08 酔わせて喋らせて。◆ノア皇帝◆
まだノア視点。
酔いが回って頬を真っ赤にしたローズは、スラスラと語る。
「妹を罵倒しては、使用人に物を投げつけたんですって! 使用人も『王子の婚約者』に歯向かえなくて泣き寝入りしたとか……いや誰のこと!? 侯爵家のみんな、妹ラブで、私を敬わず悪口を放ってきたのは妹達なんですよ!? 泣き寝入りしたって誰のことやら! その場で私の悪行を証言した使用人は熱湯を何度もかけようとした懲りないメイドでしたし、壮年の執事なんて妹を孫娘のようにデロデロに甘やかしてましたからね。妹に都合がいい証人しかいません、侯爵家の冤罪は晴らせませんわ」
ブンブンと手を振って言い退けるローズは、恐らく冤罪を晴らせなくともいいと思っているようだ。
しかし、侯爵令嬢だったのか。妥当な身分だな。『王子の婚約者』として。
だからこそ、余計に、侯爵令嬢を虐げる使用人の存在が解せないし許せない。それを戒めない執事と当主は、相当な無能だ。我が国ならあり得ん。
その熱湯をかけようとしたメイドには、熱湯で溺死をさせたい。
何故同じ家の令嬢に仕えているのに、妹だけにデロデロに甘やかすんだ、ただの変態じゃないのか、その執事。処刑一択だろ。いや、あえて、妹とやらと結ばせてやろうか。
「確かに敵しかいないとなれば、その侯爵家の内情で正しい情報など得られそうにないですね。ただ、いかにローズ様に敵意を抱いていたかの情報なら集められるでしょう」
その線で情報収集をすると、プロトはオレに伝えながら、メモを書き加えた。
ローズの免罪の証拠は、なんとか人をやって集められそうだな。
「別にいいですよ、集められなくても」
当の本人は無罪を主張する気がない。
こてん、と首を傾げて、プロトの発言を不思議がる。
オレとしては、こんなにも愛らしい娘を蔑ろにした侯爵夫妻が、いかに冷遇していたかを暴き、重い罰を下したい。
まぁ、誰かに罰を下そうと積極的に思わない辺り、慈悲深い女神なのだろう。
気にしないように、次の質問をかける。
「理解しがたいな。普通、逆になるんじゃないか? リート王国は女神信仰が一際強いし、『聖女候補生』になれたことを誇っただろうに」
「私のすぐあとに生まれた妹に心を奪われて、特には誇られた覚えがありませんね?」
首を捻って思い出そうとしても、思い出せなかったと、ローズはあっけらかんとする。
……それでも親か。
「『聖女候補生』として修業を始めれば、家を空けることも多くなって、その分、妹を構えて楽しそうでしたね」
死ねばいいんじゃないだろうか、そんな親。
幼いローズは、傷ついたんじゃないのか。こうしたあっけらかんとした態度も、もしかしたら、心を殺した末の態度なのではないかと思うと、自ら首を刎ねてやりたい。
「『聖女候補生』として一番強い神聖魔法の使い手の高位の令嬢として、王家に目をつけられて縁談を押し付けられた時も、二つ返事でした。次期『聖女』だと狙いをつけてのことだったので、もうプレッシャーで」
げんなりした顔のローズ。幼いながらも、王家の思惑に気付いて、プレッシャーを感じていたのか。
女神信仰が強いリート王国。女神が授けてくれる力と崇められる神聖魔法の使い手の『聖女』の支持を、王家は手に入れるために、ローズに『聖女』と同時に『王太子妃』になることを強要したようなもの。
「では、その、王子とは義務で?」
意地でも『婚約者の王子』とは、口に出せなかった。吐血する思いだ。
「もちろんですよ。顔だけはいいですけど」
「顔は気に入っていたのか」
解せない。顔なら、オレもよく褒められるが?
