06 オレの女神が可愛い。◆ノア皇帝◆
ハッピーハロウィン!
デレデレなノア視点。
自信満々なその態度。少し覚えがあった。
幼い頃、父相手にカードゲームでイカサマが通用した時の自分の態度は、まさにこうじゃなかっただろうか。
その態度を証拠にツンツン追い詰めてきた父に、結局、白状させられて、イカサマがバレてしまった。
…………いや、本当。可愛いな?
恐らく、彼女は嘘はついていない。
ただ『現在』は、『リート王国の聖女候補生ではない』だけ。
嘘ではないから、ドヤ顔をしている可愛い女神。はぁー。抱き締めたい。
「でも、リート王国から来たんだな?」
「あ、は、はい……」
迷いを見せて、しぶしぶ答えるローズ。
名前も、多分本名の一部だろう。
本来、彼女は嘘がつけない正直者に違いない。愛いな。
「その王国の貴族ではないのかい?」
「私は、リート王国の貴族ではありませんね!」
ギクリと顔を引きつらせたあと、またもや自信満々に胸を張った。
そこでスープが届いたので、彼女に手渡すプロト。
オレと目配せをすると、彼も同じ考えに行き着いた様子で頷いて見せる。
ローズは、リート王国の貴族令嬢であり『聖女候補生』だった。
さて。そこまで、ヒントを得られた。
「おいひい……」
ただの干し肉を煮込んだスープに、感激して舌鼓を打つローズ。
流石に食べにくいと思い、彼女の左手は放した。
その左手を左頬に当てて、ほぅ、と息を零すローズは、どうしても不憫で痛々しくてならない。
順番に、聞き出さないといけない。
彼女の以前の素性を聞き出して、どうして『ただのローズ』として、隣国まで来たのか。
命を救われたのだ。
何か問題があるなら、解決しよう。大抵のことなら、解決する手段を持っていると自負している。
しかし、身体を綺麗にするというから、天幕の外で待っている間に、手伝っていた衛生騎士の女性から聞いて驚くことになった。目を離した隙に、彼女はまた眠ってしまったらしい。
中に戻ってみれば、本当に即席のベッドに丸まって、スヤスヤと眠っていた。
「とりあえず、ローズという名に近い、リート王国の貴族令嬢の『聖女候補生』の情報を集めるように連絡を入れます」
「お前が直接行ってくれ」
「いいえ、私めは陛下のおそばから離れませんよ」
その言葉は、オレへの忠誠よりも、“見張ってやるぞ”の意思が強いように感じたし、気のせいではないだろう。
意識を失ってもローズの手を離さなかったオレの態度に、すでに騎士達も『ついに妃様が決まるんじゃないか』と浮き立っているほどだ。
オレのことは、大抵読めるほどにそばにいたプロトなら、恩だけを感じているとは思っていないだろう。
降臨した女神に、心を奪われた。事実だ。
しかし、心外だ。この場で襲うほどに、見境なしでもない。
せめて、もっと豪華なベッドに花を散りばめたそこに、押し倒してからことに運びたい。お前は知らないだろうが、オレはロマンチストなんだ。
二人きりだったなら、多少唇を奪ったり、キスの雨を降らせるだろうが…………愛しいんだ、そこはしょうがない。
また日が暮れるほどの時間までぐっすり寝てしまったから、彼女は睡眠不足なのかと焦ってまた診察をさせた。
寝ている様子からして、気が緩んで熟睡してしまっているだけ、という。
クマはかろうじてあることはわかる程度で、特に日頃睡眠不足だったわけじゃないと診断が下された。
“過労死”なんて言葉が、寝言で出てきたから、気が気じゃない。彼女は冷遇された娘なのだろうか。真実が早く知りたくて、ヤキモキした。
起きた彼女は、深々と頭を下げた。土下座だ。
「申し訳ございませんっ! またもや爆睡ちゃんかまして、い、いえ! 断りもなく寝落ちてしまい!」
「いや、いいんだ。疲れていたのだろう? 顔を上げてくれ」
「そ、それもあるのでしょうが、そ、その……ひと浴びしてスッキリしたら、お腹が満たされたこともあって眠くなってしまいっ」
顔を上げたローズは、白銀の毛先を摘んでもじもじと恥ずかしそうに俯く。
