81 かき氷
ワーナー男爵の領地ではオークレイとエリカの結婚式が執り行われていた。これから平民となる二人はひっそりと暮らすため、この結婚式もひっそりと執り行われている。出席者はとても少ない。
とても少ないのだが、ワーナー男爵夫妻はとても緊張していた。
まずはオークレイの父親であるパインベイ王国の国王が列席。となればカスケード王国の国王もとなり、ウィリアム国王も列席。派閥の領袖であるオーロラ夫妻に、今回の立役者である竜頭勲章のスティーブである。
ひっそりと執り行うため、スティーブが各地から転移で要人を連れてきたので、護衛は全くいない。
何かあったらどうしようという気持ちでいっぱいだったが、スティーブがいるここが大陸で一番安全なのである。
オークレイとエリカが口付けして指輪を交換したところでみんなから祝福されて式は終わった。
偉い人たちは早速政治の話になるが、エリカの妹のアシュリーはその輪に加わる必要もなかったので、新郎新婦のところに残った。
スティーブも政治の話は苦手なので、一緒に残っている。
「エリカ、おめでとう」
「ありがとう。これもアシュリーが勘違いしてくれたおかげね」
「あの時は申し訳ないと思ったけど、結果的に私のおかげっていうことでいいのね」
「調子にのらないの」
エリカはそういって怒ったふりをすると、オークレイが笑う。そして、改まった顔でスティーブの方を向いた。
「アーチボルト閣下、何から何までありがとうございました。メルダ王国までの旅券も手配していただき」
「新婚旅行を楽しんで来てね。到着するころを見計らって僕も行くから」
「はい」
新婚旅行という概念はまだないが、スティーブはメルダ王国までの旅券をオークレイとエリカにプレゼントした。蒸気機関車と船、そしてまた蒸気機関車に乗っての旅である。転移であれば一瞬だが、折角なので旅行をしたらと提案したのだ。二人は快くそれを受け取る。
なお、船についてはレミントン辺境伯に話をつけて、運航船の特別室を手配してもらっている。大きな船室ではなくて、個室であった。
これから二人は時間をかけてメルダ王国を目指すことになる。
それを思うとアシュリーの目には涙が溜まった。
「エリカ、元気でね。たまには手紙を書いて。この領地は私が結婚して受け継いで盛り立てていくから心配しないで」
そういわれるとエリカの目にも涙が浮かぶ。
「子供が出来たらお父様とお母様のところに挨拶に来るから」
「じゃあ、毎年子供を産んでよ」
そういってアシュリーがエリカに抱き着いてワンワン泣いた。エリカはアシュリーの頭を優しくなでるが本人も泣いている。そんな光景を見てスティーブも少しもらい泣きして、直視するのがつらくなり国王やオーロラの方を見たら、伏魔殿に生息する妖怪たちがバチバチにやりあっていて、感動の涙もどこかに消えてしまった。
そんな結婚式からしばらく後、スティーブはクリスティーナ、ベラ、ナンシー、それとオーロラとハリーが一緒にメルダ王国の王城にいた。そこで姉夫婦と会っている。
「姉上、随分とお腹も大きくなりましたね」
「早く生まれてほしいわ。お腹が重たくて動くのが大変で」
シェリーはそういうとお腹を撫でた。現在シェリーは妊娠しており、出産を控える身だ。万が一があるといけないので、スティーブがちょこちょこ様子を見に来ている。何かあればすぐに回復魔法を使うためだ。
なお、シェリーはメルダ王国復興の仕事が山積みであり、毎日のように仕事をしている。スティーブは流産するのではとハラハラしていた。
「私も生まれる直前まで仕事をしていたものよ」
と経験者のオーロラは言う。彼女も母親なのだ。
そんなオーロラが出産の経験を話すと、シェリーはどんどん緊張から顔が険しくなる。兎に角痛いのが怖いのだ。
そんなとき、メイドがトレーにかき氷を乗せてやってきた。
「かき氷をお持ちいたしました」
シロップのかかったかき氷を持ってきたのだ。シロップについては事前に好みを聞いており、それぞれの注文に応じたかき氷を置いていく。
「メルダ王国の新名物かき氷よ」
シェリーは自慢げにかき氷を指さした。
これはエリカの魔法で作った氷と、スティーブがアーチボルト領で作っているかき氷機を使って作ったものだ。エリカが毎日魔法を使わなければならないというのと、南国のメルダ王国で生活するというので、かき氷屋を出来るようにとスティーブが考案したのである。
エリカの魔法の暴走はスティーブの予想した通り、魔力が溢れてしまうことによるものであった。新婚旅行の最中は宿泊する宿だったり、蒸気機関車の運転士に事情を話してあり、氷が出現しても気にしないようにとなっていた。
船はもっと楽で、魔法で作った氷を海に沈めるだけである。余った魔力で小さな氷を作り、お酒用のロックアイスにしたのが大好評だったというのもあった。その経験から、ロックアイスも販売している。
これらが大人気。暑い気候のおかげで大繁盛なのだ。