「はい。令嬢達から大変人気のあるお顔でしたね。顔がいいので、多少は寛容になるぐらい」
「……何か、欠点が?」
ローズは他の欠点を目を瞑ってやったような口ぶりをした。
「うーん、優秀、とは言い難い方でした。私は、修行と妃教育の二つを受けながら、必要最小限の社交活動をしていたのですが、そんな多忙の間に婚約者としての交流のお茶会をしようと誘ってくるものですから、何十回も断ったんですよね。その幼い頃は癇癪を起してましたし、大きくなってもむくれたりして不機嫌になって、子どもっぽいというか……自己満足したいワガママ王子?」
「クッ。それは……ああ、そうだな、ワガママ王子だ。ローズの多忙さを理解していない未熟な男だな」
恐らく、ローズに心奪われて、交流を望んでいたのだろうが……。なにぶん、子ども。クソガキ。未熟な男だ。最早、ローズに男として魅力を抱かれていない! クククッ!!
「それに、一緒に参加するパーティーでは、相手の名前から家格までど忘れしますし、最近の功績から有名な功績までうろ覚えで、フォローも大変でしたわ」
「いや、ローズ。それはハッキリ言って無能だ。無能王子だぞ」
「やっぱりですか?」
スンと真顔になって言い切ってしまった。
共感を得られて、強く頷くローズ。
いや、おかしいだろう。ローズの方が社交の場に出られないのに、その無能王子は一体、他の時間、何をやっていたと言うんだ。そいつを王太子にするとか、正気か、リート王国。ローズがいなくなった今、衰退する未来しか見えないが?
家で居場所のなかったローズの心のよりどころが、その王子だと言われたら、嫉妬で狂うところだったが、逆に負担をかけていたことに、怒り狂いそうだ。男だろ、しっかりしやがれ。
「無能王子のフォローまで務めたローズ様を失うのは、王家も大きな損失となるでしょうに。もしや、代わりとなる逸材が現れたのですか?」
にわかに信じがたいと、眉をひそめながら、プロトは話の続きを促す。
「逸材ではありませんが……代わりになると思って、王家も冤罪を信じてしまったのでしょうかねぇ」
顎に人差し指を添えながら、ローズはちょっと気になる程度に言った。
「王家側から婚約破棄を告げたのだろう?」
「そう、かと?」
ゆらゆらと頭を揺らすローズは、曖昧な声を出す。
「『聖女』になった私を改めてお披露目するためのパーティー会場で、いきなり殿下に“相応しくないから撤回する婚約破棄だ”と言われてしまったので、国王夫妻と話す暇はなかったんです」
はぁああああ???
なんて不誠実! 王家から縁談を押し付けて、『聖女』と『王太子妃』になることも押し付けておいて?
パーティー会場で冤罪で断罪して婚約破棄? なんの見世物だ!
リート王国のありえない所業には、プロトもペンをへし折って青筋を立ている。
折れて落ちたペンをキョトリと見つめるローズは、酔いが回っていて、オレ達が殺気立っていることに気付かない。
「多分、伯爵令嬢の『聖女候補生』が上手いこと言えたんでしょうね。『聖女』の補佐をする役目に立候補した二人の令嬢と揃って、私が雑用を押し付けて横暴な振る舞いをしていたと告発したんです。神殿関係者があの場にいなかったことをいいことに不正したみたいに言って『聖女』は私ではなく、伯爵令嬢となり、王子の新たな婚約者にもなりました」
「おいおい……伯爵令嬢ごときに、騙されたってことか? 大丈夫じゃないだろ、リート王国」
「んー。妹と結託したかはわかりませんが、上手い冤罪が作れて、喜んだでしょうね。妹はずっと妬んでいた『聖女』の座も『王太子妃』の座も奪えて、今頃高笑いしているでしょう。伯爵令嬢は『聖女』の座も『未来の王太子妃』の座も手に入れて有頂天……まぁ、最初だけでしょうね」
がしがしと前髪を掻いていたが、ぽやぽやしたローズが最後にそう付け加えたから、首を傾げる。
「最初だけとは?」
「神殿は、私の強力な神聖魔法に惚れ込んでいました。彼らが勝手に『聖女』の座を奪ったことに怒るかどうか定かではありませんが、すでに『聖女』のスケジュールは私の力を存分に発揮出来るように組まれ済み。雑用を押し付けて修行をサボっていたのは、伯爵令嬢達です。『聖女補佐生』がいても、彼女には私用のスケジュールをこなせるわけがありません。例え調節されても、彼女には妃教育が待っています。今更両立してこなすなんて……無理でしょうね。他の方々に、迷惑がかからないといいんですけど」
ふぁああ、と両手で欠伸を隠すローズに、見惚れてしまった。
制裁を下すことなく、自滅するとわかっていたのか。欲張った身の程知らずは、その欲に身を滅ぼす。
慈悲深いだけじゃないとわかり、胸が高鳴る。むしろ、関係ない者を心配する辺り、慈愛に満ちていた。嗚呼、オレの女神。
ぽすっ。
頭をやけに揺らしていると思いきや、オレの肩に頭を凭れさせた。
ぎゅんっと、胸が締め付けられる。
「……ローズ?」
「ふぁい?」
眠気たっぷりな声。まだかろうじて、意識があるようだ。
すりすりと肩に頭をこすり付けてくるものだから、愛しくてしょうがない。なんでそう無防備なんだ!