ンンッ! 可愛いッ。
「ローズ様は、土下座をご存知なのですか? 大帝国でも浸透したのは、ごく最近でしたのに」
そこで口を挟むのは、プロト。悶えて忘れかけたオレの代わりに、疑問を口にしてくれた。
「はい? いけませんでした? ここは大帝国ですよね? ノア陛下に謝罪をするなら、これがいいかと」
最大限の謝罪と懇願の姿勢が、土下座だ。それを理解した上で、土下座をした。
不安げに紅水晶色の瞳を揺らすので、頭を撫でて宥める。不安を拭うように。
カチンと固まるが、照れたように頬をポッと赤らめるから、オレの胸は締め付けられて苦しい。
そこで、きゅるるっと、小さなお腹の虫を鳴らしたため、すぐさま両腕で抱えて隠すローズ。
恥ずかしさで、顔が真っ赤になった。クスッと、愛しくて笑ってしまう。
「昨夜、あなたに救われた騎士達が少しばかりの宴を開くので、参加しないか?」
「は、はいっ。ぜひ!」
手を差し伸べれば、その手を重ねてくれた。
しっかり握って、エスコートして天幕を出れば、彼女に向かって敬礼と感謝の言葉が飛ぶ。
それに対して、ローズはふんわりと笑って「どういたしまして」と、ひらひらと手を振り返す。
その微笑か、優雅な仕草か。騎士達の心まで揺さぶったものだから、男どもの黄色い声援が上がったため、ギロリと睨みつければ、全員が青ざめて黙った。
ローズは気付くことなく、案内した小さい箱の椅子の上に腰を下ろす。
……今の仕草。まるで、教育を受けて、染み付いているもののようだったな。
慈愛に満ちた微笑。小さく手を振る優雅な動作。
自然とやるほどに、板についていた。
思い出すのは、母だ。亡き皇妃だった母の記憶は遠いものだが、彼女が国民に対して行っていた仕草と、酷く重なった。
国民の歓声を受けて、小さく微笑み手を振る母の横顔。
…………いや、そんな、まさかな?
リート王国の王族に、王女などいなかった。それにあそこは金髪と青い瞳の容姿の一族だ。ローズとは、重ならない。…………モヤモヤする。
早急に、知るべきだ。彼女のことを!
「ん~! おいひいですっ」
…………あとにしよう。
こんがり焼いた鳥の丸焼きに、塩コショウや乾燥ガーリックなどが入ったスパイスをかけただけの料理を目を輝かせて喜んでいるところ、聞き出すのは気が引けた。食べ終えてからにしよう。可愛い。
一生懸命かぶりつこうとしても、小さい口のため、苦戦を強いられている。可愛すぎる。
「このスパイス、美味しいですね! リート王国では口にしたことがありませんが、大帝国では主流ですか?」
「はい。平民にも好まれています。刺激も少ないですが、食欲がそそるので、野宿にも持ち運ぶ者が多いです」
「なるほど! よかった。平民にも買えるんですね、買ってみよう」
オレが見惚れている間に、プロトがローズと会話していた。
「目的地は、大帝国だったのかい? ローズ」
「ええ、はい。大帝国で治癒のお仕事をしながら、暮らしておこうかと」
「大帝国はあなたを歓迎する」
大帝国に入国したいのなら、喜んで門を開けさせよう。
「皇帝陛下直々に言われるなんて、ありがとうございますっ!」と、ペコリと頭を下げるローズは、全然オレの下心に気付かない。
可愛いなぁ。食べてしまいたい。今ならあのスパイスの味なんだろうな。
しかし……それほどの神聖魔法の使い手なのに、治癒師の仕事に就くつもりなのか。身につけている教養も使えば、貴族の養女になるのも容易いだろうに。ローズは、平民として暮らす気でいる。それは何故か。
「……チーズがあれば、もっと美味しそう」
ポツリ、とローズが残念そうに小さく呟いた。
「誰か、チーズを持っていないか!? 大恩人がご所望だ!!」
周囲で焚火を囲んでいる騎士達に呼びかければ、素早く数人が手を上げる。チーズ、確保!
「あの、陛下。お恥ずかしながら、酒も所持しておりますが……よかったら」
と、騎士の一人が差し出してくれた。
そうだ。彼女の年齢!
