09 よく眠る女神。◆ノア皇帝◆
グッと掴んだ肩を抱き寄せて、乱入者の一行を冷たく見据えた。
「どこの騎士さんかはわからねーが、そこのお嬢さんはリート王国の大罪人だ。関わったことは黙っててやるから、引き渡せ」
ここが、すでに大帝国内だと気付いてもいない愚か者め。
リート王国如きと問題が起きることを危惧して動けなくなるような騎士団ではない。
「この娘が見つからなかったと報告しに帰るというなら、こちらも見逃してやろう。忠告は一度だけだぞ」
オレから、そう忠告を伝えると、ローズが顔を上げたが、何かを言う前に、またグッと引き寄せて、片腕で抱き締めた。
「何を言いやがる! 気に入ったとしても返してもらわねーとなぁ。こちとら前金もらった仕事なんでな、手荒でも連れ戻せといわれている。リート王国と問題を起こしたいのかよ」
「フン、前金か。好都合だ。それでは貴様らには、前金を持って逃げたことにも出来る」
「は? なんだと?」
ローズを連れ戻す命令。しかも手荒ときた。最早、ローズの冤罪を晴らしたから連れ戻すという考えではないだろう。ローズほどの神聖魔法の使い手を手放せず……ということか。腐れ外道め。ローズの地位も身分も奪っておいて、さらには力も搾取するつもりか。
過労死と口にしたローズのことだ。自分が連れ戻される神殿に力を搾り取られることは安易に想像出来て、酔いが醒めたのだろう。
ローズが受けた仕打ちは非道だ。
……許さん、リート王国。
「いや。ここには、魔物の群れが出現した。不運にも、人探しをしていた一行が巻き添えになって死んだと公表しよう」
ここで死んだと思わせることで、神殿からの追手もやむかもしれない。本当に死んだかどうかを確かめさせるために人が寄越されれば、それほどローズの力を欲していることが推し量れるから、辺境伯に誰を残しておこう。
「おい! 何言っている! リート王国と喧嘩してーのか!? 上のモンにバレたら!」
「このオレが上の者だ。我が大帝国ダークリンにようこそ」
「!? ま、まさかっ……冷酷無慈悲の皇帝ッ!?」
「そして死ね」
オレの正体に気付いた男に掌を向けて、雷魔法の矢を放って胸を貫く。男が倒れたことを合図に、近衛騎士達が攻撃を仕掛けて戦い始めた。
プロトは間に立ちはだかるように立ち、風魔法で周囲の音を遮断する。追手の呻きも悲鳴も、ローズに聞かせないため。
オレはすでに、もう片方でローズの目元を覆い隠した。
「あ、あのぉ……」
「大恩人を引き渡さないためには、これしかない。すまないが、じっとしていてくれ」
魔物の群れの襲撃に捜索隊が巻き込まれて全滅したことにしておくことが、今のベストだろう。
自分のせいで命が葬られることに、胸を痛まないでほしいが……到底無理な話だろうな。この慈悲深き女神には。
オレ達が手を汚す。だから、あなたに罪はない。
オレがあなたを守る。どんな者であっても、葬ってやる。あなたに触れさせやしない。
「……?」
フッと彼女の目元を覆う手に重さがかかって、不思議に思う。
すぅすぅ、という規則正しい呼吸を聞きつけて、まさかと思って、手を退かしてみれば、くてりと頭を垂らすローズ。
「寝た……!?」
「え゙っ……!?」
この状況で、ローズが寝た! そばにいるプロトも絶句!
まだ眠るのか! いや、普段飲まないのに、酒を飲ませすぎたかもしれないが!
一度は酔いが醒めても、寝落ちた……!
すぅすぅ、と寝息を立てて、あどけない寝顔をさらすローズを見ていれば、漂っていた黒い感情が払拭されて、ドロドロに溶けそうな気持にさせられる。ローズの可愛さに骨抜きにされている、ということなのだろうか。
肩に凭れさせて、頭を撫でてやる。
完全に安心しきっているローズを腕の中に閉じ込めた。このまま、放さない。
「……陛下。尋問をしてもさして情報を出さないでしょうが、いかがいたしましょうか」
「いい。奴らは魔物に八つ裂きにされた」
「かしこまりました」
プロトは風の壁越しに、全員の息の根を止めるように合図を送った。
オレはローズの寝顔を眺めながら、これからの予定を立てる。
リート王国の神殿からの追手をかわしつつ、リート王国へローズの仕打ちの報復をするための計画。
同時に、ローズをオレの妃に据えるための手段も。
先ずは、正確な状況を知るためにも情報収集だ。
それに、物理的にもリート王国から、ローズを引き離そう。追手が送られたと知った以上、国境近くにいては心も休まらない。
早く帝都へと連れ帰らないとな。しかし、オレの城に滞在する建前がないと……。大恩人という大義名分も、今回で恩返しは十分とも言いかねない。
何かないか……?
神聖魔法を使って生活しようとしたから、それを理由に……。
そういえば、辺境伯卿の病気は彼女に治せないだろうか……?
そうすれば、辺境伯卿に恩が売れる。そもそも、今回の魔物を討伐できたのは、彼女のおかげだから、すでに辺境伯も恩があるのだが。病気が治せれば、よりいい恩が売れる。アイツはふざけた奴ではあるが、騎士団にも領民にも慕われている、よき領主だ。そいつが後ろ盾になってくれる養女になるのも手。
オレの婚約者にも相応しい身分だ。
ただ……過去が、ネックになるか。
全く別物の過去を作ろうとしても、リート王国から情報が来てしまっては、敵対する貴族達が食らいついてしまう。ローズの周りが騒がしくなる。先にリート王国を対処してから、婚約者にしてしまおう。リート王国の一件を片付ける準備をしつつ、ローズを口説き落とす。よし。
大まかな流れが決まったオレは、ご機嫌になって、ちゅっ、とローズの額にキスをした。
「陛下」
唸るようなプロトの声が咎めてきたが、気にしない。
絶対に、城へと連れ帰る。オレの愛しい女神。
翌朝までまた熟睡したローズは、支度を済ませたあとも寝ぼけていたようだったので、それをいいことに、手を差し出して、前に座らせて馬に二人乗りをする。
プロトの視線が痛かったが、気にせずに、手綱を引いて馬を走らせた。
そんなこんなで、お持ち帰り。
ストック終わりました。_(:3 」∠)_
(2023/12/07⭐︎)