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05 『聖女候補生』の人間らしい?◆ノア皇帝◆


この話から、短編にないシーンです!




「あの、皇帝陛下。この方が駆け抜けながら、落とした荷物が、こちらに」


 辺境伯の騎士が一人、彼女の荷物と思しきカバンを差し出してきた。

 プロトが代わりに受け取ると、中を覗き込んだ。


「人間、らしいですね」


 プロトがポツリと零す。こいつも疑っていたか。


「乾パンと干し肉……金貨三枚……リート王国発行となっていますね。こんな軽装で、リート王国からやってきた……?」

「リート王国? 女神信仰が強い王国ではないか。強力な神聖魔法の使い手の彼女なら『聖女』と祭り上げられてもおかしくないが……」


 荷物の中の手掛かりで、リート王国から来たと予想が出来たが、謎が深まる。

 どう考えても旅をする荷物ではない。『聖女』と言われれば、納得の使い手ではあるが、それにしてはドレスは簡易なものだし、一人でいる意味がわからなかった。


「う~……」


 彼女が寝苦しそうに眉間にしわを寄せる。

 しまった。地面に寝かせたままだった。とりあえず、両腕で抱え上げる。地面より、オレの腕の中がいいと思ったが、横ではプロトが簡易の寝床を作り始めていた。


「聖女は、嫌ぁ~」


 ピクリと反応した。

 プロトも、動きを止める寝言。


「過労死、回避ぃ~むにゃ~」


 過労死? 物騒だな……。

 と思っていれば、腕の中を気に入ってくれたのか、擦り寄ってくれる。

 キュンと、胸が締め付けられた。

 ああ、なんて可愛いんだっ。

 安心しきった緩んだ寝顔に、どうしようもないほど、愛しさで胸が締め付けられた。


「陛下。まだ名前も知り合っていない異性です。堪えてください」


 口付けの雨を額と頭と顔にしようとしたことを、何故わかったのやら。

 止めてきたプロトの優秀さも考えものだと、思った。

 嫌々ながら、彼女をプロトが用意した即席ベッドに下ろす。もっとマシなベッドに運びたいものだ。


「この方も、陛下は二三日の安静が必要と仰っていました」


 ……身体に鞭を打っても辺境伯領に戻ろうと考えていたことを、読まれた。

 しかし、彼女がそう言ったのなら、仕方あるまい。


「体力がある騎士達に、結界が保たれているうちに、周囲の魔物を討伐するように言え」

「はっ」

「今夜は野宿だ」


 多少の備えはあるから、野宿は可能。遅いとわかれば、旧友の辺境伯も増援を送ってくるはず。

 深呼吸をすれば、やはり空気は澄んでいるように感じた。

 彼女の結界のおかげだろう。


 どっぷり夜が更けても、結界は保たれていた。見張りをつけたが、光の縁が衰える様子はない。

 すごいな。発動者の意識がなくとも、保たれる結界。神聖魔法の使い手でも、才能と相当の訓練を積んだと思える。いくつか年下のはずのこの少女が……。

 オレは25歳だが、彼女はせいぜい17、18くらいか? …………問題ない年の差だよな。


「リート王国の神殿は、『聖女』の育成に力を入れていたよな?」

「はい。神聖魔法の素質がある少女を『聖女候補生』にして修行を受けさせていたはずです」

「……数年前に、リート王国の反対側で、魔物の群れが出現して戦場と化したが『聖女候補生』が活躍したことで、被害を最小限に留めたという噂があったな」


 リート王国の『聖女候補生』という線は、濃厚だ。

 リート王国の神殿の実態は全く知らないが、彼女が『聖女は嫌』と言ったのなら、逃げた可能性は高い。

 過労死という言葉が出たのだ。強力な神聖魔法の使い手で酷使されていた可能性がある。

 だから、疲れて寝込むほどに、見ず知らずのオレ達のために魔法を連発することも躊躇なかったのかもしれない。


 そんな彼女は、全く起きる気配がなかったため、後遺症か何かで目覚めないのではないのかと気が気じゃなかった。衛兵の女性に診察してもらったところ、疲労の反動で熟睡しているという。魔物に囲まれていても爆睡してしまうほどの疲労……不憫だ。


 同時に、彼女を追い詰めた何者かに、怒りが沸き上がり、殺気が漏れた。


 身動きが取れないため、調べることは出来ないが、予想では彼女はリート王国の『聖女候補生』であり、強力な神聖魔法の使い手故に酷使されて逃げてきたと考えた。荷物の少なさからして、よほど切羽詰まった状況に追い込まれていたに違いない。


