87 軍事衝突
クレーマン辺境伯の次男、フレディ・ミス・クレーマンは国境警備にあたっていた。陣地は柵でおおわれており、そこの奥にある櫓から遠眼鏡で見ている場所にはクリプトメリア王国の軍隊とイエロー帝国の軍隊の連合軍がいる。連合軍は合同軍事演習真っ最中である。
それに対応するために、五千の兵士で国境を挟んでクレーマン辺境伯の軍も軍事演習を実施していた。
すでに雨は止んでおり、河川の氾濫の影響も出ていない国境の土地は、軍隊が動くには問題が無かった。晴天ゆえに見通しも良く、お互いによく見えている。ただし、風は強くて砂ぼこりが目に入っては目から涙を流す兵士が多発していた。
フレディは副官であるファラデーに話し掛ける。
「ファラデー、スートナイツとか大層なことを言っても、ここから動きを見る限りでは、多少動きの良い兵士程度だな。恐れるほどのものでもない」
「さようでございますな。我が軍であれば十分に勝てるかと」
「父上も領土拡大を望まれておる。もしここで、相手と偶発的な戦闘になり、それに勝利して敵国に侵攻したとなれば、兄上にかわって私が跡継ぎという目も出てくるとは思わんか?」
フレディは兄のアルバートに代わって、クレーマン辺境伯を継ぎたいと考えていた。それについて今は目の前にチャンスが転がっていると思っていた。イエロー帝国のスートナイツであるエース・オブ・ソードとキング・オブ・ソードを倒してクリプトメリア王国の領土を切り取ることが出来れば、竜翼勲章相当の功績となる。
そうなれば、辺境伯になるのにも十分な実績なので、当然クレーマン辺境伯を継ぐことになると思っていた。なので、偶発的な戦闘を期待していたのである。
それはクリプトメリア王国側も同じであった。イエロー帝国からスートナイツが派遣されてきており、戦力的にはまたとない状況。人数ではクレーマン辺境伯軍に劣っているが、質で十分に跳ね返せると計算していた。
ただ、ジョーだけが、戦闘をするつもりが全くなかったのである。
にらみ合いながら軍事演習を続ける中で、ジョーはそろそろ帰国したいなと思っていた。
しかし、イーサンは違う考えだった。休憩時間にイーサンがジョーに話し掛ける。
「なあ、ジョー。ここで偶発的な戦闘が起こって、それが戦争に発展したら、俺たちがここにいることがカスケード王国でも話題になるだろう。そうすればナンシーの耳にも入るんじゃないか」
「どこかに潜伏しているなら、その話を聞いて合流しようというふうに思うかもしれないな」
「だろう。目の前の敵は見た感じで三千から六千ってところだ。やってやれない数じゃない。相手がこちらをなめて攻撃してくれたらもうけものなんだがな」
「戦うつもりはないんだが、ナンシーを見つける手掛かりになるなら話は別だな。ただ、こちらから仕掛けるようなことはしないぞ」
「わかっているって」
ジョーは戦闘には乗り気でなかったのと、他国での戦闘となれば補給に難があるため、ナンシーを見つけるのを優先するまでの決断は出来ない。あくまでも成り行きでそうなればという程度の気持ちだった。
しかし、運命というものがあるのか、休憩後にその機会が訪れる。
連合軍は弓矢を使った訓練を実施。自陣と敵陣の間に設置した的を狙って射撃をしていたが、その時一本の矢が風に乗ってクレーマン辺境伯軍の柵まで届いた。その時の守備隊長はフレディから何かあったら即反撃しろと言われていたので、すぐに応射するように命令を下した。
クレーマン辺境伯軍からの大量の矢による攻撃に、クリプトメリア王国軍が応戦する。イエロー帝国軍はその状況に困惑して、ジョーに指示を求めた。
ジョーもこうなっては仕方が無いかということで、戦闘命令を下した。
元々軍事演習ということで近場でのにらみ合いを行っていたので、両軍が激突するのは早かった。
応射の連絡を受けたフレディはファラデーを伴い指揮を執る。
「せっかく陣地があるのだ。相手に攻めさせて消耗させろ」
フレディの指示に従い、クレーマン辺境伯軍は陣地にこもって矢を射かけた。陣地に取りつこうと攻めていたクリプトメリア王国軍には被害が出るが、イエロー帝国軍は射程圏外で待機している。何もしないのかというとそうではなく、ジョーとイーサンが二人だけで敵陣へと向かっていた。降り注ぐ矢を躱して柵まで到達すると、それを軽々と飛び越えて陣地内へと到達する。こうなっては矢では攻撃できないので、クレーマン辺境伯軍の一部は剣に持ち替えて迎撃をすることになった。
しかし、その持ち替える間に数十人が倒される。
そうなると、さらにほかの兵士も持ち替える必要が出てくるため、弓矢による攻撃は止んだ。それを受けてイエロー帝国軍は前進を開始する。クリプトメリア王国軍もクレーマン辺境伯軍の陣地に取りついた。
