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98 帝位簒奪

 イエロー帝国皇帝、クリフ・イソ・イエローが崩御する少し前、帝国の西部ではレナードがエース・オブ・ワンドであるサイラス・ネイピアと密談をしていた。

 レナードは西部軍区のトップであり、ワンド騎士団は西部を管轄するスートナイツだった。

 レナードは老年に片足を突っ込んでおり、金髪の中にも白髪が目立つ。軍を統括しているだけあって、本人の体格もよいが、目の前のサイラスには劣る。

 レナードがサイラスに話しかける。


「サイラス、東部軍区ではソード騎士団のスートナイツ全員がカスケード王国により討たれたが、そのような事態になったのにも関わらず、ギャレット将軍だけを処罰して終わりにするのはおかしいとは思わぬか?」

「陛下への批判でしたら私は同意できませんが」

「まあ、陛下は無謬だからよしとして、兄のヘンリーがなんら責任を負わないのはおかしいであろう。特に、高齢の陛下に代わって国政をあずかる身だ。それでは他のものにも示しがつかぬだろう」


 サイラスはレナードの野望を知っている。次期皇帝には自分こそが相応しいと思っているのだ。しかし、それは皇族であるからこそ口にできることであり、いかに、エース・オブ・ワンドとはいえ、皇太子を批判してはその責は免れない。

 なので、慎重に言葉を選ぶ必要があった。


「軍人としては軍区のトップが責任を取ったので、それでよしとするものが多いでしょうな」

「一般論ではだな。ここでの会話を漏らすことは許さぬと言ったら、この先を聞く覚悟はあるか?」

「内容にもよりますが」

「そうだな、スートナイツの格付けでワンド騎士団がトップとなるというのはどうだろうか」


 スートナイツに格付けは無い。トランプであればスートの種類による序列はあるが、イエロー帝国のスートナイツにはそうしたものが無かった。ワンド騎士団がトップとなれば、そのエースであるサイラスはスートナイツの頂点ということになる。

 しかし、それで何が変わるのかサイラスはわからなかった。


「それで、どのようなメリットがあるのでしょうか?」

「名誉は言うまでもないが、全てのスートナイツの任命権限をエース・オブ・ワンドに与えるというのはどうだろうか。スートナイツの頂点なのだから、それくらいはあってもいいだろう」


 現在のスートナイツの任命については、各騎士団のエースが行っている。エースが引退するときには、次のエースを指名するのも仕事である。その権限をサイラスに集めようというのだ。権限があればそこに色々な利益が生まれてくる。サイラスはその利益を計算した。

 そして答えが出る。


「魅力的ですな。聞く覚悟はできました。口外はしませんが、私としても出来ることと出来ない事があります」

「そうだろうな。では、その先を話そうか」


 そこでレナードが話したのは、クーデターの計画だった。


「帝都にいる手のものからの情報では、陛下はもう長くはない。陛下の崩御直後に行動を起こし、皇太子を排除して私が帝位につく。陛下の崩御に駆け付けるとあれば、私が西部軍区から兵を率いて帝都に向かったとしても問題はなかろう」

「しかし、西部軍区をからにするわけにもゆきませぬから、少数となることでしょう。帝都の制圧は難しいのではないでしょうか」

「チャリス騎士団の説得が出来ているといえばどうかな?」

「よく説得出来ましたな。あそこのエースが首を縦にふるとはおもってもみませんでした」


 サイラスはセシリーのことを知っており、その性格からクーデターに賛同するとは思っていなかった。


「あそこのエースは姉の不始末で左遷されている。キングを説得したのだよ」

「そういうことでしたか。であれば、クィーン・オブ・ソードのしでかしたことも賞賛すべきでしょうな」

「まったくだ。ソード騎士団の崩壊に寄与して、皇太子を責める口実を作ってくれ、邪魔な妹も排除となったのだからな」


 ナンシーの裏切りからの東部軍区崩壊が、今回のクーデターについての動機にかかわっている。それがなくとも、どのみちレナードは野望に従い行動を起こしていただろうが、ちょうどよい口実を与えてしまっていた。


「しかし、帝都の制圧だけでは終わらぬでしょう。その間諸外国が黙っているとも思えませんが」

「そこで相談なのだが、一番の大国であるカスケード王国の国王暗殺をやってもらえないだろうか。あちらの得意な戦法である、国王の目の前への転移で精鋭を送り込み、その首を獲る。転移の魔法使いは俺の手駒を貸す」


 レナードは国内の混乱に乗じて、外国が動く可能性を考慮していた。周辺を見れば、今一番勢いのあるカスケード王国に動かれるのが怖く、そこを混乱に陥れて帝位に就く邪魔を出来ないようにしたかったのである。

