表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/185

86 ジョセフ・フロベール到着

 ジョセフ・フロベールはカスケード王国の西部地域の大都市、ソーウェルラントに到着した。イエロー帝国からフォレスト王国を経由してカスケード王国に入国するまでは馬車の旅で、お尻がとても痛かったが、カスケード王国に入国してからは蒸気機関車でソーウェルラントまで移動となったため、その痛みが悪化することはなかった。

 ホームに降り立ち、蒸気機関車を振り返る。


「こんなものが実用化されているとはな。話には聞いていたが、駅周辺の施設とあわせるとどれだけの利益をうむのだろうか。いや、建設費と維持費を考えたら真似をするのは容易ではないが」


 商人のさがで、ついついそろばんをはじいてしまう。政商である彼としては、国が建設する鉄道の資材調達や、建設に絡むことで利益を得られればそれでよく、自ら鉄道の経営をするところまではする必要がなかった。

 しかし、インフラが生む利益も見えてくると、そうした社会インフラを国家権力を後ろ盾にして扱うのもよいなとは思えた。

 ここでジョセフは本来の目的を思い出す。


「鉄道についてはまた今度だな。ギャレット将軍から紹介されたところにいかねば」


 そういうと駅から出る。

 ギャレット将軍が紹介したのは新規に構築している諜報網のメンバーが経営する宿だ。経営者はカスケード王国の国民であるが、工作員に脅されて宿を活動拠点として提供している。地元の住民ではないものが滞在するのに宿は丁度良い。そこにはイエロー帝国の工作員がいれかわりたちかわり宿泊し、情報交換を行っていた。

 そこでジョゼフはイノという工作員と接触する。

 イノは日焼けした肌と人のよさそうな笑顔、悪く言えばちゃらい外見だった。イノとジョセフはお互いに相手の情報を得ていたが、よく似た別人に話してしまうと大問題となる内容だけに、事前に取り決めた符丁をやり取りすることになっている。

 ジョセフはイノが宿の食堂にいるのを確認して隣に座る。そして話しかけた。


「東部の雨はあがりましたか?」

「あがったみたいだが、水はひかない」

「ならば爺さんに会いに行くのは無理か」

「爺さんはどこだい?」

「クレーマン辺境伯の領地の田舎さ」

「名前は?」

「ギャレット」

「よかったら俺が途中まで案内しようか。水のないルートを知っている。ついてきな」


 イノはそういうと席を立った。ジョセフもそれに続いた。

 二人は宿の一室に入る。


「ジョセフ・フロベールだな」

「ああ。ギャレット将軍の指示でここに来た」


 この部屋はいつも工作員たちが情報をやり取りする部屋だ。両隣の部屋は常に空室で、話を聞かれることがないようにしてある。ここでやっとジョセフは安心して話すことが出来た。


「買い物を手伝えっていう連絡だけ来ている。商売柄細かい内容は漏洩した時に困るから、本人に聞くことになっていてな」

「そういうものか。なるほど。俺がここに来たのはカスケード王国の木材価格の吊り上げだ。復興に使う木材の価格が上がれば、それだけカスケード王国の国力を削げる。それが狙いだよ。ここでは先物取引が出来るそうじゃないか。その注文を出す商人、隠れ蓑になるやつを調達してほしい。それも複数」


 複数と言われてイノの顔は険しくなる。


「複数か」

「無理なのか?」

「無理じゃないが、協力者を作るのも大変でね。帝国に寝返ろうってやつがここにはいないから、脅迫していうことをきかせることになるんだが、その数が増えればそれだけ露見するリスクが増える」

「それはこちらも同じだな。一人の商人だけが異様に買い上げてしまえば、どうしても買い占めが露見しやすくなる。帝国なら息のかかった連中を使えたが、外国ではそうもな。あとは俺みたいな大きな商会を運営しているやつを使うかだが」

「そりゃもっと無理だ。護衛が必ずついている」

「だよな」

「個人商店に毛が生えた程度の奴らを何人か使えるようにしておく。しかし、金はどうにもならねえぞ」


 イノは右手の親指と人差し指で輪っかを作り、金のゼスチャーをした。それについては当然ジョセフは用意してあった。


「自分が商売用に持ってきたのがあるのと、ギャレット将軍が手配してくれた金を持って、俺の使用人たちがあとからやってくることになっている。一度に大金は運べないからな」

「両替商が疑うからな。じゃあ金が届くまではこっちも時間をもらえるわけだ」

「そうだな。しかしあまり時間はないぞ」

「わかったよ。こっちもプロだ。任せときな」


 話が終わって二人は部屋から出た。宿の主人にイノはジョセフを紹介する。


「この人は俺の客だ。東部の爺さんに会いに行きたいらしいが、まずは生存を確認する必要がある。俺がそれを引き受けたから、それがわかるまではこの宿に滞在してもらうことになった」

「それでは料金は前払いで一週間分をいただきましょうか。さらに延長する場合も先払いになります。途中で出立される場合には日割りでお返しします」


 主人は料金についてジョセフに説明した。


「よろしく頼むよ」


 こうしてジョセフは宿を拠点に相場を仕掛けることになった。

 準備が整うまではソーウェルラントを歩いて物価を確認する。そこでは帝国とあまり物の値段はかわらず、比較的物価は安定しているように思えた。

 次に先物取引市場を見ようとしたが、仲買人と一緒でなければ中には入れないということで、外の黒板に書かれた価格だけを確認することになった。黒板には現在の取引価格と前日との価格差が書かれているが、それ以上の情報は無い。黒板を掲示している男たちはそれ以外にチャートを売っていた。チャートは値動きを描いたグラフである。こちらは有料。ジョセフは値動きを知るために、木材の価格のチャートを購入した。