クレーマン辺境伯軍の攻撃が止まったことで、イーサンは魔法を使う。
「貴様ら、同士討ちをしろ」
イーサンの魔法は強制。魔法の効果は術者の命令を強制的にきかせること。
この魔法によってクレーマン辺境伯軍は同士討ちをはじめる。ジョーはイーサンを見ると苦笑した。
「相変わらずえげつないな」
「そうなんだが、距離が近くないと魔法がかからないのと、魔力を大量に使うからこれで打ち止めっていうのが難点なんだよなあ」
「連発出来たらお前が皇帝になっているよ」
「がらじゃないけどな」
イーサンの言うように、この魔法は効果範囲が狭くて、魔力の消費量が大きい。そのため、ここぞというところでしか使えなかった。
それでも、密集した状態で同士討ちを始めたクレーマン辺境伯軍は大被害となる。
フレディは焦ってそばにいる魔法使いに命令した。
「あそこの最初に乗り込んできた敵兵を、同士討ちをしている者たちごと魔法で撃て」
「味方も巻き込んでですか?」
魔法使いは命令に驚いてフレディの顔を見た。魔法使いの属性は火。ファイヤーボールを使うことが出来るのだが、敵味方が密集しているところでは、文字通りのフレンドリーファイヤーとなってしまう。
「かまわん。このままではこちらが崩壊する!」
魔法使いは命令に気乗りしなかったが、命令を聞かなければ罰せられるのは自分なので、しぶしぶ魔法を使ってファイヤーボールを撃ち込んだ。
着弾すると爆炎が上がる。
「やったか!」
フレディは歓喜の声を上げるが、炎が収まるとそこには火傷一つないジョーとイーサンの姿があった。
「残念だったな。俺に魔法はきかないんだ」
ジョーはそう言う。ジョーの魔法は魔法の打ち消し。ジョーの周辺は魔法が無効化されるのである。ファイヤーボールが焼いたのはその効果範囲の外だけ。これにより、被害はクレーマン辺境伯軍だけが負うことになった。
「馬鹿な!もう一度撃て!何度でも死ぬまで撃つんだ!」
フレディはそう命令をした。これにより魔法使いの攻撃は効き目のないジョーに集中し、連合軍は魔法の脅威にさらされることなく戦うことが出来た。
そして、ジョーとイーサンは魔法使いの隣にいるフレディが指揮官であると理解し、その首を取るために突き進む。スートナイツの二人を止められるような人物はクレーマン辺境伯軍にはおらず、あっという間にフレディの首が宙を舞った。ジョーの剣がフレディを斬ったのである。
フレディが討ち死にしたことで、クレーマン辺境伯軍は大混乱に陥る。兵士たちは我先にと逃げ出して戦闘は終結した。
クリプトメリア王国軍は国王への報告に伝令を走らせる。
そして、近場の駐屯地から物資を輸送し、カスケード王国へ侵攻することにした。
戦い終わった戦場を眺めながらジョーがイーサンに話しかける。
「本当に戦闘になったな」
「まあこうなったら覚悟を決めることだな。うまくナンシーに伝わってくれるといいんだが」
そういうイーサンの言葉は成就する。
クレーマン辺境伯領に侵入した連合軍は、災害で士気の上がらないクレーマン辺境伯軍を簡単に蹴散らす。ただし、災害で道は寸断されており、進軍速度は遅かった。
そのため、領都が陥落する前に東部地域にいたスティーブの耳にも戦争開始の情報が伝わった。
その日、スティーブはグリフィス子爵の居城で子爵とイヴリンと打ち合わせをしていた。東部地域の復旧作業はクレーマン辺境伯領以外は順調で、急ぎでやるべきことは終わっていた。本格的な復興には時間がかかるため、スティーブが関わらずにここで終わりにするか、それともクレーマン辺境伯領も復旧作業をするかという内容である。
そこに慌てて兵士が入ってくる。
「閣下、緊急事態が発生いたしましたのでご報告に伺いました」
「なにごとか?」
「クレーマン辺境伯閣下とクリプトメリア王国軍、イエロー帝国軍が戦闘状態になっております。すでに国境を破られ、敵はクレーマンラントに迫っているとのこと」
「なんだと!」
「えっ!?」
兵士の報告にイヴリンも驚いた。ここのところ領地の城には帰っておらず、領地内の情報を持っていなかったのだ。加えて、領内の復旧作業についてはクレーマン辺境伯から許可が出ないだろうということで、それ以外の東部地域だけを巡回していた。だから実家が戦争状態になっているのを知らなかったのである。
通常であれば戦争の話などは直ぐに流れてくるであろうが、洪水によって道路は寸断され、また、対応の悪いクレーマン辺境伯のところに行かずとも、イヴリンとスティーブが復旧作業を手伝ってくれるので、東部の貴族たちがクレーマン辺境伯の情報を得る機会が極端に減っていたのである。
