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04 冷酷皇帝の前に女神降臨。◆ノア皇帝◆

◆ノア視点◆



 冷酷無慈悲の皇帝ノアーズアーク・ダークリン。

 そう称されても、それくらいではなければ、周辺国や国内の貴族達とやり合えない。

 愚か者がバカをやらかさないように、先に根絶やしにして、見せしめにしておかないといけないのだ。

 尻尾を掴まれたら、負けだ。愚行を犯した者をひっ捕らえて、処罰を下す。

 無用なちょっかいをかけてくるなら、一族で吊るし上げる。

 笑みを貼り付けて、罠の張り合い。掻い潜っては、突き落とす。どこに行っても、そんな戦場だ。

 生き抜いた先で、冷酷無慈悲の皇帝の称号なら、オレはそれを誇ろう。

 大帝国を守り、仲間を守り、自分自身を守るそれに。


 辺境伯の旧友が病で倒れたと聞き、見舞いに来てみれば、魔物出現の予兆が出た。

 しかも、かつてないほどに、瘴気が濃い。

 これは強敵の魔物が出没するに違いないと、辺境伯の騎士団から精鋭を借りて、オレが連れてきた騎士団とともに出陣した。

 出現したのは、聞いたことがないほどに巨大なサイズのミノタウロスだ。束になっても無駄だと即座に判断して、オレ一人で応戦し、他の魔物の群れを葬るように指示を飛ばした。

 巨大な分、一撃一撃が重い。

 まさか、魔物相手に負けるかもしれないと思う日が来ようとは、夢にも思わなかった。


 騎士達に意識が向かないように魔法も放ち、大剣で受け止めてきたが――――大剣が持たなかった。


 砕けるとともに、後ろへと飛んだが間に合わず、斧の刃が身体を切り裂いた。


「陛下ッ!!」


 側近のプロトが止血して、護衛騎士達が立ちはだかる。


「やめろっ、逃げろっ……」


 そう言う声もみっともないほどに小さい。斧が振り下ろされる。これでは無駄死にだ。

 悔しさだけが沸き上がったが、その斧がこちらに届くことはなかった。


 地面に倒れたまま、見えたのは質素なドレスを着た女神。

 白銀の髪を靡かせた、紅水晶色の瞳のまだ少女と呼べる年齢であろう美しい女性。


 苦しげに呼吸している様子だが、オレの方は妙なくらい呼吸がしやすい。なんだか、空気がいきなり澄んでいるようだ。

 自分の汗を、袖で拭う彼女が神聖魔法を使ったのか。


「神聖魔法の使い手です。治療しますね」

「できる、のか?」

「はい。ご安心ください。すぐに癒しますわ」


 微笑みは、深い慈愛を感じた。藁にも縋る思いで手を伸ばすと、柔い温もりに触れる。

 意識が遠退くから、絶対にこの手を放すものかと、握り締めた。




 目を覚ました時に、まだ手の中に彼女の左手があったから、ホッとする。

 目を覚ましたオレに、心地のいい慈愛の声をかける彼女は、一体誰だろうか。

 女神が降臨したと言われても、信じられる。


 感謝と愛おしさを込めて、握った手に口付けをしたら、真っ赤になって取り乱した雰囲気となった。

 ちょっと安心してしまう。

 彼女は、人間だ。年相応の少女。よかった。女神では、手に入らないかもしれないからな。


 反対側についていてくれた側近のプロトに状況を確認すると、この少女は、オレ以外の重傷者も癒してくれたという。気絶しても離さなかったために、重傷者の騎士にはここに来て治療を受けたのか。申し訳ないと眉尻を下げると、プロトは首を振った。オレがあの巨大ミノタウロスを引き付けなければ、彼女が来るまでに死者が出ていただろう。

 プロトの報告の中で、やっと彼女はオレが皇帝だとわかったのか、顔を強張らせて、冷や汗を垂らしながら、オレが握ったままの自分の手を取り戻そうと振り回した。

 オレの評判に怯えているのか。皇帝だということに恐れてをなしているのか。どちらかはわからないが、可愛い足掻きをついつい眺めてしまった。

 すると、クラッと頭を揺らして倒れかけたものだから、ヒヤリと焦りが突き刺さる。

 それほど『冷酷無慈悲の皇帝』のオレが嫌なのかと。そうだとしても、この手を絶対に離さないと、握り直したが。


「魔法を連発しておりました! 巨大ミノタウロスも消滅させる神聖魔法を行使しても、我々を癒して、今も結界を張って守ってくださっています!」


 と、プロトは報告してきた。あのミノタウロスを消滅? ただでさえ、魔物一匹を消滅させる神聖魔法は魔力を消耗する技だったはず。それなのに、重傷の怪我を癒して、まだ結界を張り続けていた。


「感謝する! もう結界を解いてくれ。あとはオレがあなたを守る」


 もう無理をしなくていいと声をかけるが、彼女はゆっくりと身体を傾けると、地面に横たわってしまう。


「結界は……気にしないで、ください。疲れたので、寝ます。私のことは、どうぞ、気にしないで、置いていってください……結界が、守って…………ん……――」


 うとうとと瞼を閉じたり開いたりして、ぼそぼそと言っている途中で、彼女は意識を手放した。



「――――オレの女神……――」



 置いていくだって?

 オレには出来ない。なんでそんなことを言うんだ。

 一体、命の恩人を何もない平地に放っておいていくバカが、どこにいるという?


 自分の左手で、そっと頬に触れて、白銀の髪を退ける。

 すぅすぅ、と寝息を立てている顔が、穏やかで、癒されてしまう。ああ、なんてあどけない寝顔なんだ。愛おしい。


「陛下。まだ結界の外に魔物がいます」

「あのミノタウロス以外なら、なんとか倒せるだろう。皆で討伐を」

「あ、あの、陛下。それが……結界はまだ維持されているようです。光の円が、まだあります」


 蹴散らして、彼女をベッドに運んでやらねば。

 と、思ったのに、近衛騎士が指さす方を見てみれば、光る線が見えた。その向こう側には、うろつく魔物達が見えた。


 ポカンとしたあと、スヤスヤと横たわる彼女を見下ろす。


 彼女が気を失う前に口にしていたのは…………“結界が守ってくれるから、気にしないで、置いて行って”か?


「…………プロト」

「はい」

「……彼女、人間だよな?」

「……おそ、らく……」


 プロトが、自信なさげにオレと一緒に、彼女を見下ろす。


「眠っていても結界を維持し、重傷者も何人も癒した神聖魔法の使い手が……何故こんなところにいる? 一人だったか?」

「はい。お一人でした。辺境伯の騎士達も知らないとのことです。あと……彼女、水魔法で水分補給までしていらっしゃいました」

「は……?」

「水玉を出して、パクパクと飲み込んでいました」


 プロトの言葉は嘘ではないと肯定するかのように、うんうん頷いて見せる騎士達。

 …………人間だよな?

 思わず、また顔を覗き込んだ。

 水魔法なんて、神聖魔法並みに使い手が少ないほどに高度な魔法。それを水分補給で使えるほど、洗練されている魔法の使い手? 人間だよな? 女神か? 正真正銘の女神か? なら、どうやって繋ぎ止めればいいだろうか?



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