シェリーなどは仕事に疲れると甘いシロップをかけたものをよく食べた。エイベル国王は妊婦がお腹を冷やすのを心配したが、今のところは食べ過ぎないようにしているので問題は出ていない。
スティーブもアーチボルト領でかき氷を魔法を使って作っているのでクリスティーナたちには珍しくはないが、オーロラは初めてであった。
オーロラはスプーンで氷を掬うと口に入れる。
「甘くて美味しいわね。これうちの領地でも出来ないかしら?」
そういってスティーブの方を見た。
「かき氷機は販売しておりますし、氷室を作れば魔法がなくても夏に氷を食べられますよ。メルダ王国では氷室を作れませんけどね」
南国のメルダ王国ではそもそも氷が出来ないので、自然を利用した氷室を作れない。しかし、ソーウェル辺境伯領ならばそれは可能だ。
かき氷機は鋳造でつくる本体と、氷を削る刃。それに回転させるためのハンドルや歯車は魔法が無くても作れる。氷が一般的ではないので、量産体制は整えてはいないが、ニックが若手を育てるのと自分の息抜きで、工場長の仕事の合間に作っているのだ。
シリルも報告書を作成してはみたものの、技術的には目新しいものはないので研究対象外とされた。ただ、国王はかき氷を食べたいというので、一機献上はしてある。
「本当に魔法を使わなくても出来るものばかり考えるわね」
「僕がいなくなっても継続できるものを残したいんですよ。将来僕が居なくなっても、領地に産業は残りますから」
「領地どころか、こうして他国にまで残ったじゃない。歴史に名が残るわよ」
「それを望んだわけではないですけどね。領主の息子として領民が食べて行けるようにと考えたおまけです」
弟の話を聞いてシェリーが苦笑する。
「本当は嫁入り道具として、この弟を連れてきたかったのですけどね」
「それは父上が許しませんし、我が国王陛下も許可しないでしょう」
「そうね。それで私が持ってきた知識だけじゃ限界があるし、カスケード王国に優秀な研究者を留学させようとおもうのよ」
「研究結果の国外流出になるのに、留学が許可されますかねえ」
スティーブはシェリーの考えている留学が簡単には許可されないだろうと思っていた。
王立研究所での研究内容は国家機密であり、そこから公表されたものもブラックボックスが多い。いくら属国とはいえ、そこに留学生を受け入れるようなことが許可されないと考えたのである。
しかし、オーロラの意見は違った。
「どうかしらね。優秀な留学生は国に帰れば国家の中枢を担う可能性が高い。そうした人材が自国で学んでコネクションを作るのであれば、カスケード王国にとってもメリットはあるわ。それに、留学中にカスケード王国に好感を持ってくれたら、その後の外交は下手な工作をするよりもよっぽど楽だし。陛下もそう考えるはずよ」
「ソーウェル卿がそう言うならそうなんでしょうね」
「目の前の利益だけを考えていては国家の運営は出来ないということよ」
オーロラはスティーブがまだまだこうした政治的な考え方が出来ないことを喜ばしく思った。今のスティーブが政治的な駆け引きまで完璧になってしまえば、自分を頼ってくることもなくなるだろう。そうなれば、今スティーブから享受している利益は全て無くなる。
できればずっとこのままでいてほしいと願っていた。
かき氷を食べ終わると、エイベル国王がお酒をすすめる。
「ロックアイスで冷やしたお酒もありますが、いかがでしょうか」
「それをいただきたいところだけど、仕事の話を終わらせてからじゃないとね」
オーロラは本来の目的である仕事の話を切り出す。
「こちらが用意してきた契約書。鉄道の敷設に関しての建設・保守費用はソーウェル家が全て負担する代わりに、土地の使用料は永年無料。車両とレール、駅や周辺施設の所有権はソーウェル家とする。沿線住民の苦情はメルダ王国が受ける。沿線の治安についてもメルダ王国が責任を負う。駅周辺の施設については10年間は無税とする代わりに、社長、支配人以外はメルダ王国の国民を雇う。この10年間は競合する商売の許可を出さない。この内容でいいかしら?」
そういってハリーに指示を出して、用意してきた契約書を出させた。エイベル国王とシェリーはその契約書に目を通す。すでに事業の一部には着手していたが、正式な契約を結んでおこうというのが今回の目的。元々の口約束の追認であるので、大きな交渉を必要とすることもなかった。
「ええ。これで間違いないです」
エイベル国王は契約書の内容を確認してサインした。オーロラは満足そうに笑顔を浮かべると、エイベル国王が勧めてくれた酒を要求した。
「それでは、我々の共栄に乾杯しましょうか」
スティーブが新たに作ったガラスのグラスに注がれたお酒をオーロラは高々と掲げた。
契約内容は鉄道利権を一手にソーウェル家が握るようなものであったが、メルダ王国にもメリットはあった。軍事費を大幅に削減したことにより、失業した兵士が大量にあふれたのである。
しかも、シェリーの知識により、クラゲを使った肥料の生産がおこなわれ、メルダ王国でも農業生産は向上していた。そのため、兵士を農民に転換させるのも難しくなっていた。