「ンンッ。眠いと思うが、もう少し話を聞かせておくれ」
「ふえ? はい……」
「おっと。オレに凭れていいぞ」
姿勢を正そうと頭を離そうとするものだから、オレはとっさに手を当てて、自分の肩に戻した。
されるがままのローズを見て、閃く。腰を掴んで持ち上げて、膝の上に乗せた。
「これで寝落ちても、すぐに運べるぞ」
オレの膝の上で横抱き状態になったローズは目を真ん丸させている。
プロトからジト目を向けられるが知ったことではない。
「……ノア陛下……たくましい」
「ンンッ! ローズ、いきなり、触るのは」
ぽんやりしたローズの手がオレの胸に当てられて、不覚にもびくりと震えてしまった。
「ハッ! すみませんっ! 見た目、細めなのに、やっぱりあの大剣で、巨大魔物と戦えるだけあって鍛えていますね! 筋肉は一日してならずですし、日頃鍛えてきたのでしょう! 努力の証だと思うと感慨深いとおもってしまいました!」
多分、“筋肉は一日してならず”のところで、プロトを含むオレの近衛騎士達が撃沈しただろう。笑い転げないように顔を伏せて、小さく震えている。
「オレの見た目は悪いだろうか?」
「はい? いえいえ! そんなわけありません! とても素敵です! 絵に描いたように美麗な騎士様って感じですよね! それでいて最強とは、素晴らしいかと!」
ぽわぽわしたまま褒め称えるローズ。
細めでも逞しい身体をお気に召してくれたか。よかった。
この身体に生んでくれて、ありがとうございます、母上。
「顔はどうだろうか? ローズから見て」
「大変麗しいと思います。見惚れてしまいますね。艶やかな黒髪に映える琥珀の瞳。闇夜と月のように凛々しく麗しいかと」
べた褒め。眩しそうに見つめて、綻んだ表情のローズに、ぎゅぅううっと胸を締め付けられた。
この顔に生んでくださってありがとうございます、母上。面影がある父上にも、ついでに感謝します。
「ありがとう、ローズ。オレもローズは――?」
「?」
「!」
褒め返そうと膝の上のローズの顎を摘み上げてから、異変に気付く。
結界の縁付近の騎士達が立ち上がって、腰の剣に手をかけている。その先に、いかにもならず者の風貌をした一行が見えた。
妙な乱入者に、プロト達も腰を上げて見定めたが、連中がオレの膝の上のローズを見据えていることに気付いて、不快感が沸き上がり、彼女の肩を掴んで少し後ろへ引く。
「白銀の髪とローズクォーツの瞳の若い娘さん。思ったより足が速いんだな、なかなか見つからなくて焦っちまったわ。ほら、追放された元『聖女候補生』は、特別に神殿が戻ってきていいってよ。お迎えだ」
リーダー格であろう先頭の男が、下劣な笑みを浮かべて、言い放った言葉にローズは反応する。
ビクリ、と小さく震えて身を縮めて、酔いが醒めたローズを見て、オレの中は完全に冷え切った。
次の瞬間には、黒い怒りが沸騰。ぐつぐつと煮えたぎり、爆ぜそうだ。
メロメロデレデレなのに、敵には容赦なく冷たくなる皇帝視点、次もです。
(2023/11/13⭐︎)