけどさ、やっぱりお前は遠くでぐぼぁぁーーー!」
「あちょーーーーー!!……って、いったあぁぁあい!!」
ネムの方に体を向けた俺の腹部に正拳突きが綺麗に決まる。
「なっにすんだお前ぇ…」
「お主だって腹筋で殴り返してきとるではないか…これはおあいこじゃあ…」
「そりゃお前が俺を殴ったらそうなるだろ、後先を考えろ…」
成人男性と幼女(仮)がそれぞれ腹と拳を押さえてうずくまる。
およそ人様には見せられない痴態を晒したところで俺は本題に戻す。
「で、なんでカニなのよ。」
「よくぞ聞いてくれた!!」
痛みが引いたのかネムは元気よくガバっと顔を上げて期待溢れる顔をこちらに向ける。
「はぐれ蟹で一石二鳥のチャンスなのじゃ!!」
「そんなんで伝わると思うな順を追ってくれ。」
ネムの収集した情報をまとめるとこうだ。
年に一度、ここからほど近い地域を「カタアシトウシンオオテッコウカニ」というなんとも仰々しい種類の蟹が群れで大移動することがあるとのこと。
どうやらそいつらは大人でも見上げるほど大きい化け物蟹で、名前の通り鋼の外殻を持ち、発達した片方のハサミは鋭く研ぎすまされており、群れ遮る物はなんでも切り裂き、鋼鉄故の重量で踏み超えて行くらしい。
「どうじゃ?」
「どうじゃ?じゃないだろ普通に相手にしたくねぇよ俺、1匹だけで何トンあるんだよその蟹。そんなんが何百と群れてたら見ただけで日和る自信があるぞ。」
「まあまて、なにもお主に鋼鉄蟹の群れの真ん中に突っ込めとは言わん。そもそもその大移動は1ヶ月ほど前に終わっておる。言ったであろう、はぐれ蟹じゃ。」
「つまり、群れはとっくに過ぎ去っているがその群れからはぐれた蟹が1匹今頃この辺に現れたって事か。」
「そうじゃ。1匹とはいえ鋼鉄の化け物蟹じゃ、周囲の村でも注意喚起のみで討伐の依頼は出ておらん。そもそも村からも割と遠いところをウロウロしているから、あえて手を出さず通り過ぎるのを待つ目論みらしい。」
つまり。とネムは人差し指をビシッと俺に突きつけながら笑顔で言う。
「これはお主の修行と食糧調達、ひいては地域貢献の一石二鳥、いや三鳥のタイパ抜群討伐試練じゃ!」
◇◇◇
というわけで俺吉田大和は隠れ家を出て森のさらに奥まで向かうこととした。
ひもじいながらも朝ごはんも食べて天気も快晴!これはいい散歩日和だ。
このまま化け物蟹なんて探さずに湖の方まで散歩した気分なのだが...
「これお主、何か腑抜けていないか?相手はこれまで討伐例すら聞かない鉄壁の城塞じゃぞ、もっとシャキッとせいシャキッと。」
なんかおばあちゃんみたいなことを言ってくるちびっこが隣を歩いていてそれを許さない。
「というか!なんでいつもついてくるのお前は!おとなしく隠れ家で待ってろよそんなに危ないんだったらさあ!ていうかこれまで討伐例がないってマジ?そんな奴の討伐に行くの俺?勝てる見込みある?」
「安心せい、討伐例がないというのもあくまで公式記録の範疇じゃ。それに、外郭が鋼鉄とはいえちゃんと生き物じゃ、倒せぬ道理もあるまいよ。あと儂がついてくる理由は単純じゃ、儂もサムライクラブをこの目で見てみたい。」
「言葉のすべてに安心材料がなかったよ!何だよ公式記録の範疇ってそれ以外の可能性に希望持たせなくていいよ!ちゃんと生き物だとしても討伐できる保証はどこにもねぇよ!あとそんな理由に命掛けんじゃねぇ今すぐ帰れ!!」
こちらの心配とは裏腹にネムはペースを崩さない。
「お主は儂を何だと思っておる、フィールドワークの申し子ネム様じゃぞ。自分の身は自分で何とかできるからお主は気にせず戦えばよい。」
「お前そういってイノシシの時に罠に引っかかってるじゃーん。頼むから遠くでおとなしくしててくれよぉ。あとサムライクラブってなんだ?」
「おお、そうじゃった失念しておった。サムライクラブとはな…」
しまった、罠に引っかかった話スルーして語り始めてしまった...と思ったが大事な話でもあるのでひとまずお俺は聞く体制をとることにした。
「サムライクラブとは先ほど話した「カタアシトウシンオオテッコウカニ」の通称じゃ。
この蟹は群れの中で最も立派な鋏を持っている個体により多くの食糧を分配し、より強く大きくなった個体をリーダーとして祭り立てる習性があるのじゃ。
さらに桁違いの大きさとなった個体は群れを遠巻きに眺めても一目瞭然らしい。
その群れの中でリーダーとして認識されている個体を通称ショーグンクラブ、それ以外の取り巻きをサムライクラブと言うそうじゃ。」
将軍に侍ねぇ…。
これはまた大層な名前が付けられたものだ。