「これは便利だな。たんに価格だけ書かれていても頭の中で値動きに直すのが大変だが、グラフになっていれば視覚でわかりやすい」


 スティーブの考案した各種のチャートは、いまやソーウェルラントでは常識となっていた。証券会社ではさらにこれを研究してあらたなチャートを作り出そうとしている。


「蒸気機関車といい、先物取引といい帝国は国力でカスケード王国に抜かれるのではないかな。軍事力でそれを跳ね返せるかといったところ。将軍が経済戦を仕掛けるのも頷ける」


 愛国心という感情を抜きにしてそう分析した。ひょっとしたら自分が生きている間にも国力の逆転はあるかもしれないなと思うジョセフであった。その後はレストランで食事をとって宿に帰る。

 そんな生活を三日も続けると、イノから報告がある。


「準備が出来たぜ」

「そうか。じゃあ動こうか」


 こうしてジョセフはイノが作った協力者を通じて、木材先物に買いを入れた。


 ソーウェルラントで相場の値動きを見ていたバルリエは、木材の価格の異常な上昇を見つける。復興に使う材料であるので、東部の大洪水以降は上昇傾向であったが、ここにきて異常な上昇をしてきたのだ。ところが、この上昇は王都からの報告にはない。つまりはソーウェルラントだけ誰かが価格を吊り上げているのだ。

 なお、王都の価格については鏡と光を使った通信で送られてくる。オーロラが証券会社のために国王に許可を取って使用しているのだ。

 バルリエはすぐに木材の先物を買っている仲買人を調べた。仲買人は複数であり、注文を出している商人も違っていた。その商人たちは大きな商会ではなく、中規模でも小規模よりの商会だったのである。


「さては、複数で徒党を組んでの仕手戦ですかねえ」


 バルリエはそう予想をした。資金力がない者たちも集まれば力となる。いままでもそうした連合軍で相場を仕掛けた者たちがいた。しかし、所詮は集まったところで弱小。程よく吊り上がったところを売り崩して儲けてきたのだった。今回もそうならよいがと舌なめずりしながら、もう少し情報を集めようと動くのだった。

 そして、ある程度情報が集まったところでオーロラに報告をする。


「閣下、どうも木材の先物を不当に吊り上げている連中がおるのですが、いかがいたしましょうか。東部の洪水を金儲けに使っているとクレーマン辺境伯に知られた場合、いらぬ因縁を付けられる可能性もありますが」

「それは良くないわね。それで、相手の背景はわかっているの?」

「4人の商人が手を組んでいるようです。いずれも小さな商会ですから、売り崩せば堪えられずに買いを手じまいすることでしょう」

「失敗しないでちょうだいね。踏み上げられて高値で買い戻したら、余計に価格があがっちゃうから」


 オーロラは少し気になるところがあった。弱小の商会が儲けるチャンスということで、この状況で木材価格を吊り上げれば、オーロラに睨まれることをわからないものかと。

 バルリエからその商人の情報を入手し、背景を独自に調べることにしたのである。


「ところで、今回は坊やと手を組むの?」

「竜頭勲章閣下は最近お顔をお見掛けしませんな」

「私の情報網も坊やを見失っているし、どこかに長期出張かしら。でも、陛下に動きもないし、外国にでも行ったのかしらね。見張っていないと何をしでかすかわからなくて不安なのよ」

「利権に乗り遅れるのが怖いのではなくてですか?」

「それは副次的なものよ。引き起こす事件が大きすぎて早めに情報を掴んでおかないと対応が出来ないの。結果、早く情報を掴んだことで他人を出し抜けるってことよ」


 東部にいるスティーブは珍しくオーロラに報告をしていなかった。そして、王都を挟んで反対側の地域であることと、大規模災害で情報網が寸断されたことから、その存在をつかめていなかった。

 オーロラはその事がとても気持ち悪かった。目を離せば何をするかわからないいたずらっ子を見失ったようなものである。アーチボルト家に探りをいれるも、明確な答えは来ない。というか、隠蔽している気配を感じた。

 それもそのはずで、敵視されているクレーマン辺境伯の令嬢が親に内緒で会いたいというので、その情報を外に出さないように気を遣っていたのである。

 オーロラがスティーブの居場所をしるのはもう少し先のことになる。

 また、バルリエは期近の取引最終日が近いため、期先の次限月から売り崩しをしようと機会を待つことにした。

 こちらはスティーブがいないので、サリエリ商会とエマニュエル商会への話はバルリエ自身が行うことになった。オーロラからの指示で絶対に負けられないため、ソーウェルラントの大手の商会二つに声をかけたのである。

 エマニュエル商会はスティーブのところに納める木材価格の高騰に頭を悩ませていたところで、不当につり上げている者に対しては排除したいと思っており、バルリエと利害が一致した。

 一方のジョセフはバルリエとの対決が望みであったが、バルリエがすぐにはポジションを取らなかったため、対決は未だかとその時を心待ちにしていた。

 そうしている間にも、帝国から次々と資金が送られてくる。資金の準備は着々と進み、早く対決できないかという気持ちを抑えるため、バルリエ商会を遠くから見てガス抜きをしていた。

 やはりバルリエは相場師であり、目の前の相場に興奮がとまらないのである。


いつも誤字報告ありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