 カスケード王国でもクーデターを発生させることが出来れば、その軍事力を削ることも出来るのだが、現在カスケード王国にはそのような隙が見つからず、国王暗殺を考えたのであった。

 サイラスはその成功の可能性を計算する。

 自分のところのキング・オブ・ワンドであれば、アーチボルト以外なら負けることは無いだろうと思っていた。しかし、どうやって国王の前に行くかが課題だった。


「キング・オブ・ワンドであれば、敵の真っ只中に転移して、国王を討ち取って再び転移することも可能でしょうが、問題はどうやってその国王の前に転移するかですな」


 サイラスは解決すべき課題をレナードに伝える。


「例えばだが、国王の視察の情報を事前に得て、あらかじめ転移する場所を決めておき、国王がその場に差し掛かった時に転移をするというのはどうだ?」

「流石は殿下。しかし、目で見える範囲に武器を携えて待ち構えるのも難しいですな」

「例えばだ、火属性の魔法使いをその場に待機させて、国王が差し掛かったら魔法を使わせるのならどうだ。それならば、魔法が見える範囲で距離を取って待機できるだろう。空に火球を打ち上げるのであれば、かなり遠くからでも見えるはずだ」


 こうして、レナードによりカスケード王国国王ウィリアムの暗殺計画が実施されることになった。皇帝の崩御に間に合うように、直ちに西部軍区から転移の魔法使いとキング・オブ・ワンドが出発する。

 そして、カスケード王国に入国すると王都で先に潜入していた工作員とおちあい、国王の視察計画を入手することとなった。工作員には皇族からの極秘指令とつたえ、クーデターの話をすることは無かった。

 そうして恩賜動物園の視察の情報を掴み、暗殺計画を実行へと移したのである。

 結果は失敗に終わったが。


 暗殺計画が失敗したが、クーデターの計画はそのまま進んだ。カスケード王国の動きを恐れて行動をしないほど、レナードの野望は薄いものではなかったからである。

 皇帝崩御の連絡を受けて西部軍区から駆け付ける動きを見せる。連れて行くのは精鋭の千人。それと南部軍区を管轄するチャリス騎士団も加わり、皇帝の葬儀を準備している皇太子を襲撃。味方だと思っていた軍に攻撃されて皇太子側は大混乱となった。

 この時皇太子はまた帝位継承の宣言をしておらず、皇帝の所有する軍を動かす権限が無かったため、用意をしてきたレナードに対して後手に回った。その結果宮殿内で皇太子は殺され、レナードが帝位継承を宣言する。これに対して他の皇族が異を唱えて各地で軍を動かす。各貴族もそれぞれがどの皇族を推すかで勢力が別れ、帝国内が大混乱となっていくことになる。

 レナードは即座に皇太子の子供たちにも刺客を送る。

 この時長男であるルイスは左遷されたセシリーが護衛しており、屋敷の中で異変に気づいたセシリーがルイスの傍に寄り添い、送り込まれた刺客と対峙する。


「賊が!このお方をどなたと心得るか」

「ヘンリー皇太子の長男で間違いなかろう」


 刺客は相手を確認する。

 セシリーは賊が間違いなくルイスを狙っていることを理解した。ただ、誰の差し金なのかはこの時点ではわからなかった。送り込まれた刺客が全員セシリーに倒された時、屋敷にも情報が伝わってくる。


「レナード殿下が帝都で軍を動かし、帝位簒奪をはかりました!皇太子様はレナード殿下の軍により命を落とされました」


 それを聞いたルイスは悲しむよりも先に、帝都を脱出することを決意した。


「ここから逃げよう」

「父上の仇はどうされますか」

「この屋敷の手勢だけで出来ると思う?」


 ルイスは感情に流されることはなく、冷静に状況を見てそう判断した。父親が討たれたとなれば、兵力も失ったと判断し、屋敷の警護をしている兵士だけでは、クーデターを実行した叔父のレナードには勝てないとみて、再起を図るために脱出を決意したのである。

 この時、チャリス騎士団はレナードの指揮下にはいっていたが、セシリーはその情報を知らなかったので、独自の判断で動くことにした。

 スートナイツの命令は各軍区の責任者が行うことになっており、南部はチャリス騎士団が将軍を脅してレナードの味方につかせていたので、本来であればセシリーもルイス討伐に加わる立場にあった。