「軍事演習っていうことだと思っていたけど」
スティーブが言うと、兵士は頷く。
「軍事演習の最中に、敵軍からの矢がこちらの陣地の柵に届き、それに応射したことで戦闘がはじまったということです」
「まあ、お互いににらみ合って緊張を高めていけばそういうことも起こるか」
スティーブは天を仰いだ。敵はイエロー帝国のスートナイツも二人いる。クレーマン辺境伯軍が対抗できるとは思えなかった。対抗できているようならそもそも、領都に敵が迫ってくることもないだろう。
「どうしますかねえ?」
スティーブはちらりとイヴリンを見る。イヴリンは黙って考えていた。そして、口を開く。
「閣下、敵を駆逐できますでしょうか?」
「どうだろうね。まあ、うちにもイエロー帝国に詳しいのはいるから、聞いてみようと思うけど。だけど、クレーマン辺境伯が僕の助けをよしとするかな」
「しないでしょうけど、そうなれば領都は陥落して東部も敵に蹂躙されることになるでしょう。父が反対する様なら、父を殺してください」
イヴリンの申し出にスティーブは苦笑する。
「流石に殺すのは出来ないかな。まあ苦情は後で聞くとして、敵を倒す方法を考えるよ」
「閣下ならわからず屋の父を殺したとして、陛下から罰せられることもないでしょう。それに、東部の貴族も皆が閣下に味方するはずです」
「殺さなくとも黙らせることは出来るから、心配しなくても大丈夫」
やたらと殺すことにこだわるイヴリンの説得に、そうはしなくないスティーブは手を焼く。しかしながら、ここ最近の心を開いてくれた東部の貴族たちも、この大災害に手を打てないクレーマン辺境伯に対しては露骨に嫌悪感をあらわにしていた。
すべてが収まったとき、どうなるのだろうと心配になる。
「それでは、僕は一度陛下に参戦の許可をいただいてきますね」
スティーブはそういうと王城へと転移する。
急な来訪ではあったが、竜頭勲章の威光で門番もすぐに動き、スムーズに国王との面会となった。
国王はスティーブをみるなり安堵の表情を浮かべる。
「探していたぞ、アーチボルト卿」
「どういったご用件ででしょうか?」
「クレーマン辺境伯の領地にクリプトメリア王国とイエロー帝国の連合軍が攻め込んだ。その件で出撃をしてもらおうと思ってな」
「僕もその許可をとりに来たのです」
国王のもつ情報網も、今回の大規模災害で使い物にならなくなっていた。そのため、敵国の侵攻についての情報入手が遅くなっていたのだ。加えて、クレーマン辺境伯の報告も遅かった。
そして、その情報を得てからすぐにスティーブを探したが、アーチボルト領にはおらずブライアンも連絡を取れないということで、頭を悩ませていたのだ。
ブライアンはスティーブが帰宅したら伝えると言ったが、それがいつになるのかはわからないと言われていたのだ。
「それならば話が早くて助かるが、いよいよ帝国との直接の戦争か。西部にも備えさせねばならんな」
「二正面となるのでしょうか?」
「今のところ、ソーウェル卿からも連絡は無いし、我が間諜網からも帝国の動きの報告は無い。それに、此度の戦は偶発的なところから発生しているから、お互いに準備をしていなかったのだ。クリプトメリア王国にしても、合同軍事演習をしていた部隊が準備の整わぬクレーマン辺境伯を攻撃しているだけで、他の領地へは攻撃が来てはいない。しかし、クリプトメリア王国は大規模な動員をする兆候があるとのこと。今の東部にはそれを迎撃するだけの余力はない。国軍を動員した場合には他の守備がおろそかになるしな」
急拡大した国土があだとなり、国軍は広く薄く配置されていた。それを補うのが鉄道網であるのだが、東西から攻められた場合には手が回らない。
「防衛ラインを決めて、そこまでは一旦後退することになりますかね」
「仕方がないがな。ただ、先ほども言ったように帝国が動くにしてもまだ時間はかかる」
とにかく今は東部のクリプトメリア王国を叩いて、二正面とならないようにしたいというのが国王の考えであった。
そして、スティーブは国王にお願いがあったことを思い出す。
「僕がクレーマン辺境伯領内で活動することについて、クレーマン辺境伯から苦情があった場合は陛下に回してもよろしいでしょうか」
「当然だ。場合によっては爵位はく奪も考えている。ハイス川の氾濫は仕方がなかったしにても、その後の対応はなんらかの罰を与えねばと思っていたところだ。そこに来て敵と偶発的とはいえ戦端を開いたとなれば降爵は免れない。何を喚いたところで気にするな」
「承知いたしました。それではご下命賜りました」
こうしてスティーブはクレーマン辺境伯領で敵と戦うことになった。