「ローズ。お酒があるが、あなたは飲める歳だろうか?」
「はい! 18歳です!」
キリッとドヤ顔のローズは成人済み。脇でガッツポーズをする。とっくに結婚出来る歳だ。
プロトにジト目を向けられた気がするが、知らん。
「あっ、でも……強い酒は飲んだことがないので」
恥ずかしげに頬を掻きながら、自ら弱点を言ってしまうなんて、本当に迂闊だ。可愛い。守る。
「ゆっくり飲めば、大丈夫ですよ。ローズ様は水魔法もありますし、少し酔いが回ったら飲むことをやめて、水を飲めばいいのです」
プロトが勧めた。アルコールを摂取させて、口を滑らせやすくする手に出たか。
酔ったローズも見てみたいから、そうしよう。
「わっ。いい匂い」と、ウィスキー系の香りを気に入った様子だから、買い占めようと心に決めた。
口にも合ったようだ。渡してくれた騎士にお礼を伝えた。
チーズをかけて焼いた鳥の丸焼きの二本目を食べながら、お酒をちびちび飲むローズに、聴取を開始する。
「ローズ様は、いつから神聖魔法を?」
「五歳から素質ありだと言われて、それから修行していました」
初手から『聖女候補生』として修行していたことを白状したようなものなんだが。可愛い。
プロトは続けた。
「修行だけであれほど、強力になるのですか?」
「あー、それは私が特別強いみたい……そうだった」
笑顔で話していたのに、急にサーと青ざめるローズ。
「今までで初めて本気を出しましたっ。出来れば他言しないでほしいです……お願いしてもいいですか?」
オロッと左右のオレとプロトを見ると、オレを上目遣いで、下手から頼んできた。
そんな風にお願いをされては、何でも叶えたくなる。
「ゴホン! 何故隠すのですか? 何か事情があるなら、我々が手を貸しますよ?」
デレデレになるオレの代わりに、咳払いで引き付けたプロトが告げた。
「そ、それは、そのぉ……」
顔色悪くして、目を泳がすローズは、ちびちびとお酒を飲んで、間を誤魔化そうとする。
「そう! あんまり権力者とかには近づきたくないのです! 利用されては困ります!」
真っ当な言い訳を見付けたと、強気になった。いちいち可愛いのは、わざとだろうか?
「では、陛下に保護してもらいましょう」
「はい!?」
ナイスアシストじゃないか! プロト!
「それとも、やはり『冷酷無慈悲の皇帝』と呼ばれる陛下は怖いでしょうか?」
何余計なことを言い出すんだ! プロト!
「え? あっ。そうでしたね。そう呼ばれていらっしゃいますよね、ノア陛下」
そういえば……という、なんともあっさりした反応をするローズ。
「怖くはないのですか?」と、プロトは容赦ない質問をする。おい。
「確かに、怖い噂はリート王国も耳にしました。ですが、実際のノア陛下は、お一人で身体を張って戦う方でしたし、騎士の方々も恐れてはいませんし、何より冷酷さなんて感じていませんから、怖いとは思っていませんよ」
「ローズ……」
じーん、と胸の中に熱が広がっていく。柔らかく微笑むローズが好きだ。ああ、本当に好き。堪らない。
今すぐ唇に触れたいのに、またコップでお酒を飲むローズ。空になってしまったようだ。
「大帝国の頂点に君臨する方ですし、恐れられている方がちょうどいいのかと思います。守るべき民や、家臣を、その威厳で守れますしね。そのための武勇伝だと思えば、怖い噂も、偉業です」
「……ローズ。おだてるな。ほら、おかわりをもっと飲め」
「え? も、もう十分ですよっ、ううっ」
追加を注いでしまえば、飲むしかないとローズはまた口につける。
眩しげにこう褒められては、ローズの耳にオレの怖い噂を入れた者を処罰すべきか褒美を与えるべきか、わからなくなる。
プロトを見てみれば、やり切ったような誇らしげな顔をしていたので、こちらも怒るべきか褒めるべきか、わからん。
しかし……。どうにも、上に立つ者への理解がある口ぶりが気になる。
ローズは、王族ではない。皇族の秘薬である髪染めと似た類も使っているようではないと、その白銀の髪に触って確認済み。リート王国の王族ではないとなると、嫉妬で狂いそうだ。
高位の身分の女性の仕草が染み込んだ言動が零れる事実。
それ相応の身分の男の元へ、嫁ぐために教育を受けた。
ならば、自ずと『リート王国の王子の婚約者だった』という線が浮上する。
沸々と黒い感情が煮えたぎっているのを感じた。
次回更新、11/1の予定。
2023/10/31