 周囲の魔物も討伐し終えて、安全になったが、熟睡している彼女を起こせない。オレも彼女を抱えて歩いて帰れるほど体力は戻っていない。誰かに運ばせたくもなかったので、朝までここで寝かせることにした。


 迎えの馬を頼んで、辺境伯の騎士達は戻らせようとしたが、恩人とオレを置いていけないと、一番元気のある者達だけが、迎えの馬を取りに戻っていく。朝には戻ってくるだろう。



 その馬が到着した朝。彼女はまだ起きようとしなかった。

 仕方ないので、天幕を張ってもらい、彼女が起きるまで快適な環境を作る。

 他の者は戻ってもいいのに、周囲に座る場所を作っては待機し始めた。


 彼女が起きたのは、昼前だった。


 紅水晶色の瞳にオレを映してくれるだけで、心地がいい。

 ぼんやりと不思議そうにオレを見上げては、片時も放さなかった左手を、振った。寝起きの弱々しい力では、抜け出せない。


「おはよう。とはいっても、もうすぐ昼になってしまうのだが。疲れは取れたかい?」


 彼女ほどではなくとも、優しく声をかけた。

 寝惚けているのか、ぽけーと見上げてくる彼女に、口付けをすれば目覚めるんじゃないかと思ったが、その思考を読んで、プロトが「ゴホン」と咳払いで止めてくる。

 ちっ。コイツも天幕の中に居座って、彼女と二人きりにしてくれない。


「空腹ではありませんか? 干し肉を使ったスープがございますよ」

「スープ……! いただきます!」


 食べ物で釣るとは、卑怯ではないか。

 やっと起き上がった彼女はお腹をさすっては、寝心地がいいとは言えない簡易ベッドで背中を伸ばした。

 プロトは天幕から出ずに、早い昼食の用意を頼んだ。彼女が目覚めたから、と。


 彼女は、ぽけーと天幕を見回しては見上げた。


「え? なんで?」


 理解が追い付かない様子で、首を捻る。


「結界が維持されていたから、そのまま居座らせてもらった。あなたが言ったそうじゃないか。オレは二三日安静にした方がいいと」

「え? あ、う、うーん、そうですけども」


 動けるなら、安全な街に戻るべきだとはわかるが、口実に使わせてもらった。

 困ったように、頬に手を当てて小首を傾げる仕草は上品だ。伸びた背筋からして、洗練されている姿勢。

 平民の『聖女候補生』とは、考えにくい。淑女教育を受けた貴族令嬢のはず。それも、レベルは高いだろう。

 貴族令嬢なら好都合だと思ってしまう自分がいた。まぁ、平民だとしても、どこかの貴族の籍に入れてしまえばいい話なのだが。だが、今後を考えた場合、彼女の苦労は少ないとなれば、喜ばしい。

 …………しかし、貴族令嬢なら、余計に謎が深まる。

 この身なり。一人で逃亡。彼女には、深く複雑な事情があるようだ。


「命の恩人のあなたの名前を聞いても?」

「ローズんんんんー! いえいえっ! 名乗るほどの者ではないです!」

「ローズ?」

「い、いえっ、あの、本当にっ。通りすがりの神聖魔法の使い手ってことで構いませんっ」


 名乗って、すぐに何かに気付いた様子で、サッと青ざめて右手で顔を隠してしまう。

 同時に左手を奪還すべく、また可愛く足掻くが、病み上がりのオレの力ですら、抜け出せない。昨夜からだいぶ回復したからな、余計無理だろう。


「ローズ。君はリート王国の『聖女候補生』ではないのか?」

「ひえッ? っそそそ、そんなことありませんよ」


 声を裏返して、目をオロオロと泳がせる。嘘をついている者の反応だ。


「ローズ様。この方は、大帝国ダークリンの皇帝陛下です。嘘はいけません」


 オレの隣に戻ってきたプロトが、諭すように告げた。

 カチンと固まるローズ。


「ノアーズアーク・ダークリンだ。ノアと呼んでくれ」


 怖がらなくていいと優しく笑いかけて、彼女の左手を親指でさする。


「ノア、陛下……?」


 こてんと首を傾げて、素直に呼んでくれるローズに、キュンと胸が締め付けられた。

 なんて純真無垢で愛らしいんだろう!

 白銀の髪も、未踏の雪のようで、赤みのある水晶の瞳と合わせて、神秘的だ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 右手を自分の胸に置いて、ドーンッと言い切った。

 オレもプロトも、面食らう。皇帝に嘘をつくなと釘をさされた直後だというのに、急に自信をつけた様子で否定したのだ。



 



ローズ「私は、(もう)リート王国の『聖女候補生』ではありませんっ!」

(嘘ついてない! どやぁ!)


次回更新は、明日がなければ、明後日ハロウィンの予定です!


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