 ルイスとセシリーが話し合っているうちに、サイラスが屋敷に到着した。

 セシリー相手では先にレナードの送った刺客では役者が足りないと思い、自ら足を運んだのである。

 そして案の定セシリーは生きていた。

 サイラスはルイスではなく、セシリーに話しかけた。


「戦地から左遷されたわりにはお元気そうで何よりです、エース・オブ・チャリス。ルイス殿下の護衛などという閑職に飽きていたころではございませんか?」

「皇族の警護に飽きるなどという不敬なものいい。スートナイツとしての品位を欠く言動だな」


 セシリーはサイラスに嫌悪のまなざしを向けた。

 サイラスはその視線を気にもせず、むしろ挑発するように笑う。


「あなたの所属するチャリス騎士団は、レナード陛下に恭順の意を示して、今はその指示で動いております。陛下のご命令でルイス殿下の命を頂戴したいのですが」


 それを聞いてルイスの顔はこわばった。セシリーもそれはわかり、ルイスを安心させようとする。


「そのようなことをいきなり言われて信じると思うか?勅令を確認出来なければ従えぬ」

「しかし、のちにそれが本当の勅命であったならば、罰せられることになりますが」

「確認出来ぬ以上は、今までの命令が優先する。殿下をお守りすることが私の仕事だ」

「お堅いですねえ。姉のせいで左遷されて与えられた仕事にそこまで従うこともないでしょうに。今陛下に従えばもっと良い待遇となりますが」


 サイラスはセシリーを鼻で笑う。

 セシリーにはその態度が我慢ならなかった。


「これ以上の話し合いは無意味」


 そう言うと、身体強化の魔法を使い身体能力を向上させ、サイラスへと斬りかかった。身体能力が向上したセシリーの攻撃では、サイラスは防戦一方となるが、攻撃を防ぎつつ呪いの魔法をセシリーに放つ。

 魔法がかかるとセシリーの両腕には蛇が浮かび上がる。


「さて、呪いをかけさせてもらいました。貴女の命はあと二週間。もっとも、意識があるのはその半分くらいでしょうかねえ。助かるために両腕を切断して、それでも殿下の護衛を出来るか楽しみです」

「貴様の呪いなど解いてみせる!」

「ええ、どうぞ頑張ってください」


 セシリーは自分を小馬鹿にした笑いを浮かべるサイラスとの距離を取り、ルイスの隣に移動すると直ぐに屋敷の外に転移した。そこから自分の宿舎に転移して、中に敵がいないことを確認してから、貯めていた金や着替えを持ち出す。

 逃げるための資金はそれしかなかった。

 セシリーは逃げる先のあてもない。西部軍区と南部軍区は敵対している可能性が高いので、どうするべきかとルイスに訊ねた。


「殿下、先ほどのエース・オブ・ワンドの話が本当であれば、西と南は危険です。どちらに向かいましょうか?」

「東かな。東部軍区では旧ビーチ王国の者たちが反乱をおこしており、帝国もその鎮圧に手を焼いている。だから軍も簡単には追ってはこれないだろうね。僕が皇子だとばれるとまずいけど、そこに居座るつもりはない。一旦国外に脱出して、機をうかがおうと思う」

「さらに東ですと、フォレスト王国でしょうか」

「その先、カスケード王国だね」


 その国名を聞いてセシリーの顔が険しくなった。自分が左遷された原因となった、姉が死んだ国だからである。しかし、ルイスはセシリーに遠慮をすることは無かった。


「思うところはあるかと思うけど、今我が国と戦う力があるのはあそこくらいだろうからね。こちらが提示する条件で兵を貸してくれるならいいじゃないか。断られたらその先に逃げよう。セシリーと一緒なら逃げられるだろうからね」


 ルイスはセシリーの転移の魔法に期待していた。

 セシリーもその期待に応えたかったが、呪いを受けた身ではどこまで動けるか不安だった。


「殿下、私は呪いを受けた身。いつまでお供できるかわかりません」

「それなら大丈夫。僕が魔法を打ち消す指輪をもっているから」


 そう言ってルイスはセシリーに自分の持つマジックアイテム、魔法を打ち消す効果のある指輪を渡した。セシリーはそれを受け取ると、自分の指にはめた。

 しかし、腕の蛇は消えることが無かった。

 指輪は魅了や命令強制の魔法については、事後に身に着けることでも解除できたが、呪いについては発動時に打ち消すことは出来ても、一度呪いにかかってしまえば解呪できなかったのである。それはルイスも知らぬことであった。


「そんな、指輪でも解呪出来ないなんて」


 ルイスは愕然とした。指輪があるから大丈夫だと思っていたのだが、それが役に立たなかったのである。落ち込むルイスにセシリーは気丈な態度を見せた。


「殿下、行くところまで行ってみようではありませんか」

「そうだな」


 こうしてルイスとセシリーの逃避行が始まったのだった。




いつも誤字報告ありがとうございます。

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