そこに出てきた鉄道事業である。駅周辺の開発もソーウェル家が負担してくれ、大規模の雇用が生まれるというのである。そもそも、10年間は競合の営業を認めないといっても、経営ノウハウがないのでうまくいくとも思えない。
シェリーはこの話が流れないように、スティーブに頼み込んでオーロラが乗り気になるようにしてもらっていたのである。
そこでスティーブが用意したのが数々のゴーレムを使った仕掛けだった。エリカの魔法を習得したスティーブは、氷以外のゴーレムを作ることが出来るようになっていた。
まず作ったのはゴーレムによるトロッコ。蒸気機関車は持ち込めないので、代わりにゴーレムを動力にしたトロッコだ。上下運動を進む力に変換するトロッコならば、腕だけのゴーレムを作ってハンドルを上下させるだけでよい。ゴーレムというと人型をイメージされるが、腕だけのゴーレムを作ったときはみんなに驚かれた。
しかし、工業用ロボットを見てきたスティーブとしては、ロボットと同じゴーレムについても人型である必要はないと思っていた。
術者以外でも命令が出来るように、命令用のワンドを開発。運転士がワンドを握って命令をすると、ゴーレムが掴んだハンドルを上下に動かしたり、止めたりすることが可能になった。人間の漕ぎ手と違って疲れを知らず、はるかに力強いので蒸気機関車とまではいかないが、中々の高速と運搬重量を実現できている。
さらには、ゴーレムを使ったクレーンゲームも開発。ワンドを介して前後左右にアームを操作し、景品をつかみ取るゲームはオーロラに大好評だった。子供相手のゲームではなく、高額商品を使って富豪を相手にするつもりだ。現在は確率の調整中である。
そのほかにもカジノやスポーツ観戦ができるスタジアムも計画している。
スポーツ観戦としたのは、毎日客を呼ぶのには剣闘などでは選手が足りなくなるため、ボクシングだったり、ラグビーのような荒々しくも、そう簡単に死なないような見世物にしたのだ。これらの競技についても当然スティーブの知識が大きく影響している。
もちろん、こちらも賭け事の対象となっており、その利益も見込んでいる。
現在は選手の育成中とルールの策定中であるが、選手に関しては兵士が大量に余っているので、本人の希望や適性を見ながらどの競技の選手とするか決めて、連日の試合開催に向けて動いていた。
選手にならない元兵士も鉄道や施設の建設であふれるほどの仕事があった。これにより、メルダ王国には空前の好景気が訪れていた。
最初は敵国の貴族の娘が王妃になったという不安があったメルダ王国の国民であったが、自分たちの生活が豊かになるのであれば、為政者の国籍などはどうでもよく、シェリーの国民人気は急上昇である。
「あまり利益を生んでしまうと、本国から目を付けられそうですがね」
スティーブの懸念はそれであった。ここで利益が上がった場合にカスケード王国が口を出してくる可能性が高い。折角属国にしたメルダ王国の国力がカスケード王国を上回ってしまう、もしくは近づいてしまうことは避けたいだろう。
鉄道事業が利益を産めば路線は増える。その利益がメルダ王国に還元されて行けば、国土を失ったことによる弱体化を補うような事態になるだろう。それを傍観してくれるほど甘くはないと思っていた。
「今のところは問題ないわ。ソーウェル家と王家の間で今回の鉄道事業についての話し合いはついているもの。私だってそこの確認なしにこんな大規模投資を外国でしないわよ」
オーロラは今回の一件を事前にウィリアム国王に報告していた。もちろん、スティーブが姉のことを思っての事業であり、これに横やりを入れたら西部地域が敵に回る可能性があるというのを遠回しに伝えてある。
そして、シェリーがオーロラと組んだのも、彼女のこうした手腕があってのことだ。同じ話をレミントン辺境伯が持ってきたならば乗らなかった。
少なくともオーロラが存命のうちは問題が起きることはないだろうし、オーロラの年齢からしたら30年は安泰だと思っていた。当面は10年後にどうするかであるが、その時のメルダ王国の国力を見てまだ弱いと感じれば、引き続きオーロラに利益を提供しつつ、自分たちにも利益があるような形を取る予定だ。
「そうであってほしいものですね」
スティーブはそう言うと、お酒が飲めないので代わりにかき氷のお代わりを要求した。
そんなやり取りをみて不安になっていたのはクリスティーナだ。彼女としては将来スティーブがアーチボルト領を継いだ時に夫人となるのだが、オーロラだけではなくシェリーまで相手にしなければならない。
一緒に家にいた時は脅威とは思ってもいなかったが、結婚したとたんに辣腕を振るうようになった。そして、メルダ王国のためならば遠慮しないでスティーブを使う姿勢は、将来のトラブルにアーチボルト家が巻き込まれる予感をもたらしていたのである。
クリスティーナが食べるかき氷は味を感じられなかった。